第16話 騎士の名は
午後9時を回り、MES四人の装着者は
そこに、竜胆寺筆頭主査も姿を現し、五人参加の会議が行われた。
「
竜胆寺の発言に伴い、プロジェクターに騎士たちの映像が映し出される。
「現在確認されている
「パーシヴァル――」
竜胆寺から引き継ぐように、優樹は画面の映像を織り交ぜながら説明を始めた。
「本名、
「SFTの社員じゃないのか?」
そう訊ねたのは腕と脚を組んで座る大介である。
「社員登録はされていません。対外的に非公式な実験であるからだと推測されます」
質問に答える優樹は、一通りの返答の後に再び解説を始めた。
「機動性と運動性を重視した戦闘スタイルで、主兵装は長槍〝レーヴァテイン〟と投擲短槍〝ミスティルテイン〟。レーヴァテインは刃の部分が二九〇〇Kまで加熱される。それを可能にするのが、『温度場と温度境界層制御による瞬間的発熱と断熱』です。原理はアルデバランに使用されていた
スクリーンは切り替わり、楯を持つ騎士が映し出された。
「ガラハッド。本名、
「こいつも、社員じゃないわけだ」
「はい。元プロボクサーでしたが、繁華街で三人を撲殺したそうです。刑務所では模範囚として過ごし、仮釈放も妥当だということです。そういった経歴が、彼の戦闘スタイルにも現れているようで、楯〝アイギス〟による防戦を得意とするカウンターヒッターです」
和也はそれを聞いて、全ての攻撃を防ぎきったガラハッドの姿を思い出した。
「アイギスは、恐らく『
「そんなこと、できるんですか?」
「エネルギーの互換は日常でも行われている。緩衝用ダンパーは運動エネルギーを熱エネルギーに変えている典型だし、
アイギスについての講義をいくつか続け、遂に画面に漆黒を纏う騎士が映し出された。
「ランスロット。コイツに関しては、未だ詳細は不明のままです。ですが、危険度は他の二人よりも大きいと言えるでしょう」
画面が切り替わり、
「他の二体もそうですが、甲冑を着ているとは思えない瞬発力・機動力。決して筋力だけでは為し得ない戦闘スタイル。それに加え、ランスロットはモーターバスターソードやクラウソラスなどといった、相手の使用している武装まで使いこなしてます。この手練、ランスロットを名乗るだけのことはあるでしょう」
世界的に有名な『アーサー王伝説』、その中に登場する円卓の騎士の名前を戴く
「その最高の騎士様は、毎度ご乱心みたいだが?」
「それについてですが――」
大介の問いに、優樹は眉を顰めた。
「考えられる可能性は二つ。一つは、評価試験に出てくるような上位の
「後者のメリットは?」
「被験者の躊躇いや恐怖心を取り払うか、もしくは高揚させることで特定のホルモン分泌を促進させる効果があります。つまり――」
「うまく戦うための措置ってことか」
大介の呟きに、優樹は首肯で返した。
「ええ。ただ、MESやTelFを名指しで口にしているところから、素の状態でもそれなりに恨みを抱いている可能性も高いでしょうけどね」
「自分も、そう思います」
和也はランスロットが怨嗟の声で『エムイーエス』『テルフ』と吐き出していたことを思い起こし、優樹の意見に同意した。
内容の濃い三〇分程度の会議は終盤になり、話は総評に入る。
「情報の物質化に、高周波振動兵器をはじめとした各種技術を、SFTは獲得している」
締めに語るのは竜胆寺だ。
「お前たち装着者に求められるのは、やつらの開発遅延とMESの優位性を誇示するために、勝利することだ。敗北は許されん。世界各国の軍需シェアにおいて、陸軍歩兵部門でMESはナンバー1を獲得している。それを揺るがすな。以上だ」
ぞろぞろと、室内の人間が退室を始める。最後に、一言も口を出さなかった秀平がドアを出ようとすると、
「石田」
竜胆寺に呼び止められた。
「正式通達だ」
一枚の紙を渡された。
「石田秀平。お前をケイトスの装着者から外すと共に、ケイトスの運用を停止する」
「――っ」
改めて告げられ、秀平は奥歯を噛み締める。
さっきも会議どころではなかった。これから自分はどうなるのだろうかと考えていた。自分の存在価値はなんなのかと考えていた。
「役立たずは死ねってことですか…?」
自嘲して吐いたセリフに、竜胆寺は無表情に返す。
「自宅待機していろ。お前には、まだ利用価値がある」
「負け犬に、用はないんでしょ?」
「ああ。だが、お前を殺すための労力を割くつもりはない」
とことん莫迦にされた。そんな印象を受けた。
「安心しろ。給料は満額出してやる。ただし――」
すっと、竜胆寺の顔が近くなる。整った顔立ちで、美人の部類に入るであろう容貌だったが、その双眸に温度が感じられなかった。
「自棄になって、余計なことを考えるなよ。さもなくば――」
唇が、耳に触れるか触れないかのところまで近づく。吐息がかかるが、興奮などできなかった。逆に、心臓が鷲掴みされているかのような感覚に襲われる。
「誰かが処分に来るぞ」
誰か。
――『あんた、時代遅れなんだよ』
秀平の脳裏に、大介の見下した顔が蘇る。
「くっ――――了解、しました……」
そう応えるしか、今の秀平に選択肢はなかった。変な動きを見せれば、もうこの建物から外に出ることなどできなくなると目に見えている。
秀平は懐からカードとベルトを取り出し、見下ろした。
一年半以上使い続けた、相棒とも呼べる存在だった。
「そう腐るな。いや、怯えるな、って言うほうが正しいか」
顔を離し、竜胆寺は口角を上げた。そして、秀平の手からカードとベルトを奪う。
「いい子にしていたら、あとでご褒美をあげるよ」
そう告げると、筆頭主査の女史は姿を消した。
(生かされているだけマシってことか……)
憤りが湧いてくるが、その感情はすぐに心中にある組織の恐怖に塗りつぶされる。
嘗て、裏切り者の永山忠嗣の追っ手として、ハンティング感覚で当たっていたのが秀平だ。今になり、自分が銃を向けられる側になったという思いが、蟠《わだかま)っていった。
竜胆寺は自分のデスクでメールのチェックを行っていた。
すると、上司から一件のメールが届いていた。受信時刻は17:32。勤務時間外だったが、どうせそんなものあってないようなものなので気にしない。
『FW:SFT社 CEO 王正治氏より』
他社に関する転送メールだった。本文を読んでいく。
『王氏が主催するイベントに、当社も参加を表明する』
添付ファイルがあったので開いてみる。
『競技会の参加者を求む』
第一文はそう始まっていた。
『SFT、MTT E&S、KDI、CTV各社合同による、製品アピールや互いの技術向上を目的とした競技会を行う』
長々と綴られた文章を読み続け、竜胆寺はふぅ、と一息。
「いいタイミングじゃないか」
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