第23話 騎士との再会
TelF装着者の三人は、日が昇るのと時を同じくして、村役場を出立した。
理由は単純である。
「騒ぎが起きたからね。長居をすると他のヤツらと鉢合わせする可能性が高い」
「同感だ。奇襲されるのは何度やられても慣れないからな」
「……眠い……」
優樹の意見に大介が賛同し、和也は中途半端な睡眠時間に目を擦っていた。
三人は島の周囲にある道路を時計回りに悠然と歩いている。青ヶ島南部にはカルデラのある山が存在するが、そちらの山道を敢えて選択しなかった。
「恐らく、今日で勝負が決まるはずだ」
優樹は周囲に目をやりながら、考えを吐露していく。
「誰も、三日目なんか考えちゃいない。時間制限があって、どこから敵が来るのかわからない状況下で、ストレスに晒され続ける。そんな状況を望んでるのは、せいぜいKDIくらいのものだ」
「ま、確かに機械には関係ないな。ついでにケダモノもか?」
「そうですね。投入してくる生物の特性によっては、といった具合ですかね」
なんだかまた難しそうな話が始まりそうだな、と和也は警戒していたが、この先この話題が大きくなることはなかった。
なぜなら、目の前に二人の男女が現れたからである。
長身の男女。しかしその性質は対極にあるように見える。
妖艶な笑みを浮かべる妙齢の美女――
筋骨粒々、強面で和也たちを見据える男――
「嬉しい、また会えたわね」
淫靡な声音に狂気を滲ませながら、財前暦は口角を上げて大介を見た。
「あなたとの殺し合いは、エクスタシーを感じるからね」
言いながら、自身のボディラインをなぞる。自己主張の強い大きな乳房から、細く括れた腰、そしてヒップまでを撫で、体をくねらせる。
「また少し感じが変わったな」
大介は素直な感想を口にした。
以前河川敷で会った時と比較して、おかしい奴であったことに変わりはないのだが、より感情的で内面を満遍なく晒しているような印象を受ける。
「クスリでもやってるのか?」
冗談交じりに大介は言った。
「あら、わかる?」
暦は懐から小さな針付きのアンプルを取り出した。冗談ではなく、大介は正解を言い当てたようだ。
「『聖杯の雫』っていうのよ?ランスロットの成果物で、一時的ではあるけど、使用者の運動能力を爆発的に高めてくれるの。さっきあなたたちが歩いてくるのが見えたから、早速一本打っちゃった」
説明しながら、暦は手にしたアンプルの針を、首筋に刺した。
「ただ、『副作用』だけはどうにもならないみたいでね」
暦の体が細かく震え出す。
「フフ、アドレナリンがね、過剰分泌されるんですってぇ!」
突然叫び出し、体を捩り、自身を抱きしめた。息も荒くなり、哄笑が止まらない様子だ。
「これで、もっとあなたとの殺し合いを楽しめるっ!!」
太腿を擦り合わせ、悶え始めた。だらだらと、液体が太腿を伝っている。
一方、興奮状態の暦に対して、鷹臣は静かなものだった。
「アンタは、そういうの打ってないのか?」
和也は嘗て苦汁を飲まされた男へ向けて問いかけた。
「不要だ」
答は簡潔だった。
「俺は『俺』のままで戦う。俺の意思で、俺自身の判断で、だ」
「SFTの命令で動いている状態で、何が意思だ…!」
「俺の体を弄る代わりに強さを貰う。ただそれだけの関係に過ぎない」
鷹臣はただ訊かれたことのみに答えるだけで、特に和也へ言葉の応酬をしようとはしない。本当に、自分の目的だけを果たそうとしている、他には興味がない。そう語っているように思えた。
「以前と同じ状態で戦うか――」
優樹は和也と鷹臣の間に割り込んだ。
「愚かだな。せいぜい四週間前と同じ轍を踏まないことだ」
「四週間前…?」
鷹臣は和也から優樹へ視線を移し、記憶を探る。
「アトラス」
「――っ」
優樹の一言に、鷹臣の息が一瞬ではあるが詰まったのを感じ取った。しかし、すぐに平静を取り戻し、口を開く。
「あの赤いTelFの装着者か。面白い」
鷹臣の唇が、微かに吊り上った。
「面白い?随分余裕だな」
「お前こそ、俺を舐め過ぎているのではないのか?」
威圧するような鷹臣の言葉に、優樹は睨み返す。
暦と大介、鷹臣と優樹という構図が出来上がった。
「武藤さん、こいつは自分が――」
なんとなく取り残された感じがした和也はそう告げるが、
「人には向き不向きがある」
優樹からは、そんな回答が来た。
「だから、松井君はあっち担当ね」
優樹は親指を立てて山の方向を示した。
直後――
『■■■■■■■■■■■■■■■――――――――――――――!!!!!』
体をビリビリと震わせる、野獣の如き咆哮が発せられた。
漆黒を纏う、中世の騎士を思わせる暗い紺の甲冑。兜の頭頂部からは長髪のように伸びる一条の帯状布。動くたびにガシャガシャと鳴る鎧の音が、不気味な音響となって耳に届く。その姿は、間違えようのないものだ。
《
最強の
兜の赤いスリットが、奥に隠された双眸の狂気を覆っているようだった。
『テルフ……!コ…ロス…!』
プロファイリングの困難な、判別の難しい発声だ。それ以前に、放たれる凄まじい殺気と狂気が、その場にいる者を気押させ、年齢や背恰好などという余計な情報を取り込ませようとしない。
『エム…イー…エス…!テル…フゥ…!』
ガシャガシャと、ランスロットの全身が震えている。怒りによるものか、この場で三体のTelF装着者がいることへの歓喜なのか。
三人の装着者は思い出したようにベルトとカードを取り出す。完全に自失していた。
「「「ターンアップ!」」」
赤い巨体のアトラス、黒と群青のメサルティム、そして青い装甲のゼロ。
「オープンアウトッ!」
「オープン、アウトォォッ――!」
重低音と狂喜の二つの声が、TelF装着の後に発せられ、青い甲冑と白い甲冑――ガラハッドとパーシヴァルが姿を現した。
三対三の構図だが、実際は一対一の組が三つできている状態だ。
三日間の期間が設けられた競技会だったが、開始から一五時間と経たないまま、最大の戦闘の火蓋が切って落とされた。
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