第14話 衝撃
結果だけ言えば、和也は判断ミスをした。
第一に、ハイラントフォルムを使用したこと。見極めが足りない状態での切り札の使用は無謀であり、ガラハッドという実力者相手に見極めを怠った愚を冒してしまった。
第二に、引き際を誤ったこと。撤退は逃亡ではなく、戦略的判断の下に行われる作戦行動であるという認識が欠如していた。
だから、残り時間三〇秒を切った状態で、ほとんど傷を負っていないガラハッドと未だに戦闘を続けていた。
『CAUTION!!: SYSTEM DOWN , COUNT 25sec』
という表示。
しかし、和也はコンクリートブロックを易々と粉砕するだけの力を振るい続け、拳を、脚を繰り出し続ける。それが楯に阻まれようとも、車に撥ねられるくらいの衝撃を受けながらピクリともしない甲冑を見ても、只管に攻撃を続ける。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!」
だが、打っても打っても状況が変わることはない。ただ時間だけが過ぎていく。
(過大評価していたようだな)
ガラハッドは心中で嘆息する。
(ただの猪武者だったか)
ゼロの拳をこれまでと同じように弾いた後、一歩を踏み込む。
次いで、スパイクになっている
和也は頑丈な篭手でガードするが、予想外に勢いのあった一撃は、和也を三メートルほど突き放した。
ダメージはない。ならばすぐに攻撃だと、和也は踏み込みを―――
『System overflow. Forcibly release.(システムオーバーフロー。強制解除)』
一歩踏み出す前に、限界時間を迎えてしまった。
「――――え……?」
「――――愚かな……」
焦りのためか状況を飲み込めずにいる和也と、失望を
ゼロの装甲が粒子化し、和也の生身が露わになる。服の間に嫌な汗が流れ、戦闘の熱気による汗と合流する。体が重い。筋肉活性用に流されていた電流のせいで、全身に疲労が襲い掛かったのだ。
構わず、ガラハッドはアイギスを振り上げる。
「一撃で決める。せめてもの手向けだ」
逃げられるか。
和也は今になってこの状況に危機を覚えたが、すでに遅い。
ゼロの再装着はまだできない。強化人間相手に鬼ごっこをして勝てる見込みはない。車の向こうに停めてあるバイクまで走れるかを考え、背中を向けた瞬間に刺される自分の姿を想像してしまった。
(ごめん、香奈)
病院にいる妹に対する謝罪を呟く。
が、すぐに諦観した自身を叱責する。足に力を込める。
動け!可能性はゼロじゃない。
逃走のために、全力を振り絞る。
「――ん?」
ガラハッドが反応した。
和也に、ではない。
左のアイギスを上げ、土手方向を防御する。
パララララララララララララララララララララララ――――――――――――――
そのすぐ後、軽快な重奏が鼓膜を震わせた。
それは、無数の銃弾だった。アイギスの表面で火花が散り、数え切れないほどの銃弾が河川敷にばら撒かれていく。
その直後、
ドガン!と、ガラハッドの体が弾き飛ばされた。
十メートル近く吹っ飛ばされたガラハッドの代わりに、赤い巨体が佇んでいた。この巨体が体当たりした結果、ガラハッドが弾かれたのだろう。
「なるほど。やっぱり防がないか」
赤い巨体から発せられたのは、フルフェイスヘルメットのせいでくぐもった男の声だった。額からは大きな一本の角が生え、両肩は不自然なほど巨大だ。右腕にはリボルバーのシリンダーと、プラスドライバーのような金属製の突起。左腕には四銃身のガトリング銃が装備されている。肩には大きなウイングが折り畳まれ、背中には過剰とも呼べるほどに大量のスラスターが並んでいた。
細部は違うが、見覚えがある。
「アルデバラン――――武藤……さん?」
半年前に死んだと聞かされたはずの名前を、意図せず呟く。
「下がっていろ」
赤い巨体は吹っ飛ばされながらも華麗に着地した、青い甲冑の騎士を見やる。
「新たなTelFか」
「継ぎ接ぎの急造改修機だ」
騎士の重低音に、くぐもった声が応える。
「名は?」
「アトラス。尤も、語源ほど立派なものじゃない」
「我が名はガラハッド」
「だから楯?ランスロット、パーシヴァルときてるなら、どこかにガウェインやらトリスタンなんてのもいるのかね?」
「口が回るな」
「口だけで終わるつもりはない」
赤い巨体――アトラスは右腕を引いた。
「その楯、どこまで耐えられるかな」
「アイギスは決して壊れない」
「
「ならば、もう一度来てみるか?望みどおり、貴様の一撃を無力化してみせよう」
「その反応……、俺の中の仮説が正しいと、証明したようなものだ」
「……ただの猪武者ではないようだな」
「あの突撃で猪武者なんて評価をされるのは癪だな」
「気に障ったか?」
「ああ。猪程度に思われているのなら、過小評価もいいところだ。せめて
赤と青の男が二人、構えを取って対峙する。
「殺り合う前に一つ訊きたい」
「なんだ」
アトラスからの問いだった。
「
「興味はないな」
本心から、青の騎士は告げた。
「今ここに力がある。出自になど、拘る気はない」
「そうか……」
応えはしたが、答はくれなかった。
「お前に訊いても無駄なようだ」
嘆息し、アトラスはウイングスラスターを展開。背部スラスターユニットに淡い光が点る。今にも飛び出す勢いだ。
だが――
「――やめておこう」
唐突に構えを解き、ガラハッドはチラリと川の向こう側を見た。だが、その先には何があるでもなく、アトラスの装着者も和也も彼が何を見ているのかはわからない。
「興が
ガラハッドが身を翻し、河川敷を走り去る。
「行かせるかっ」
アトラスの巨体が足を踏み出す。
ヒュンヒュン――
と、足元に弾痕が生じ、アトラスの突撃を鈍らせた。
(狙撃――)
すぐさま弾丸の埋没方向と角度から狙撃位置を特定しようとするが、
(ちっ、アトラスの演算能力じゃ時間が――)
時間をかけすぎてしまい、すでにガラハッドも狙撃手も姿を消していた。
「逃がしたか……」
アトラスは呟き、自身の装着を解く。
すると、赤い装甲の下から地味なTシャツとスラックス、カットシャツの男が現れた。
「やれやれ――」
「……武藤……さん……?やっぱり――」
その男の顔を見て、和也は目を丸くした。
半年前に死んでいるはずの、技術者と装着者を兼ねた、年上の先輩。
「生きて…?」
「久しぶりだね、松井君。あと、死んだ、なんて誰も一言も言ってないと思うけど」
事実、半年前に竜胆寺は「両腕切断で失血過多。普通死んでいる。ここには戻ってきていない」などと言っていたが、死んだとは一言も言っていない。「戻っていない」のも、単に病院で治療を受けていただけに過ぎない。ただし、本当に生死の境は彷徨ったわけだが。
「でも、両腕切断って……」
「これ?義手」
「いや、めちゃめちゃ動いてるじゃないですか」
「内部の電極を神経に繋いでいる。意のままに、というか、動かす感覚は変わらないよ」
「それも、MESの技術ですか?」
「まぁね。試作品だから、これも実験の一環だよ。真っ先に改善して欲しい事項は、神経繋ぐときの激痛をどうにかしてほしいってトコだね。泣き喚いたよ。
「相変わらずですね……。ま、でも、助かりました」
自身の危機もそうだったが、和也は車内に横たわっている魅凪のことが気にかかった。ガラハッドの様子では、車内の暴漢を殺したのは彼で、魅凪を助けた形になるが、今は目先の危機が去ったことで、彼女を助けるという本来の目的を果たすことができる。その思いにほっと胸を撫で下ろした。
優樹はそれに釣られ、ちらりとワンボックスカーを見た。
「ところでさ――」
ここからでも中の惨状が窺い知れる。その中に眠る魅凪の姿がわかっているかのように、
「松井君は、彼女のことを知ってて、近づいているわけ?」
「え?」
その話の振り方が気になり、和也は思わず聞き返した。
「リハビリがてら、いろいろと調べててね。その中で、君が熱を上げている
和也は、何か聞いてはいけないことを聞いてしまうのではないかという、言い知れない不安を抱く。それを知ってか知らずか、優樹は淡々と告げる。
「小坂魅凪――」
彼女はひょんなことから和也と出会い、和也が気にかけていた少女。
「立証大学付属高等学校一年二組、出席番号一一番。住所は目黒区自由が丘。現在母親と二人でマンション暮らし。父親は半年前に他界――」
つらつらと、個人プロフィールを暴露していく優樹。和也は「この人ストーカーみたいだな」と思ったが、客観的に見れば、彼女が通りそうなところを張り込んだり校門前で待ち伏せしたりしていた和也にそれを言う資格がないことは明白だ。
「そのため、小坂は母方の苗字になる。彼女の旧姓は里平――」
「っ!?」
和也の表情が凍った。
「里平魅凪。半年前に死んだ、元TDD室長の娘だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます