第19話 初戦

「T-600Jが三機!」

目前の機兵士キラードールを見て、和也はKDI主力機を迎え撃つために、二本の双剣――テンションソードⅢを構えた。

「早々に片付けたいところだが……」

 大介は二〇ミリマスケットキャノン〝アタマンティス〟を左右一丁ずつ召喚する。

(600Jが三機?そんな単純なはずがない)

 優樹は左腕の四砲身ガトリングガンを構えながら、和也が行った戦力分析を否定した。

 これは四社によるチームバトルロイヤルだ。スポンサーに自社製品を売り込む営業の場でもあり、同時に他社製品を潰すことも可能な一石二鳥のイベントなのである。

 しかも、普段の実地評価試験と異なり、三日間という長時間、連続で行われるということは、奇襲やトラップなど、フィールドを活かした多彩な戦術を組めるということになる。

 各社共に、虎の子を出してくる可能性が高い。

 何かを仕掛けてくるつもりだ。何を仕掛けてくるかはわからないが、とにかく――

「一撃で仕留める!」

 アトラスの肩部に取り付けられたウイングスラスターが展開され、背部スラスターに一斉に火が点る。

 左腕を突き出し、暴風の如く飛び出すアトラス。その後にゼロ、メサルティムが続く。

 優樹が狙うのは中央だ。まず第一撃で敵を分断し、各個撃破する。連携をさせずに分断するという、戦術の基本である。

 左腕ガトリングガンから七.六二ミリ弾がばら撒かれた。敵三機共、防御のために腕で胴や顔を覆う。これでいい。あくまで目的は牽制と目晦ましだ。

 そのすぐ後に、ドン!と交通事故でも起きたような音。

 アトラスの巨体が中央の機兵士キラードールに激突したのだ。如何に機械の兵士とはいえ、時速一〇〇キロで進む一トンの質量、その直撃に弾き飛ばされ、五メートル近く吹っ飛んだ。

 優樹は衝突後に足を踏ん張り、地面を摩擦する。相手の方が軽かったため、運動エネルギーの完全な交換には至らなかったためだ。

「前よりも大口径だ――」

 左方へ一三五度の反転。それから大きく左足を踏み込む。同時に右腕を大きく引いた。

「ただで済むと思うな!」

 右腕に付いている、大きな杭打ち機を突き立てた。

 RVS-X 電磁破砕槌〝エレクトラ〟。

 電磁破城槌〝エルナト〟よりも大口径の杭と、大容量の静電容量のコンデンサーカートリッジ八発を有するバケモノである。元々エルナトはエレクトラをスケールダウンして作られたものだ。それを、『大きければより強い。大口径で高威力』という暴論によって、アルデバラン改修計画に組み込まれたのである。

 正面を向くT-600J。その防御を縫って、丁度鳩尾みぞおちに当たる部分へ杭の先端が突きこまれた。

 オフィウクスやその他の戦闘で得られたT-600Jのスペックを見るに、外周部は人間の肌に似せるために人工タンパク質で覆われている。その下には胴体の重要なハードウェアを守る為に種類の違う防護板が三層構造にしつらえられている。中年男性の太い胴回りという外観には、そういった実用面での意味があったのだ。そのため、最も装甲を厚くしている胴回りは、相応の重要部位であることが容易に予想できる。

 現に、七.六二×五一ミリ弾では、肉の層に埋まりながらも第一装甲で止まっている筈だ。エレクトラの机上算出能力カタログスペックでは、カートリッジの三連続使用で三層を貫けるはずだが――

「全弾持っていけ!」

 ダンダンダンダンダンダンダンダン―――――!!

 優樹はシリンダーに内蔵されたコンデンサーカートリッジを随時開放し、八発全てを使用して杭を連続射出した。

 一撃目で表面に傷が入り、二撃目で一次装甲貫通。三撃目で二次装甲を破り、三次装甲を傷つけた。四撃目で三次装甲を貫通。五撃目で冷却システムと水素バッテリー制御ユニットを破壊。六撃目でメインフレームを破壊し、その余力と七撃目・八撃目によって背部側の装甲を貫通した。結果、T-600Jの腹部に大穴が空いた。

 通常、機兵士キラードールは戦闘不能になると自爆する。しかし、そうはならなかった。元々、水素バッテリーには安全装置が組み込まれている。自爆が行われるのは戦闘不能と判断したAIが自爆指令を伝達することで行われるが、制御ユニットごと破壊されてしまったために、その信号が伝達されず、自爆は起こらなかった。さらに、可燃性ガスが漏れていたものの、エレクトラによって空けられた穴から微少量が噴出する程度で、引火には至っていない。

 さすがにそんな偶然がわかるわけもなく、優樹は自爆を警戒。破損機の腕を掴み、ハンマー投げの要領で振り回し、起き上がろうとしていた中央の機兵士キラードールへと投げ飛ばした。

 爆発はしない。代わりに起き上がろうとしたT-600Jが再び地面に臥した。

 上手くあしらうことができた。

 だが、敵は三体だ。ほとんど無傷の右方にいるT-600Jが、その豪腕を振るおうとする。

 が、MES側も三人いる。和也が既に、腕を振り上げている機兵士キラードールの目前に到着していた。

 双剣を振り上げ、上段から振り下ろす。

 ガギィン!という耳障りな金属音。それは、T-600JがテンションソードⅢを握って受け止めた音だった。外装の人工タンパク質を易々と切断したはいいが、人間の骨に相当する金属フレームを切り裂く寸前の、絶妙なタイミングで剣を握られ、切断には至らなかったのだった。

 双剣はピクリとも動かない。ことパワーにおいてはTelFでは機兵士キラードールに及ばないのだ。

「しゃがめ!」

 そこへ、大介からの指示が飛ぶ。

 和也は双剣を手放し、その場にしゃがみこんだ。T-600Jの視界には、和也の装着するゼロに代わって、大介の装着するメサルティムが映った。距離は、いつの間にか二〇メートルを切っていた。

 大介の両手には、二〇ミリマスケットキャノンが握られ、二つの砲口が轟音を上げた。

 二発の二〇リ徹甲弾が、T-600Jの手首に命中。そのまま、手首から先を粉砕した。大介は更に二本の銃をT-600Jへと投擲した。

 手のない腕で、二本の銃は容易に叩き落とされた。

(開けた!)

 それが、大介の狙いだった。

 新たにマスケットキャノン〝アタマンティス〟を呼び出す。

 ドゥン!と砲声が鳴ること刹那、T-600Jの首に弾が命中し、頭部が胴体から飛んでいった。

『Hammer form open. Ratchet Hammer, activate.』

 青から黒い装甲へと変じたゼロは、大型のハンマーを振り上げ、吹き飛んだ首から胴体を目掛けて振り下ろした。

 ガジィン!と音を立てて拉げる機械の胴体。装甲の破壊にまでは至らなかったが、大きく歪んだ装甲が内部機構の一部を圧壊させた。またも偶然が起こり、制御機構が破壊された水素バッテリーが爆発することはなかった。

「あと、一体!」

 三人の視線は、ゆっくりと立ち上がる、残り一機となった機械の兵士へと注がれた。

 大介は新たに二挺のアタマンティスを召喚し、

 優樹は左腕を上げてガトリングガンを構え、

 和也はラチェットハンマーを持ったまま、超然と佇む機兵士キラードールへと、鈍重ながらも力強い足取りで駆けていく。

 ドゥンドゥン――バララララララ――――

 二種類の炸薬音が鳴り、二〇ミリ弾が胸部と腹部を、七.六二ミリ弾の雨が顔面を捉えた。衝撃に大きくバランスを崩して倒れそうになっているところへ、横合いからのハンマーがしたたかに殴打する。

 機械の体は、それを金属だと思わせないほどに大きく跳ねながら、胴体を歪ませて滑っていった。

「やった……」

 ふぅ、と和也は吐息を漏らす。いきなりの戦闘ではあったが、特に損害を招くようなこともなく、乗り切ることができた。

 そう、思っていた。

 ゆっくりと、倒れた体を起き上がらせる、機兵士キラードールを見るまでは。

「え…?」

「まだ足りないか…!」

 和也と大介は勇んで武器を構えるが、

「いや、違う……」

 優樹は機兵士キラードールを見て戦慄した。

 機兵士キラードールの頭部には無数の銃弾が埋まり、ぐちゃぐちゃだ。腹部では穴が貫通し、向こう側の景色を見せている。左腕は拉げ、腕の形に合わせて胴体側部が凹んでいる。

 だが、それでも立っていた。損傷は激しいはずなのに。

 そこで、気付く。

 不自然な、機兵士キラードールの傷口を。まるでアルミの皮膜を被せているかのような、不自然な断面だった。腹部や頭部の傷にはその様子が顕著に見て取れる。あんな傷、金属の塊でも削らない限り、できようがない。中身は機械のはずなのに、機械は見て取れず、ただ金属であることだけを、言外に語っていた。

 ガクン、と機兵士キラードールが震えた。痙攣でも起こしているかのようだ。

「なっ!?」

 信じられないことに、傷口がぐにゃりと波打ったかと思うと、穴が自然と塞がっていった。腹部の大穴はみるみる塞がり、頭部からは銃弾が地面にパラパラと落ち、元の中年サラリーマン風の顔が復元された。

 三人の装着者は息を呑み、慌てて武器を構えた。

 優樹は右腕シリンダーを開放し、コンデンサーカートリッジを廃棄。スピードローダーを取り出してカートリッジを再装填する。

 大介はRPG-22を物質化し、円筒を担ぐ。

 そして、和也はカードを取り出し、バックルのスリットへ滑らせる。電子音を経て緑色の装甲色のゲベールフォルムになり、大型拳銃〝クランプガン〟を構える。

 傷が塞がりきったところで、ロケット弾と一六.七ミリ弾が放たれ、機兵士キラードールの体へと吸い込まれた。ロケット弾命中による爆発が起こるが、誰も命中を喜ばなかった。

 煙が晴れて敵損害を確認しようとするが、予想通り、機兵士キラードールは腹に大穴を空けながらも屹立し、傷口は自ずと塞がっていく。

 機兵士キラードールはその補修作業を終えると、両腕をさっと左右に振った。

 すると、肘から先の形状が変化し、二本の剣と化した。

「ちっ、面倒なやつだな」

 忌々しげに、大介は呟く。

「なんだよ、こいつは!」

 文句を言う和也へ、機兵士キラードールは突進する。

 瞬時に青い装甲のシュベルトフォルムとなって、双剣で相手の剣を防いだ。

 そこへ、優樹が体当たりを敢行し、和也と切り結ぶ機兵士キラードールを弾き飛ばした。

「撤退するぞ」

 弾き飛ばした機兵士キラードールを見ながら、優樹は言う。

「こっちの攻撃がまるで効いていない。このままじゃ、こちらの装備と体力の浪費だ」

「でも、三対一ですし……」

「これがバトルロイヤルで、敵のエントリー数もわからないことを忘れたのか」

 このまま戦い続ければ、戦闘中に撃破の糸口を見つけられるかもしれない。しかし、それよりも眼前の機兵士キラードールに対して戦闘を続けることで、情報カルテカードだけでなく、生身の人間である装着者の肉体的・精神的負担も増えていくことを考慮しなければならない。また、この機に乗じて他社勢力がTelFを潰しに来る可能性もある。未知の敵に対峙しているときに、それだけは避けたかった。

「一度退いて、対策を考える。行くぞ!」

「了解だ」

「あ、はい!」

 アトラスが先行し、ゼロとメサルティムが続く。機兵士キラードールは立ち上がって追いかけて来ようとするが、メサルティムが振り返り、両肩に円筒を担いだ。 

 RPGだ。

 発射されたロケット弾は見事に機兵士キラードールへ命中し、機体を後方へと吹っ飛ばした。

 その隙に、三機のTelFは開けた平原を抜け、視界の先、森の中へと姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る