第18話 開会

 一週間後、競技会当日――

 青ヶ島上空で、輸送ヘリが爆音を発しながら滞空していた。

 キャビンには、松井和也の他、武藤優樹と近藤大介が座っている。和也は落ち着きなくきょろきょろと、優樹は膝に乗せたノートパソコンのキーボードを黙々とタイプ、大介は腕を組んで俯き、目を瞑っている。

 全員がヘッドセットを装着している。そうでもしないと、騒音で互いに会話すらままならないからだ。

「そろそろ、だな」

 優樹が呟くと、大介は目を開け、和也は視線を優樹に固定した。優樹が持っているパソコンの画面には、いくつかのウィンドウが表示されているが、その中の一つに大きなデジタルタイマーが、赤々とカウントダウンを開始していた。

『00:09 49』

 表示は残り10分を示していた。開会までのタイムリミットである。

「って、ギリギリなんじゃないんですか!?」

 和也が今更に慌てていた。当然だろう。今からヘリを着陸させていては大きく時間を喰ってしまう。そのあたりのスケジュールは優樹が組んでいるだろうから大丈夫だろうと思っていたのだが……。

「悪いね。ちょっと仕事が長引いちゃって」

 言いながら、優樹はノートパソコンを閉じ、代わりに大きなカーキ色のリュックを取り出した。

「はい、二人とも」

 差し出されたリュックを、大介はすぐに背負い、和也は首を傾げた。

「なんですか、これ?」

「パラシュート」

 優樹は背負いながら、簡素な答を返す。

「いや、なんのために?」

「ここから飛び降りて島に直接降下するために」

 和也の額からいやな汗が垂れた。

「あの、大丈夫なんですか?」

「仕事なら終わったから安心して」

「いや、そうじゃなくて、こんなんでちゃんと降りられるんですか!?俺やったことないんですけど!」

「大丈夫。俺もやったことないから」

「安心できないから!というか余計に武藤さんってヒトがわからなくなりましたよ!」

「ほらほら、時間なくなっちゃうよ。近藤さんを見習って、早く支度しよう」

 すでに大介はパラシュートの装着を終えている。慣れた手つきだった。

「あの、近藤さんはこれ、使ったことあるんですか?」

 それまでパラシュートの装着状況を点検していた大介は、顔を上げて和也を見た。

「レクチャーは受けている。問題ない」

 妙に引っかかる言い方だった。

「……実際に飛んだことは?」

「降下作戦は初めてだ。空挺でも米海軍特殊部隊シールズでもないからな」

 言い終えると、再度の点検に入った。

 どうやら、ここにはパラシュートを使ったことのない人間が三人いて、これから飛び降りようとしているらしいと、和也は状況を理解した。

 優樹がスライドドアを開け放った。現在高度一二〇〇メートル。ホバリング中であるが、上空の強風が機内に巻き込まれ、思わず腕で顔を庇う。

「パラシュートのタイミングを間違えないように。姿勢が安定しない状況ではパラシュートを開いても絡まって地上に激突。遅すぎても減速しきれずに激突。高度三〇〇メートルを切ってからの開傘は、素人じゃ危ないから気をつけてね」

「いやいやいや、素人なんですけど!めっちゃ危ないですよね!?」

「松井君、細かいこと気にするね」

「命かかってますから!それと、そういうセリフは武藤さんに言われたくないです!」

 そんなひと悶着していると、すでに三分が経過していることに気付く。

「時間ないから、とっとと降りちゃって」

 簡単に言うなぁ、このヒト。と思いながら、和也は眼下の景観を見下ろした。

「たかっ!」

「一二〇〇メートルだからね」

「しかも怖いですよ!」

「大丈夫、怖いのは君一人じゃないから」

「説得力ない!」

「……行かないなら、先に行くぞ」

 そんな遣り取りの間に、大介は痺れを切らしたのか颯爽と飛び降りた。

「ほら、松井君も」

「いや、あの、まだ心の準備が……」

「時間ないし、急ごう」

「いや、でも……」

「いいからさっさと行け」

「って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」

 背中を蹴られ、和也は悲鳴と共に空中に投げ出された。

 続いて、優樹も空中へ飛び出した。

 姿勢を安定させ、体と四肢を反らしながら大の字になる。一定時間落下すると、空気抵抗と重力が釣り合い、一定速度に安定する。

 高度が四〇〇メートルを切った。パラシュートレバーを引き、開傘。

 三つの影が、青ヶ島へと降り立った。

 和也たち三人は、島の北部の開けた場所に着地していた。特に大きくはぐれたわけでもなく、三分もすれば全員が顔をつき合わせることができた。

「まずは一安心、ってとこですね」

「ああ、意外と楽しめた」

 優樹と大介は周囲の景色を確認しながら和やかに話していたが、

「自分、軽く武藤さんに殺意沸きましたよ」

 和也だけが苦笑いしていた。

「じゃあ、その殺意はあいつらに向けてくれる?」

 優樹が親指で右側を指差した。

 五、六〇メートルほど先に、三人の中年男性が立っていた。くたくたの背広に革靴。身長一六五センチ程度の体に頂くバーコードヘッド。街中で見かければ、珍しくもないサラリーマンである。

 しかし――

「早速か……」

 優樹がベルトを取り出し、カードを指の間に挟んだ。

 それに続くように、大介が、次いで和也もベルトを回す。

 ウゥゥゥゥ~~~~~~~~~~~~~

 と、そのタイミングで島中にサイレンが鳴り、大音声だいおんじょうが続く。

『これより、四社合同による、競技会の、開催を、宣言します』

 抑揚のない、無機的な女の声だった。

「「「ターンアップ」」」

 三人の装着者はそれぞれの機体を身に纏い、

「「「…………」」」

 三人の中年男性は、その身なりに合わない大きなモーションで、三体のTeLFへ向かって駆け出した。

 こうして、競技会開始一分を待たずして、第一戦が幕を開けた。

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