第24話 激突
蜘蛛の子を散らすように、六人のTelFと
しかし、すぐに彼らは三組に分かれ、対峙する。
「この緊張感、堪らないわ」
パーシヴァルは右手に長槍レーヴァテイン、左手に短槍ミスティルテインを保持し、腕をだらりと下げていた。とても構えているようには見えない。
対して大介は、HMDに表示されている
道路上に対峙する二人。互いの距離は、一〇メートルといったところか。
近接戦で必殺を求めるにはあと一歩足りず、銃撃戦を繰り広げるには近すぎる距離。
そんな微妙な間合いの中、狂喜の
などと言う展開にはならなかった。
「クッハハハハハハハハッ!」
風を切り裂きながら、狂喜の女騎士の嬌声と共に槍が投擲された。ミスティルテインとレーヴァテインが。
「――!?」
投擲用のミスティルテインならともかく、主武装である炎熱槍を放ってくるのは大介の予想外だった。
が、やることは変わらない。
バックステップと同時に不安定な姿勢から射撃。七.六二ミリから一二.七ミリに大口径化されたドラグノフが、迫る短槍へむけて銃弾を放つ。
しかし、攻防は止まらない。
一気に間合いを詰めようと突進するパーシヴァル。対して大介はドラグノフを投げ捨て、その場で左手のサイガ12を構えた。
パーシヴァルが地面に刺さったレーヴァテインの柄に触れたのと、大介がポンプアクションのショットガンのトリガーを引いたのは、ほぼ同時。
一〇メートルに満たない近距離で
サイガ12カスタムは有効射程距離を三〇メートル未満に縮めた、格闘性能を更に重視したショットガンだ。今回の使用は有効射程内でのものだが、加害直径が若干狭くなってしまっている。
「キャハハハハハァッ!」
構わずに、パーシヴァルは突き進む。
地面に刺さったレーヴァテインを軸に回転し、同時に炎熱で脆くした地面から容易に槍を倒し、雨のように迫る散弾からギリギリのラインで回避に成功した。まるで曲芸のような動きだった。
今度はこちらの番だとばかりに、六メートルに縮めた間合いから一気に肉薄する。
大介はサイガ12を投げつけた。レーヴァテインが横薙ぎにそれを払い、粘土細工のようにショットガンが切り裂かれた。
「裂ぁけろぉぉぉっ!」
大介はすぐに
〝
「させるか――よぉっ!」
それと同時に、鉄をも溶かす炎熱槍から、メサルティム頭部への刺突が繰り出された。
他を圧倒する近接用大火力が、アトラスの売りである。
重装甲にものを言わせ、高速で突撃し、強力な一撃を見舞わせ、次の標的に向かう。それがアトラスの、所謂ヒットアンドアウェイと呼ばれる戦術だ。
ガラハッドは
今、アトラスとガラハッドは緩い傾斜のある山間にいる。三組に分かれた結果、ガラハッドは山を目指しており、それをアトラスの巨体が追い縋る形となったためだ。無理に負う必要もない、今のうちに二対一で他の誰かを先に潰そうと優樹は考えたが、数秒の思考でその案を却下した。瞬殺できるならまだしも、みすみす取り逃がした上に遊撃による奇襲の可能性を考慮し、確実に一対一で潰そうと考えた結果だった。
「まさか、大人しく着いてくるとは思わなかったぞ」
「俺も、お前が姑息な手に訴えるとは思わなかったな」
ガラハッドの野太い声に、優樹は嘲弄する気で返した。
「こんな木が大量に生えていて、足場もいいとは言えない。これなら俺の、アトラスの突破力も活かせないだろう。そういう魂胆か?」
「そこまでわかっていて、なぜここまで誘いに乗った?」
「単純な話だ」
優樹は肩部のウイングスラスターを展開。同時に背部スラスター点火。
そして、突撃。
急加速により発生したGに圧されながら、優樹は眼前の甲冑へ向けて巨体をぶつけにかかった。互いの距離は一〇メートルを越える程度で助走距離はないに等しい。しかし、この短距離で時速四〇キロ以上に加速した赤い巨体はその質量と相まって、凶悪な兵器として機能する。その重量と相まって、ぶつかればそれだけで乗用車の交通事故と変わらない質量と速度だ。
アトラスの巨椀が引き絞られた。右腕のシリンダーが回転する。電磁破砕槌エレクトラの使用予備動作である。
ガラハッドは右膝を折るように倒れ、右に回避行動をとる。
アトラスは右腕を突き出すも、ガラハッドに掠りもせず、代わりに五メートルほどの木に激突した。
ガシャン――ドゴン――!!
コンデンサーカートリッジによる電力で打ち出された杭は、直径三〇センチの幹に食い込み、破砕。ドスン、と断面が地面に落ち、ギギギギ、と周りの樹木に干渉しながら、最後にダン、と横になった。
「全部薙ぎ倒してやるよ。お前が倒れるまでな」
破砕槌エレクトラのシリンダーがガシャン、と回り、新たなカートリッジをセットする。
「それに、この見晴らしの悪いフィールドは俺に不利とも限らないぞ?」
「その赤い巨体、俺が見逃すとでも?」
「いや、そんなこと期待しちゃいないよ」
優樹は意味深な言葉を残し、再び突撃の姿勢をとった。
和也は姿勢を低くして、黒いオーラを放つ騎士へ向けて駆けていた。
両手には、短剣であるテンションソードⅢが握られ、両手を広げる様は、獲物に飛び掛る猛禽を思わせる。
対してランスロットは動こうとしない。しかし、殺気だけは放ち続けている。
「てぇぇぇぇいっ!」
左手のテンションソードⅢを横薙ぎに振るう。ランスロットは一歩後退し、回避。そこへ一歩踏み込む和也は右手の短剣を縦に振り下ろした。
キィン――、と金属音。
ランスロットは二度目の後退をせず、逆に一歩前へ出て、振り下ろされた剣を左手で掴んでいた。親指と人差し指で、である。
『ぅぅぅぅぅぅぅ―――っ』
甲冑の中で唸りが聞こえたかと思った矢先、
「――っうぉっ」
和也はランスロットの直上方向にいた。数秒送れて、自分が、掴まれたテンションソードⅢを軸に円運動をさせられていると気付く。が、その時には右手は柄から離れ、放物線を描かされていた。
(こ…のぉっ!)
和也は空中で、短剣の切っ先を向けて投擲する。パーシヴァルほどではないが、至近距離でのTelFによる投擲である。常人の動体視力では回避などできず、突き刺さるはずの攻撃だ。
しかし、ランスロットは難なく投擲された短剣を弾いた。ゼロの武装であるはずのテンションソードⅢによって。
(なら……!)
和也は未だ空中にありながら、腰のツールボックスに手を伸ばし、カードを引き抜く。
ランスロットは和也へ追い縋ろうと駆け出すが、それよりもカードのスラッシュが早い。
『Gewehr form open.』
ゼロの装甲が緑に変化し、特製大型拳銃クランプガンが握られる。
これは攻撃方法を変えただけではない。
シュベルトフォルムを解除したことで、ランスロットが使用しているテンションソードⅢは情報化され、虚空へと消える。
ダンッ!!
そこへ、一六.七ミリの大口径弾が放たれる。
ランスロットの技量ならば、剣で打ち払うという神業をやってのけるかもしれない。しかし、突然自分の持っていた武器が消え、丸腰になったらどうだろうか。急な変化に戸惑い、対応できないのではないか。
銃弾は、照準していたとはいえ正確に心臓を貫くコースを飛んでいる。よほど特別な装甲でもない限り、甲冑など貫通するはずだ。
ギィン!と金属音が鳴る。
ただし、それは甲冑を貫通する音ではない。
ランスロットは銃弾が命中する直前、右手を胸の前にやり、手の甲で銃弾を打ち払ったのだ。つまり、裏拳で防御した、ということである。
(どこまで反則なんだよ!?)
ランスロットはゼロとの距離を詰めるために低く跳躍する。
和也は毒つきながらもトリガーを引く。
ダンダンダン――!
今度は三連射。全て心臓を貫くコースだ。
しかし、それらが騎士に命中することはなかった。すでに、ランスロットの姿はそこにない。一瞬で消えてしまった。
(どこに――――ハッ――!?)
和也は反射的に銃口を上へ向けた。それと同時に、右手に握っていたクランプガンが上から蹴り落とされ、草木の上を滑っていった。
手が痺れる。感覚がない。
だが、呆然とすることは死を意味すると知っている。
半ば反射的に、左手はカードを掴んでいた。
『Schlag form open.』
赤い装甲色に変化した和也は、追加装甲の付いた脚とスパイクになっている爪先を意識し、蹴り上げた。タイミングを同じくして、ランスロットもその健脚を振り上げた。
互いのハイキックが、互いの視線を交錯させながら衝突した。
あまりの勢いに、衝突面から火花が散る。そして、反動のまま、二人の脚は巻き戻したように地面へと戻る。
それで動きは止まらない。
和也は脚を戻した勢いを利用し、一回転。そのまま頭部へと迫る後ろ回し蹴りを叩き込む。対して、ランスロットは一歩を踏み込んだ。キックによるモーメントが弱くなる、中心点に向かう算段だ。
甲冑の右腕と赤い脚が激突。
鎧の腕部が軋み、脚部装甲がミシミシと嫌な音を立てる。
『ぅぅぅぅぅぅぅぅ――――!!』
甲冑の中からくぐもった呻きが漏れ出し、それに合わせて腕が脚を圧していく。
ゼロの脚部が拮抗に負け、弾かれた。和也は一度その勢いに逆らわずに着地し、すぐさま反撃のために――
「がっあっ……!?」
拳を繰り出そうとした瞬間、和也は肋骨の軋む感覚を覚えながら、宙へと投げ出された。
ランスロットが右足を振り上げている姿が目に映る。一瞬のうちに蹴り飛ばされたと気付いたのは、地面に叩き付けられ、水切り石と化した後だった。
和也はすぐに立ち上がる。が、呼吸の度に胸に刺すような痛みが奔った。
(く…そぉ……。折れて……ない、よな……?)
自分のコンディションを確認しながら、和也は目前に迫る騎士を見た。
『テルフ……コ…ロス……』
幽鬼の如く、黒いオーラを纏う黒騎士はゼロへと歩み、嗚咽のように、怨嗟の言霊を吐き続けている。
『コロス……コロス…………コロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――!!』
歩みは、やがて早足に。すぐに駆け足となり、最後は疾走へと変じた。
ガシャガシャカシャカシャと甲冑同士をかち合わせながら、獰猛な獣のように、負の感情を吐き出し続ける。
「なんで、そんなに、怒ってんだよ……」
息を切らしながら、和也は問いかけた。
「何が、そん、なに、憎いんだよ……」
MESをはじめとした各社が『評価試験』の名の下に行っているストリートファイト。和也はSFTの強化人間とかなりの数を戦ってきたので、もしかしたらそのことに対して恨みを抱いている人物なのかと考えた。もしかしたら、人目を避けているとはいえ、一般人が巻き込まれたことがあるのかもしれない。そのことで、誰かが恨み、そこからSFTに登用され、今ここに立っているのかもしれない。
考えればキリがない。
事実として、和也は何人も殺している。誰かに恨まれているとしても、仕方のないことなのだろう。
だが、和也が戦わなければ、妹の香奈に危険が及ぶ。今はMES傘下の病院に長期入院中であるが、そうでなくとも唯一残された家族なのだ。和也が今の立場を投げ出せば、どこにいようが探し出して、粛清される。そのリスクがあるからこそ、和也は逃げられないのである。
『シネ……シネ……テ…ルフ……エム、イー…エス………ツブッ…シ……ネェ……』
唸るか怨嗟を口にするか。会話をする能力がないのか。
以前優樹が説明した文言を思い出す。ランスロットは意図的に狂化されている可能性があると。素の状態でもそれなりの恨みがあるだろうということも。
(でも……俺は……!)
だからといって、その怨念に満ちた思いを遂げさせるつもりはない。和也は自分のためにも妹のためにも死ぬわけにはいかない。これ以上放っておけば犠牲者が増えることもわかっているから、ここでランスロットを倒さなければならない。
その想いから、和也はツールボックスから銀色のカードを取り出した。
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