第13話 時代遅れ

「逃げた、か……」

 俺もまだまだだな、と呟いてから、少し離れたところで状況を見守っていた秀平を見た。

「お守り、しなきゃならないよな」

 溜息をつき、大介は六〇メートル先にいる秀平の許へと駆け出した。

「動けるか?」

「…あんまり」

 状況確認だけの、素っ気無い遣り取りが交わされる。大介は『助けて来い』と言われて介入しただけだ。秀平は『助けるんならもうちょいやり方あるだろ』と文句を言いたいが、バッテリーがほとんど残っていないために動きづらい状況であり、助けられたのも事実。二人のパワーバランスは、完全に大介に傾いていた。

「攻撃は?」

「リロードする電力がない。できるとすれば、榴弾砲千切って振り回すくらいだけど」

「ならいい。じっとしていろ」

 そう言い終えると大介は周囲を見回す。

 体を黒色の装甲で覆った犬だった。成犬のドーベルマンに見えるが、それが一三頭、二人を取り囲むように展開していた。

「CTVの生物兵器バイオウェポンってやつか」

「でも、数が多い……」

 秀平はあまりの状況に冷や汗を垂らすが、大介は飄々と口笛を吹いた。

「SFTの援護だと思うか?」

「……偶然じゃないかな。多分、手負いを片付けたいんじゃないの?」

 だとすれば、あの女はよく逃げられたものだな、と感心したくなった。索敵した数とこの場の数が合っているから、犬たちは全部こちらに集まっているはずだ。秀平の推測が正しいならば、真っ先に狙われるのは秀平ということになるが……。

「だといいんだけどな」

 大介は心中に懸念を抱きながらも、周囲に注意を向ける。

 犬たちが、じりじりとにじり寄ってくる。距離は一〇~一五メートルといったところか。

「その場を動くな。それと、一メートル以上頭を上げるな」

「え?」

「間違って撃ち抜かせるな、ってことだ」

 大介は瞬時に両手に武器を呼び出した。

 一メートルくらいの銃身を持つ、やけに口径の大きな銃だった。銃剣が装着されているが、正規品を流用した風には見えない。恐らくMES独自開発品のはずだ。

 XM2012B 二〇ミリマスケットキャノン〝アタマンティス〟。

 それが、この銃—―いや、砲の名前だ。意匠はスプリングフィールドM1795を参考にしているが、性能は全く違う。弾丸は口径二〇ミリのHVAP《高速徹甲弾》を使用しているが、初速強化のために薬莢部分が長すぎて、マガジンを装着することができない。つまり、機構の問題で一発使い捨ての銃となっているのだった。砲弾を銃で発射するための兵装、それがマスケットキャノンなのである。

 現れたのは両手にだけではない。

 大介の周囲にも、銃口を地面に突き刺す形で同種の銃が出現した。

(そりゃ、普通の銃じゃ厳しいかもしれないけどさ…)

 秀平は大介の戦闘スタイルの意図を理解し、しかし苦い顔をする。

 一対複数の状況下では弾数が欲しいところだ。しかし、敵の犬は装甲化されている。強度は不明だが、五.五六ミリのカービンでは心許ない。一撃で仕留められるよう、高威力の兵装を選択したのは認めるが、一発撃つごとに別の銃に取り替えるという作業は、多数に囲まれた状況下では非常に難しい戦い方だと思えた。

 そんな心中の不安など意に介さず、大介は集中力を高めていく。

 犬が動いた。

 二頭が飛び掛り、時間差でもう二頭が飛び掛る。他の個体は距離を更に縮めて攻め時を見定めているようだった。

(000、110!)

 飛び掛る犬の方向を見定め、両腕を一一〇度に開く。

 ドゥン!ドゥン!

 とても銃から発せられたとは思えない轟音と共に撃ち出された二〇ミリ砲弾は、見事に最初に飛びかかった二頭の犬の眉間を装甲ごと貫いた。

 銃を捨て、地面に刺さった二挺を引き抜き、構える。

(060、240!)

 若干左回りに体を捻り、腕を一八〇度開く。

 ドゥン!ドゥン!

 銃口から五〇センチ手前まで迫っていた二頭の頭が弾け飛んだ。

 だが、すでに三頭の犬が三方向から迫っている。とても今までのようには対処できない。

(330、160、090!)

 大介は銃弾を放って空になった銃をくるりと回し、銃口を掴む。腕がそうしている間に、左足で地面に刺さった銃を蹴り上げ、器用にも頭のやや上まで跳ねさせる。

 両手をぐるりと勢いよく回し、装甲の隙間を狙い、二頭の背中を叩き伏せ、脊髄を背骨ごと粉砕。その勢いのまま銃を捨てる。丁度、蹴り上げた銃が胸の前を落下中。それを掴み、真横に迫っていた犬の、大きく開けた口に銃剣を突き込む。アオゥ!と喚くが、引き金を引き、頚椎を吹っ飛ばす。

 圧倒的だった。個々の能力は高くない犬たちだが、集団攻勢が基本戦術の相手に、メサルティムの能力を引き出し、大介は次々と装甲犬を屠っていく。

 その姿に、他の犬たちは怯む―――どころか、より闘志を剥き出しにして唸り、飛び掛ろうとしていた。

(010、085、139、199、260、320!)

 六頭が一斉に飛び掛る。互いが激突することなどお構いなしに、大介を食い千切ろうと、牙を剥き出しに迫ったのだ。

 撃つ、払う、刺す、撃つ、斬る、叩く、蹴る、撃つ、撃つ、振り抜く、撃つ、叩き落す。

 一連の動作に五秒とかかっていない。流れるような、滑らかな戦闘機動に、秀平は息を呑んだ。マスケットキャノンを射撃武器としてだけでなく、時に鈍器、時にナイフとして使用し、同時に体術を駆使して単発銃のデメリットを感じさせない美技を見せている。

 死屍累々の犬たちが、河川敷に倒れているという光景ができあがるのに、そう時間はかからなかった。大介は背骨を叩き折ったうちの一頭に近づいた。僅かに息をしている。その頭に銃口を突きつけ、ドゥン!と一発。外装と頭蓋が弾け、小さな血の噴水と共に目玉が跳ね上がって転がった。

「装甲化された生物兵器バイオウェポン、か……」

 大介は血の大地に横たわる犬たちを見やり、呟く。そして、装着を解除。

 それに続くように、秀平も装着を解除する。

 生身になった二人は、片や直立、片や尻餅をついた状態で、何を言うでもなく佇んでいたのだが、

 ピリリリリ――

 静寂の中で着信音が鳴った。秀平はポケットをまさぐって携帯電話を取り出し、ディスプレイを見て一瞬硬直。おずおずと通話ボタンを押す。

「……はい」

『やぁ、お疲れさま、石田君』

 竜胆寺の悠然とした声音が、秀平の耳朶じだを叩く。

『戻ってきてからでもいいかと思ったんだが、今伝えておこうと思ってね』

 もったいつけながら、筆頭主査は告げる。

『石田秀平。業務命令だ』

 声が、硬質なものへと変わった。

『略式ながら、石田秀平をSIS-2 ケイトスの装着者から解任する』

「――――っ!?」

 秀平は息を詰まらせた。何を言われたのかが理解できなかった。

『同時に、ケイトスの運用を停止する』

 秀平は半ば呆然としながら、竜胆寺の通達を聞いていた。内容は馬耳東風と呼べるほどに頭に入ってこない。それだけの衝撃があった。

 通話を終えてから、たっぷり一分ほど経った後、ようやく秀平は携帯電話をしまった。

「この世の終わりみたいな顔だな」

 大介は呆然とする秀平を見下ろした。

「ケイトスを降ろされた、とか?」

「――っ」

 再び、秀平の息が詰まる。

「図星か。当然の結果だろう」

「なん……だと……?」

 その目にいくらか怒気を滲ませながら、秀平は顔を上げた。

「石田秀平の叩き出せるケイトスの最高スペックでの運用で、惨敗を喫している」

「くっ―――」

 事実を突きつけられ、険しかった表情が、屈辱に歪み、視線が落ちる。

「それに対して俺とメサルティムは同じ相手を退けている。この意味がわかるか?」

 理解はしている。しかし、どうしても秀平は受け入れたくなかった。

「あんた、時代遅れなんだよ」

 ぐっと、秀平は奥歯に力を込めた。歯を噛み砕くんじゃないかと思うくらいに。

「遠くからドカドカ撃つしかできない、あんたじゃな」

 大介は背を向けて歩き出した。

 対して、秀平は腰を上げることができずにいた。俯いたまま、おぼろげに地面を見る。

「俺は……時代遅れ……?」

 後方支援のために造られた第二世代TelF。制圧能力ではトップクラスであり、データ取得が完了次第、自衛隊や米軍にも(モンキーモデルではあるが)売り込むはずだった機体。

 いつも殺伐とした現場にいるものの、プライドくらいは持っていた。

 だが、今回見せ付けられた圧倒的な実力の差が、過去の自分が積み上げてきたものを破壊していった。

 夜風が体にしみる。

 それでも、秀平はこの場を動くことができなかった。

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