第20話 三騎士
青ヶ島から北に七〇キロほどに位置する八丈島。そのほぼ中央にある八丈島空港の一室は、まるで小さな映画館のような造りになっていた。その中に、三〇名ほどの人間が座り、正面を見据えている。
室内は薄暗い。唯一の光源は、人々が注目している大きなスクリーンである。
「ほほう、やはり天下のMTTといったところですかな」
初老の男性が、スクリーンに目をやりながら呟いた。画面には、赤いTelFが中年男性の姿をした
おぉー、と感嘆の声が上がる。
「なんでも、あれは第一世代機のカスタム機を更に改修した機体だとか」
後ろに座っている中年女性はタブレット端末から、各企業が作成した簡易紹介文を読み上げた。
「そんな旧式より、あの暗色の機体…、メサルティムだったか。あれは最新式なんだろう?」
「いやいや、あのゼロという多用途型も、これまで大きな戦果を上げているそうですぞ」
「むしろ、わたしはSFTの《
皆、思い思いに感想を述べている。彼らは全て、業界の顧客か、もしくはこれから客になるかもしれない人間だった。
一番人気はMESのTelFだが、ここひと月ほどで急に株を上げてきている
だったが――
「おいおい」「なんだ、あれは?」
いくら被弾してもすぐに修復して立ち上がる
『T-1000J』
照会すると、型番と簡素な説明が表示された。
『第三世代人型自律戦闘機動兵器。八二兆個のナノデバイスで構成された機体であり、衝撃を受けても擬似流体として振舞うことでダメージを回避可能。瞬時に構成を修復し、回復する。また、機械的構造を伴わない武器であれば、構成変化によって構築可能である』
追記として、一機あたり二五億円だという。自衛隊配備の第一世代TelFが一機九五〇〇万円であることを踏まえると、破格の値段である。T-600Jだって、二億円するというのに。
だが、実際に映像を見ていると、その実力の程が窺える。
この競技会で行われるトトカルチョの配当率では、KDIチームのは一二.〇と最低であったが、この段階で数名が、KDIチームの勝利に賭けるかどうかを真剣に悩み始めた。
島の南部に位置している青ヶ島港では、凄惨な光景が広がっていた。
串刺しにされた、体に金属の装甲を纏う犬。それらが八頭、血の海を広げながら息絶えている。中には高く積み上げられたテトラポッドに磔にされている犬までいた。
「あら、つまらない」
白色の甲冑に身を包む女が、溜息混じりに呟く。呼吸が乱れた様子はなく、声には落胆が滲んでいる。
「仕方あるまい。これが能力の差だ」
彼女の隣には、青い甲冑を着た男が、長身から眼下の紅に染まるコンクリートを見下ろしていた。野太い声は平坦で、戦闘を経たものだとは到底思えない。足元には、背開きにされた体長一〇メートルの大蛇が横たわっていたというのに。
二人の騎士――パーシヴァルとガラハッドは、たった二分程度で第一の戦闘を終えてしまっていた。
感慨などない。ただ、淡々とした作業。
先の戦闘を、二人はそう評した。
装甲化された
本来ならば、如何にパーシヴァルの投擲する短槍――ミスティルテインが高速であろうとも、回避は可能なはずだった。目標が小さく、尚且つ俊敏性が高い犬を使用している以上、人間が避けるよりも容易にそれを為せるのは道理である。
それでも串刺しにされたのは、パーシヴァルが飛び掛ってくる犬から対処していったからである。なんのことはない。空中では方向転換ができない。ただそれを利用し、回避が不可能になったところで攻撃したに過ぎなかった。
といっても、簡単なことではない。やっていることは、以前大介が河川敷で行ったフェンリルの殲滅と同じで、マスケットキャノンが短槍に代わったものだ。高等な空間把握能力と判断力、柔軟な体技と槍捌きが為せる
「まったく、前戯にもならないわね」
無数の死骸を後にして、パーシヴァルはその場を去る。ガラハッドもそれに続く。
「ところで、ランちゃんはどこに?」
ガラハッドはランちゃんの意味を考え、ランスロットのことだと理解してから口を開く。
「あの子なら、あそこだ」
ガラハッドは目前の建物を指差した。とりあえずの拠点として腰を落ち着けている、大きな二階建ての建物だ。漁業組合か何かが使っていたのだろうか、一階部分は大きく開け、二階には大小様々な部屋がいくつかある。
「あら、サボリなの?イケナイ子ね」
「元よりTelF以外と戦う意味がないだろうからな」
二人は甲冑を解除し、二階建ての建物へと入っていった。
外付けの階段を上がりきったところで、ドアを開ける。中には小さな玄関と、二十畳はある畳敷きの空間が広がっており、壁の一角、ちょうど玄関から向かい側には簡素なキッチンが据えられている。
「遅かったね」
そのキッチンから、出迎えの声が上がった。
「あら、寂しかった?」
「じょうだん」
声は、少し笑っていた。親しげに聞こえるかもしれないが、実はこの中の三人は互いの本名すら知らない。SFTの旗の下に集う、赤の他人である。
「わたしなら、一分半で全部終わらせてた」
キッチンに向かっている少女は背を向けたまま会話を続ける。
「あんな、群れるしか能のない畜生なんて」
「あら、それは失礼」
パーシヴァル――
実際、ランスロットの能力を考えれば可能であろうと、暦の横に立つガラハッド――
「それより、冷たい麦茶でもどう?」
「あら、いいわね」
暦の喜色を声音から読み取り、少女はコップを載せた盆を持ち、振り返った。
和也は森の中にある小さな崖の下で、荒い息を鎮めようと肩で息をしていた。
「なんなんですか、あれは…」
KDIの機兵士から撤退し、一キロほど進んだところで、三人のTelF装着者は足を止めていた。
「あれじゃ、まるでターミネーターですよ……」
「まるで、じゃなくて、そのものだ」
同じく息を切らせながら、優樹は言った。
「T-600シリーズだって、あの映画がモデルなんだ。設計思想だって同じだしね」
「あれが複数機存在すると?」
周囲に気を配りながら、大介は訊く。
「可能性はゼロじゃない。常に最悪を想定する必要がある。が、常識的に考えるなら、あんなコストのかかってそうな、ロールアウト前の機体を何機も投入というのは現実的じゃない」
優樹の見解は続く。
KDIにも見栄がある。それはどの企業も同じだ。だから、圧倒的数の投入は考え難い。
「それより、問題はあの機体の仕組みだ」
「液体金属、とかですかね」
「ありえないな」
和也の回答を、優樹は両断した。
「耐衝撃性に優れた微細な電子ユニットの集合体、と考えるのが自然だ」
「……な、なんですか?」
和也には優樹の言っている意味がよくわからない。首を傾げるばかりだ。
「ナノマシン、ってやつか?そんな技術、SFだろう」
優樹の見解に、大介は続く。
「TelFだって、充分SFでしょう。それに、理論だけなら昔からある。加工技術の問題は既にクリアされていますからね。あとは細胞レベル――いや、細胞核やミトコンドリアレベルの素子が開発できるか否かの問題だった」
「じゃあ、もしその仮説どおりの機構だったら……」
「とんでもない電子機構を備えた、危険な機体、ってことでしょうね。結果的に、撤退の判断は成功でした」
神妙な表情の二人に、和也はなんとなく焦りを覚えた。
「あの、じゃあ、これからどうするんですか?」
青ヶ島は一周約九キロの小さな島だ。逃げるといっても南北に四キロほどしかないため、逃げる距離よりも撤退先の地形や立地条件を考慮しなければならない。
今いる場所から百メートルほど進むと、島を大きく迂回する道路が走っていて、道路を越えて更に進めば村役場があるはずだった。
「対策とか、あるんですか?もしあいつにもう一度襲われたら……」
「最悪、壊滅するな」
大介は結論付けた。優樹も特に異論はないらしい。その証拠に、奥歯に力が入り、口元を歪ませている。
銃砲撃は効かない。刃物による切断も同様だ。衝撃を与えることも、意味を為さないだろう。
「そんな……、武藤さん、どうするんですか!?」
「喚いてないで自分でも考えろ!」
優樹のの怒声に、その場が静寂する。
「……悪い。焦ってるな、俺」
そして、自己嫌悪からなる、嘆息交じりの謝罪が吐き出された。
「まず、落ち着ける場所を探そう。考えるのはそれからだ」
「オーライ。なら、あの役場なんかどうかな、責任者殿?」
フッと笑い、大介は背中越しに親指で方向を指し示した。
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