第21話 珍客到来

 空が茜色に染まる時刻である。

 周囲を入念にチェックし、役場の建物も全てのフロアを三人で確認してから既に一時間が経過している。

「でも、こんな目立つ場所にいていいんですか?」

 和也は傍らに座る優樹へと、不安を口にした。

 ここは役場の中でも広い、二〇畳はある空間で、正方形の絨毯型シートで埋め尽くされている、二階の多目的室である。

「奇襲の警戒なら、問題ない」

 優樹は手元のタブレット端末を操作しながら言う。

「周辺に赤外線投影機を配置した。小さいデバイスだから、気付きにくいだろう」

「レーダー、みたいなものですか?」

「デジタル鳴子だと思えばいい。ただし、鳴らしている本人は鳴っていることに気付かないけどね」

 和也は「よく分からないけどすごいものがあるんだな」くらいに思い、視線を別方向へ向けた。

 扉一枚を隔てた場所に、給湯室がある。そこで、大介は夕食を調理しているはずだった。

 食材は、冷蔵庫の中にあるものを使用しているという。優樹曰く「どうせ会社が負担するし、見込んでいるコストだ」とのこと。悪いなと思っているのだが、どうもそんな思いは優樹にも大介にもないらしい。大介はどこか意気揚々と食材を刻んでいたし、小気味良い包丁の音が「お前本当に傭兵かよ」と思わせた。

 和也の視線に気付き、優樹は端末から顔を上げた。

「大丈夫。調理師免許持ってるみたいだし」

 そういうことを聞きたかったわけではない。しかし、優樹が口にした情報を耳にして、和也は思っていたことを改めて口にした。

「ホントに傭兵かよ…」

 それに対し、優樹はふぅ、と小さく溜息を吐くと、

「色々あったんだろ。まともな事情があってTelF扱う奴なんていないよ」

 壁の向こうの大介、隣にいる和也に視線を向け、そして本土にいる秀平のことを思い起こしながら呟く。

 急に冷めた声になる優樹を、和也は改めて見やる。

「あの、訊いていいですか?」

「何を?」

 優樹は返事をするが、視線はタブレット端末に戻っていた。

「武藤さんは、どうして……その……、MESに入ったんですか?」

 訊いていいものか迷ったが、一思いに口に出した。

 和也がMESにいるのは事故で重篤状態の妹を救うためである。が、他の装着者がどういった経緯でMESに入ったのかはわからない。耳にしたことなどなかったのだ。

 これまでの優樹の口ぶりからして、皆それぞれ何かしらの理由があって装着者になっているようだが、和也にはそれを推察すらできない。なにせ、互いのことをあまりに知らな過ぎるからだ。

 そう思って、いざ訊いてみたのだが、

「修学旅行気分?」

 溜息と共に、優樹は訊き返した。

「遊びに来てるんじゃないんだ。そんなこと考えてる暇があるなら、あのターミネーターモドキの攻略法でも考えてほしいんだけど」

 辛辣な答に、和也は言葉を窮してしまう。

「少なくとも、松井君からも一案ほしい。そうすれば、講じられる手が一つ増える」

 だが、続いた優樹の科白せりふに、和也は驚いた。

「え?増えるって……、あの液体金属、どうにかなるんですか!?」

「微小電子ユニット集合体、な。俺の中では二案ある。一つは機体機構が最も簡略な状態であったと仮定した場合の、楽観的状況下での手だ。これはアトラスかメサルティムならば実行可能な手だ。もう一つは――」

「お待たせしましたー」

 平坦な声が、優樹の説明を遮った。

 いくつもの皿を器用に運んできた、大介だった。

「夕飯はいかがですか?お二方」

 大介が部屋の隅にあったテーブルへと配膳を進めていく。その姿を認め、優樹は立ち上がり、テーブルへと歩いていく。

「続きは食べながらでも話そう」

 そうして、夕飯を兼ねた作戦会議が始まった。


 時刻が二二時を回ったところで、MES三人の作戦会議は終了した。

 そして、見張りを一人残し、ローテーションを組んで睡眠をとることにした。

「こんな状況で眠れるのかな……」

「無理にでも寝ろ」

 和也は不安を口にして、優樹に諌められた。

 のだが――

「くぅ………、ふぁ………」

 すぐに寝息を立て始めた。

「ほんと、君は大物だよ……」

 やや呆れながら、優樹は和也の寝息を聞いていた。大介はというと、壁に寄りかかって立て膝状態で眠っていた。さすがにこういった場面には慣れているようだ。

「さて、三時間の暇つぶしだ」

 タブレット端末を操作しながら、優樹はゆったりと進む時間を過ごし始めた。



 見知らぬ少女が、目の前にいる。

 和也はぼんやりとした意識の中で、彼女を見つめていた。

 正確には、『彼女と見つめ合っている自分』を見下ろしていた。

(誰だ?あの子)

 魅凪ではない。どこかで見たような気がするが、気のせいだろう。

『和也…』

 少女は見つめている相手の名を告げる。

『榛名…』

 眼下の自分は知らぬ名を紡ぐ。

(はる…な……?)

 知らない。『はるな』なんて、タレントと芸人しか知らない。

 はずなのに――――

(あれ……?)

 頬に、生暖かい液体が伝ってきた。

 なんで、俺は泣いてるんだろう?

 涙が止まらない。悔しくて、悲しくて、苦しくて……。

 不思議な感覚だった。だが、その感覚の正体を確かめようとしたところで――

 少女の頭が急に弾けた。スイカ割りのように、歪に砕かれた顔面。濁った眼球は虚空を見上げ、やがて見下ろす和也を見つけると、何かを訴えかけるように視線を固定する。

 立ち尽くす眼下の和也は呆然としていたが、ガッと顔を上げ、見下ろす和也を睨んだ。

『お前のせいだっ!!』

(――っ!?)

 激昂するもう一人の自分に驚き、慄く。

「――はっ!?」

 そこで、大量の汗をだらだらと垂らしながら、和也は目覚めた。


「おはよう」

 暗闇の中で跳ね起きた和也にかけられた声は、大介のものだった。優樹は横で転がっている。どうやら見張りを交代したらしい。

「だが、交代まではあと一時間以上ある。もう少し休んでいるといい」

「あ……、はい……」

 大介の心遣いに感謝しつつも、和也の思考は別のところにあった。

 いわゆる明晰夢というやつだろう。途中から、これは夢じゃないかと思っていた。

(誰……なんだ……?)

 顔を思い出そうとするが、すでに記憶が薄れ、夢の内容をはっきりと思い出せない。

 ただ、顔に手を当ててみて気付いた。汗以外のものが、耳へと伝っていた。つまり、眠っている間に涙を流していた、ということだ。

 大介はそれに気付いているようだったが、何も言ってこない。気を遣っているのか無関心なのかわからないが、和也にとっては有難かった。

 しかし、もう一眠り、という気分でもない。いや、気分云々で決めることではないのだが、夢のことが気になって眠るのが躊躇われる。

(それでも、しっかりと寝ておかないと…)

 半ば義務感で、目を閉じて眠りを待つ。

 ピピピ――

 そこへ、何かの電子音が鳴った。

「松井」

 いつの間にか、優樹が半身を起こし、タブレット型端末を覗いていた。

 闇の中に浮かぶ、淡い光を見て数秒、優樹は顔を上げ、和也と大介を見る。

「敵襲だ。推定数、一五。―――いや、三〇だ」

 優樹が端末から読み上げる、敵襲という言葉とその数に、和也は息を呑んだ。

「そんな数を投入してた会社なんて…?」

「歩兵一個小隊相当、か」

 和也と大介はそれぞれの形で大小の動揺を見せる。その数もさることながら、正体がわからない敵に包囲されるかもしれないという、真綿で首を絞められるような感覚を、和也は覚えていた。

「勝敗は火を見るより明らかだな」

 が、優樹だけは淡々とした調子で呟いた。

「いや、何冷静に語ってるんですか」

「何って、多分、ただの軍人だぞ?あいつら」

 落ち着き払った優樹の科白せりふに、和也の顔は焦りから疑問へと切り替わった。

「どういうことですか?」

「そもそも、そんな大量投入して人海戦術組むようじゃスポンサーは喜ばないって言ったろ?それが許されるのはCTVの生物兵器バイオウェポンくらいだけど、赤外線探査と反響周波数・スペクトルから見て、身長一七〇から一九〇、銃身の長さからアサルトライフル一丁を主武装としていることが予想される。これが銃で武装した猿の集団だったと言われたら、俺も謝るしかないけど」

 またわけのわからないことを話すなぁ、と和也が話半分に聞き流していたら、大介が疑問を投げかける。

「どこの所属だ?」

「さぁ?そこまでは。あらかた海を隔てたお隣さんとかじゃないですかね」

「自衛隊、とかじゃないですよね?」

「「ありえないな」」

 何の気なしに口を挟んだ和也に、二人の否定が被さった。正直、この場に居辛い。

「松井君、留守番ね。異常があったら知らせて」

 優樹はタブレット端末を手渡すと、立ち上がった。

 大介も続く。

「俺はどうすれば?」

「東西に一個分隊に分かれてるんで、西側をお願いします。東側はどうにかしておくんで」

「了解した」

 そんな遣り取りをして、二人は部屋を出て行った。

 暗闇の中、和也一人が残される形となった。

「俺は、何か異常がないかをこいつで確かめればいいんだよな」

 自分に言い聞かせるように、和也は呟いた。急展開にまだ頭の整理ができていないが、要は端末で状況を監視していればいいということだ。楽な仕事だ。

 そう思って端末の画面を見た。

 のだが――

「…………なんだこれ?」

 画面には、虹色のグラデーションやら十種類以上のパラメータがリアルタイムで変動し、建物の簡略図の各所にそれら数値が指示線で引かれていた。

 重ねて言うが、これは赤外線探査と反響周波数・スペクトルを見て状況を判断する装置である。和也は周波数のスペクトル解析なんて意味が分からないし、信号の画像変換なんて真似もできない。

 正直、この画面が何を表しているのかわからない。

「おいおいおいおい」

 冷や汗を垂らしながら、和也は動揺する。

 先ほどのように、異常があればアラームを鳴らしてほしい。

 誰とも知れぬ神に向かって、和也は祈り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る