第17話 和也と魅凪

 四日後の金曜日、和也、優樹、大介の三人は竜胆寺に呼び出された。

「競技会……ですか?」

 会議室に集まった途端に聞かされた、競技会という言葉。

「そうだ。開催は三週間後、青ヶ島で行われる」

「青ヶ島ってどこですか?」

「伊豆諸島の島だ。人口は二百人もいない。期間中は、島民には補償金とともに本土へ外遊してもらうらしい」

 事前に聞いていたのか、和也の疑問に優樹はそれ以上の情報量で返答した。

「競技会といっても、中身はチーム制バトルロイヤルだ。レギュレーションはほとんどない。SFTは三体の強化人間の参加を事前に表明しているが、基本的に参加ユニット数に制限はもうけないらしい」

「じゃあ、投入し放題じゃないですか」

 尤もなことを、和也が口にする。相手が三体とわかっているなら、それ以上の人数で圧倒すればいいのだから。

「いや、違うな」

 大介が反論する。

「今回、それなりの金が動いているはずだ。島民の補償もそうだが、運営だけで数十億、トータルで桁が一つ増えるくらいの金がな。ならば、それに見合うだけの成果があるはずだ。兵器開発のデータ取得だけでなく、な。たとえば、暇で暇でしょうがない、裕福な金持ちの娯楽提供、とかな」

 和也はその話の流れが理解できなかったが、竜胆寺は感心したように頷いた。

「さすが、『猟犬ハウンドドッグ』の異名を持つ傭兵だ。腕だけじゃなく、頭も働くようだね」

 一拍置き、竜胆寺は続ける。

「察しの通り、今回は『スポンサー』たちのトトカルチョの場になるはずだよ。少なくとも、一口一億とかそういうレベルのね」

「……なるほど」

 優樹が納得したように頷く。その説明を聞いても、和也はまだしっくりこないようだが。

「『スポンサー』が見ていると言っただろ。ただ勝つだけじゃ意味がない」

 大介が、そんな和也を察して補足する。

「SFTが三体で来ると予告している以上、相応の戦力で叩き潰さなければ格好がつかない。だから、おそらく俺たち三人だけが呼ばれたんだろう」

 多勢に無勢では、たとえ勝利しても勝因を『数』と判断される。それでは意味がない。和也たち三人が装着するTelF――〝ゼロ〟〝アトラス〟〝メサルティム〟は、未だそれ自体に商品価値の薄い実験機・試作機だ。そこから得られるデータにこそ意味があり、本来兵器に求められる生産性・信頼性・整備性・コストなどは二の次の機体なのである。

 つまり、性能で勝たなければならない、ということだ。

「俺たちがやつらを分断して三対一で勝つならまだしも、物量でひき潰そうなんてマネしたら、観客にも、スポンサーにも不評。いずれは営業成績にも影響するかもな」

 和也がなるほど、と納得すると、竜胆寺は競技会の説明を続行する。

「期間は三日間。最後の一チームになった場合も終了だが、別に全滅するまで戦う必要もないそうだ。七二時間経過時点で強制終了というわけさ」

「で、本社からの要望は?」

「四八時間以内に他社戦力を殲滅しろ、だそうだ」

 優樹はそれを聞き、そうだろうなと納得した。判断材料が『数字』しかない上層部が無茶振りするであろうことはなんとなく予想がついていた。

「まぁ、半分の三六時間と言われる覚悟をしていたので、安心はしましたが」

「だが、外部からの補給は認められていない。物資の持ち込みは自由だが、初期持ち込み時以外のものは途中搬入の許可が下りないそうだ。食料もそうだが、補給用の情報カルテは特に万全の備えをする必要がある」

 ルールはどうあれ、三日間のサバイバルが待っているのは確かだ。

 和也たち三人は大なり小なり溜息を漏らしながら、残りの説明を聞き続けた。

 外では、まるで三人の気持ちを代弁するかのように、どんよりとした雨雲が空を覆い尽くし始めていた。



 一週間後の土曜日――

 突然だが、人生とは何がきっかけで何が起こるかわからないものである。

 その一例が、以下の状況である。

「な、ちょっと、む、むり……!」

「大丈夫だから。ちょっと力抜いて…」

「いや!無理だからそんなの!」

「大丈夫。ちょっと我慢して…」

「む、むりだって言ってるでしょうがぁっ!!」

 どがっ!「ごふっ」

 ……………………という一幕があった。

 これは別に雑技団のマネをして小さな枠に体を通そうとしているとか、ストレッチしているとか、そういうオチではない。

 松井和也と小坂魅凪がイロイロあった結果である。

 なぜこんなことになったかというと、土曜日の朝に突如和也の携帯電話に魅凪から連絡が入り、「ちょっと見て回りたいから付き合いなさいよ」という誘いを受けたのが始まりである。それから都内の繁華街で待ち合わせし(待ち合わせ十分前に到着したら遅いと起こられた)、ウィンドウショッピングと洒落込み、最終的に互いの衣服を購入(払いは全て和也)。昼食はパスタ店で取り(なにこれ高っ!?これだけで千五百円すんの!?)、午後はこれから映画に行くわよ、と言われて映画館へ向かっていた。のだが、トラックが路肩の水を撥ねて、二人とも濡れねずみ状態に。このままではいけないと、どこかいい場所はないかと探してみると、そこには時間単位で『休憩』できるホテルがあったので、躊躇いながらも入ることにした。「覗くなよ」と言われて先にシャワーを浴びる魅凪だったが、そこは『そういう』ホテルなので、実はシャワー室が丸見え構造になっていた。それに気付いてドギマギしていた和也など露知らずに出てきた魅凪は不幸にも(?)和也の異変に気付き、「何考えてんのよ!」と激怒。逃げるように和也もシャワーを浴びに逃げ出した。それから十分後に和也がシャワーから出てくると、魅凪は顔を赤くしながら俯き、ちらちらと和也を見ては顔を背ける始末。二人ともそわそわしたまま、どれくらいの時間が経過したかもわからなくなった頃、なんとなく目が合い、だんだんと互いの距離が近くなり、やがて――――

 事に及ぼうとした和也が、魅凪に蹴り飛ばされたのだった。

 和也から見ると、魅凪は結構遊んでそう、という印象があったのだが、魅凪は赤面しながらこう主張していた。

「本当は何回かデートしてさ、夜景が綺麗な観覧車に乗って、てっぺんでファーストキスして、あ、花火なんかあると雰囲気いいなぁ…。それからデートの度に手を繋いで、最後は楽しかったよって言ってキスして別れて……とか、でもそれを繰り返してるうちに今夜は一緒にいたい、なんて話になって、ぎゅっと抱きしめられたりなんかして、そこで初めてを、なんて思ってたのに……、って何言わせるのよ!」

 と、また蹴っ飛ばされた。どないせーっちゅうねん。

 気の強そうな見た目とは違い、中は夢見る乙女な小坂魅凪一六歳であった。


 それから一週間後など、魅凪は和也の部屋にいた。なぜか部屋の掃除が始まってしまったのだが、その際に口に出すのも恥ずかしい(莫迦らしい)アホなタイトルのアダルトビデオが発見され、ひと悶着あった。

 このとき、魅凪は変態だなんだと和也を罵りながら蹴り倒し、最終的にはただのじゃれ合いに収束していった。

(どうしよう、変なサド女とか、SM趣味とか思われちゃったかな…。この前の仕返し、とか思ってやっちゃったけど、やりすぎだよね……。あー、莫迦だわたし……)

 と、かなり後悔していたのだが、和也は和也で

(うわ~、踏まれてちょっと嬉しいとか思っちゃった、俺ってMなのか……)

 と、自分の情けなさに項垂れていた。


 しばらくして、お互いの気まずさもある程度和らぎ、互いにコーヒーでも飲もうと思い立った。魅凪が淹れてくれるというので、和也は豆やマグカップの場所を教え、

「あ、カップは――」

 と、魅凪の分のカップがない事に気付いた。元よりコーヒーカップなんて洒落たものをなど持っていないが、独り暮らしのために余計な食器類は置いていないのだ。

 なのだが――

「こっちの、使っちゃっていい?」

 食器棚から、和也のカップとは別の、一回り小さいマグカップが出てきた。

(そんなの、あったっけ?)

「女モノっぽいけど、もしかして彼女のヤツ?」

 眉を吊り上げて、不機嫌になる魅凪。

「いや、いないから」

 和也のその返答で、懐疑的な目を見せたものの、いくらか雰囲気が和らいだ気がする。

「じゃあ、元カノ?」

「いや、し」

 逆に、和也がげんなりとした。モテない男で悪かったな、と言いたげに。

 と、そこで気付く。

「あ、もしかして――」

「やっぱり元カノか」

「違うから!あのさ、何週間か前くらいに、知らない女の写真が部屋に置いてあってさ」

「何それ?」

「洗面には女物の歯ブラシが置いてあるし、余計に茶碗類が一組揃って置いてあったり、女の子を家に入れたことなんてなかったのに、女物の下着が入ってたり」

「……盗んできたの?」

「違うよ!他にもケータイのアドレス帳に『彼女』ってフォルダが作られてて、知らない番号とアドレスが登録されてたんだ」

「……妄想彼女?」

「いや、だから違うって!」

「ま、冗談はそれくらいでさ。っていうか、それストーカーじゃないの?部屋に上がりこんで、妄想の中で彼女気取ったりして」

「うわ、気持ち悪いな……。というか、そう考えるのが妥当だよな……」

「ほんと、こんな冴えない男の恋人志望なんて、趣味悪い」

「おい……」

 半眼で抗議する和也だったが、魅凪はさっきよりも大分機嫌良くなったようだ。なぜかはわからなかったが。

 結局、コーヒーは飲まずに魅凪は帰ることにしたので、最寄り駅まで送っていくことになった。

「あ、そうだ。来週末は、ちょっと予定が入ってるから、会えそうにないんだけどさ」

「……そんなにあたしに会いたいわけ?」

「……悪いかよ……」

「……悪くないけど……」

 和也が視線を外しながら呟くと、魅凪も俯きながら応じた。その頬には朱が差していた。

「ま、いいけどさ。あたしも、来週はずっと用事入ってるし」

 そう告げる魅凪の顔は、一転してどこか寂しげだった。だが、視線を外していたせいで、和也は気付かなかった。

 駅で別れた後、和也はぶらりと寄り道しながら、魅凪のことを考えていた。

 里平の娘であるという事実云々について、ではない。

(そういえば、まだ言ってなかったよな……)

 これまで、互いに一度も『好き』と口にしていない。いい雰囲気になったことはあっても、告白はまだで、「付き合ってくれ」なんてことも言っていない。

 ただの友人関係であるとは、和也は思っていない。魅凪は確かに気になる存在だが、弄んでいい人間じゃない。ちょっと気は強いかもしれないけど、危なっかしくて、傍にいてあげたい。そう思える少女だ。

(競技会が終わったら、付き合ってくれって言おう)

 もしかしたら、彼女は今の、中途半端な関係を望むかもしれない。ただの気の迷いで一緒にいるだけかもしれない。

(それでも、こんなどっちつかずの関係は、やっぱり良くないはずだ……)

 どんなシチュエーションがいいだろうかと、帰途で色々と考える和也であった。


 その会話を、優樹はヘッドホン越しに黙々と聞いていた。

 MES江東ビル、その一室でのことである。

「どうだい?なんか面白いことでもあるかい?」

 竜胆寺が背後から近づき、もう一つあるヘッドホンを耳に当てた。

『おりゃおりゃ、なんか癖になりそ――』

『ちょ……みなぎ—―まっ』

 男女の訳あり気に聞こえるやり取りを耳にして、ヘッドホンを置いて一言。

「なかなかに背徳的じゃないか。部下の肉欲に溺れた喘ぎを聞くというのも」

「そもそも盗聴なんで背徳以前の問題ですけどね」

 優樹は冷静に突っ込むと、不動で睦言を聞き続ける。

「そんなものを聞いていて、ムラムラこないのか?」

「そうですね、今のところは別に」

「わたしはムラムラきたぞ」

「勝手に発情していてください」

「わたしのこの火照った体を鎮めてくれないか?」

「寝言は寝てから言ってください」

「あー、ダメだ。聞いてるうちに疼いてきた」

「勝手に一人でしてください。できれば室外で」

「露出をしろと?」

「仕事の邪魔さえしなければなんでもいいです。というか、そっちも忙しいんじゃないんですか?」

「今は自動演算中だ。システムの最適化が終わるまで暇なんだ」

「はいはい、そうですか」

 冷たくあしらいながら、優樹はずっと和也と魅凪の声を聞き続けた。

『知らない女の写真が部屋に置いてあってさ』

 と、そこで気になる言葉を拾う。

『洗面には女物の歯ブラシが置いてあるし、余計に茶碗類が一組揃って――――』

「竜胆寺さん」

「なんだ?体でも火照ってきたか?」

「記憶の欠落が段々酷くなってます。解離性健忘どころじゃないですよ」

 ジョークには応じず、優樹は確証をもって語る。

 今の和也の発言で、彼の記憶から『小島榛名』が消えていることがわかったからである。

「解離性障害と違うところは、欠落した記憶の合間を縫うように、既存の記憶を再構築しているところです。だから、自覚症状がない。細胞が物理的に死滅しているにも関わらず、それに引けをとらない異常なまでの対応能力が、松井君の脳で起こっているんです」

「なら、そこから一つの結論が出てくるな」

 竜胆寺は静かに、優樹は口元をより引き締め、同一の結論を口にする。

「やがて身体の機能障害を引き起こし――」

「――必ず死ぬ」

 ハイラントフォルムは脳に大きな負荷をかける。影響は記憶だけだが、もし別の場所で脳細胞の壊死が起これば、生命の危機に直結する。

「確か、症状を改善、もしくは軽減させる方法を模索中とのことでしたよね?」

「システムの最適化は進めている。おかげでハイラントでの活動時間が一五分に延長できたが、脳細胞破壊のリスクは残ったままだ」

 そう言って、竜胆寺は背を向けて歩き出した。

「そろそろ時間だ。おいとまするよ」

「アップデートの方は?」

「三機とも手のかかる子だからね。だが、間に合わせるから安心しな」

「なんなら、アトラスは自分でやりますけど」

「お前は松井の調査と〝ティアマット〟に集中しろ」

「………」

「心配するな。中間検査として二日後に実機テストをするつもりだ」

「別に、心配はしていませんよ」

「嘘つけ。不安が顔に出てるぞ」

 竜胆寺が部屋を出て行く。

 優樹はヘッドホンに意識を向けるが、別に気になる会話をしているわけでもない。

(不安、か……)

 継ぎ接ぎだらけの急造機であるアトラスを思いながら、優樹は自身のパソコンの画面を見た。新型機のワイヤーフレームモデルがそこにある。アトラスと違い、新技術を取り入れていながらも運用リスクが(比較的)小さい機体だった。

「SIS-Y7、ティアマット……」

 データ上でしか存在していない機体。今の優樹の仕事は、その機体のOSとFCSのチェックであり、五日後に組み上がるはずの実機に間に合わせなければならない。

(問題は、装着者の方がどうなるか、だな……)

 それから二時間ほど、ソースコードと公式相手のにらめっこが続いたのだった。

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