第22話 部外者の末路

 暗闇の中、暗視ゴーグルを装着した迷彩服の男たちは、村役場の通路を前周囲警戒しながら進んでいる。カッティングパイからの迅速な移動を繰り返し、彼らは歩を進めていく。

 その中で、数名が違和感を訴えた。

 甲高い唸り声のような音が聞こえ出したからだ。

 周囲をより警戒する。

 だが、対応は遅すぎた。

「――ごっ」「うぉっ――」「ぐっ――」

 まるで自動車に跳ね飛ばされたように、三人の男が撥ねられ、通路を滑り、壁を突き破り、仲間の中へ吹っ飛んだ。腕を骨折する者がいた。肋骨を砕かれた者もいた。そして、首があらぬ方向へ曲がった者もいた。

 ズザァァァァァァァ――――――――

 暗闇の中、通路の床を抉るように、巨体が着地した。

 窓から差し込んだ月明かり。そこに照らされるのは、大きな一本角を生やした、異様に肩の大きい紅蓮の巨人だった。

 男たちが口々に叫ぶ。日本語ではない。ラテン系と思しき言語。

「なるほどな」

 赤い巨体――アトラスから発せられたくぐもった声が、納得の溜息を漏らした。

「大方、こっちの情報でも盗みに来たか」

 優樹は確信をもって呟いた。

 それに応じるように、十以上の銃口が優樹へと向けられた。

 バラララララララララララララ―――――――――――――

 たっぷり五秒以上の射撃が行われ、数百発の銃弾がアトラスの装甲に命中する。

 が、それらは優樹の体に届かなかった。

「アトラスの装甲を舐め過ぎだ」

 優樹は左腕を横薙ぎに振った。ガトリングガンから七.六二ミリ弾が吐き出され、正面方向にいた五人の頭部を消し飛ばし、内臓を蹂躙し、骨粉と脂肪片を床や壁に撒き散らした。

「俺をどうにかしたいんなら、せめてRPGロケット重機関銃12・7ミリでも持って来い」

 そう言った後、優樹は気付いて訂正した。

「You want a latest TelF, aren’t you?(最新型が欲しいんだろう?)」

 現在、大国を中心にMTTの兵器が輸出されている。同盟国であるアメリカさえも例外なく、輸出されているTelFは皆第一世代型だ。銃撃戦用TelFの『ASN-5M アラクネ』がその代表格なのだが、アラクネ自体は五年以上前に試験が終了し、その劣化版モンキーモデルを売っているに過ぎない。MESにとっては過去の技術、というわけだ。

 こういったことは至って常識的な事例である。SFTもKDIも同じことをしているし、先に挙げたアメリカだってステルス戦闘機F-22の輸出という話が出た際には、電子兵装やステルス性を劣化させた機体を輸出しろと議決されていた。

 TelFは歩兵では持ち得なかった火力と防御力をもたらす。TelF一個分隊(一五機)で、歩兵一個中隊(百人)を相手にできるという戦力評価が下されたほどだ。一億円払ってでも手に入れたいと思うのが道理であろう。

 その考えを後押しするように、『○月×日に最新鋭兵器の模擬戦闘を行います。運用者意外は誰もいません。人払いしています』なんて話を聞けば、特殊部隊を送り込みたくもなるだろう。なにせ、『最新鋭の実験機や試作機』なのだから、何か事故があってもおかしくはない。事故を装って試験装備の回収を行うのは決して不可能ではない。

 だが――

「I did’t think that you come here without TelF, Powerd, or Killer-Doll and so on.(TelFも強化人間も機兵士もなしに来るなんて、思ってなかったけどな)」

 アトラスの背部スラスターが噴かされ、突進。一人の頭部を掴み、壁に叩き付けた。

 壁は崩れ、握られた頭部はアトラスの握力と壁への激突で陥没した。

「How do you want to be murdered, clubbing, shooting or penetration?(どうやって殺されたい?撲殺?射殺?それとも、貫くか?)」

 残りの数名へ、右手の杭を見せつける。

 敵わないと判断したのか、次々と武器が床に投げ捨てられ、男たちは両手を挙げて降伏を示していく。

 フルフェイスマスクの下で、優樹は口角を上げた。

「That’s so good.(よくできました)」

 銃声と共に、壁に脳漿がぶちまけられ、頭部のない死体が複数、床へと転がった。

「Were you able to die without pain, weren't you?(苦しまずに死ねただろう?)」

 優樹は死体に背を向けて歩き出した。途中、「う…」という声が漏れたので、振り返り、射撃。新たな脳漿が壁に張り付いた。


 TelF相手に生身の人間が立ち向かっても相手にならない。

 大介は改めてそれを証明した。

 M134ミニガン。その大型化カスタム銃である、M134EXジェノサイダーは、一二.七×九九ミリ徹甲弾を毎分三〇〇〇発で発射可能な六銃身ガトリングガンである。全長は一.三メートルに延長され、重量は二〇〇キロ近い。これだけの大きさならば車両に搭載して運用するのが普通だが、メサルティムのパワーアシストによって、大介は両手でこれを保持していた。

 壁越しの射撃だった。

 こちらの存在を察知されることなく、メサルティムの高度な電子兵装による位置予測により、壁を易々と貫通した、本来ならば対物ライフルに使うような大口径銃弾が、武装した男たちへと襲い掛かった。

 あらゆるものを引き裂き、蹂躙していく大口径弾。

 弾は大量にある。たっぷり一〇秒以上の射撃を繰り広げ、壁はもとより内装までもズタズタだった。

「さて――」

 大介はジェノサイダーを捨て、ボロボロの壁に飛び掛った。

 崩壊する壁。通路に出ると、大介は一回転。両手には、すでにアサルトライフルM16が物質化され、握られている。

 大介の視界には、ボロボロの内装と、バラバラに散乱した手足や胴体、粉微塵になった『人間だったもの』が血の海に浮いている様が映る。それとは別に五体満足な七人の武装した兵士が確認できた。

 全員が一斉に銃口を大介へと向ける。しかし、同時に二人の男の頭が吹っ飛んだ。眉間への銃弾直撃によるものである。

 その光景に、全員が怯む。

 大介はその隙に駆け出した。地を這う蛇のように姿勢を低く、猫のように俊敏に、猛禽のように腕を広げ、TelFという名の悪魔は魂を狩るべく兵士へ迫る。

 その手には、既に銃はない。握られているのは、鮮血を浴びたように赤い、二振りの小太刀である。

 メサルティム専用鍛造刀〝朧月ろうげつ〟と〝十六夜いざよい〟は、理論上刃毀れしない日本刀として製作された試作品であり、その性質上、刃渡り五〇センチほどでありながら、二.八キロという重量を有している。刀剣がこの重さでは、日本刀としての運用は難しいはずだが、そこはTelFが扱うことが前提なので、問題はない。

 思い出したかのように放たれる無数の銃弾が、大介に迫る。

 だが、それらは命中する素振りを見せない。

 兵士の眼前まで迫る大介。そこで、二振りの小太刀が振るわれる。

「ごっ」「ぐへっ」

 一人の首が胴体から切り離され、一人の心臓が貫かれた。

 残り五人。

 斬檄の舞踏が繰り広げられ、新たに撒き散らされた血によって、前衛アートのような模様が壁や床に描かれていった。


「はぁ、はぁ、はぁ、…………!」

 迷彩服を着た男が、野山を駆けていた。

 話が違う。

 男は心中で喚き散らした。

 『王』によって渡された情報では、相手は『最新型TelFを所持しているものの、常時装着しているわけではないから奇襲をかければ楽勝だ』と、そう聞かされていた。

 だというのに、あの結果はなんだ?一個小隊が全滅したではないか。その多くが無惨な死体となって。

 男は明け方近くなった、遠方に微かに感じ取れる暁光に気付き、

 戦慄した。

 微かに明るくなろうとしている空、その下に、人影を発見した。

 派遣されている部隊は一個小隊であり、他に生き残りはいないはずだ。だとすれば、あれは間違いなく『この島で戦っている兵器』であろう。

 男は顔を引き攣らせ、足を後ろに退く。

 しかし、そこで躓いてしまい、尻餅をついて倒れた。

 徐々に距離が詰まる。

 徐々に、迫り来る者の詳細が明らかになる。

 身長は高くない。頭の禿げた、日々の仕事に疲れを見せる中年のサラリーマンを彷彿とさせる容姿の男だ。しかし、そんな日常的な外見だからこそ、迷彩服の男は恐怖した。

 そんな普通の存在が、ここにいるわけがない。

「あ……、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 躊躇いを見せずに、アサルトライフルを構え、中年男性へ銃弾を放つ。狙いなどつけられない。ただ只管に、目の前の脅威へ向けて引き金を引くことしか、行動を起こせなかった。

 銃弾は中年男性を薙ぐように、横に射線を移動させながら命中した。

 数十発の銃弾が、中年男性の体に吸い込まれ、無数の穴を穿つ。

 だが、中年男性は倒れない。それどころか、歩みすら止めない。

 傷口はみるみる塞がり、いつの間にか、迷彩服の男の眼前十

 迷彩服の男は、腰が抜けて立ち上がれずにいた。後ろへずるずると体を引きずりながら逃げようと試みるが、恐怖で体がうまく動かずにいる。

 互いの距離は、もう二メートル。

 中年男性の手が、迷彩服の男の顔面に翳された。

 そこで、男の意識がり取られた。

 中年男性――T-1000Jの腕が鋭利な刃物へと変貌し、迷彩服の男の顔面を綺麗に両断した結果だった。

 T-1000Jは無表情の鉄面皮を上げる。

 その先には、村役場と思しき建物が鎮座していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る