第12話 槍騎士の興奮

(スピードはこっちが上なのに……!)

 和也は攻めあぐねていた。

 攻撃が通らない。その焦りが、集中力を余計に削っていく。

 流れるような二刀の斬檄は、悉くガラハッドの楯に防がれてしまう。多角的に緩急をつけているにも関わらず、アイギスによってその表面を叩き、滑らせるだけだった。

(若いな……)

 対して、ガラハッドは至って冷静にゼロからの攻撃をいなしていた。

(素直な攻撃だ。教本には載せられないが、若者特有の直情さが窺える)

 両腕の楯アイギスで斬檄を受け止め、斜めに流す。時に弾き、時に引き寄せてからカウンターとして楯先端のスパイクを突き立てる。

(反射神経もいい。だが――)

 ×字に振り下ろされたテンションソードⅢを、アイギスが受け止め、弾く。

「がふっ――――!!」

 がら空きになった胸郭へと、まるで濁流に流された巨大な丸太の如き蹴りが迫り、和也を弾き飛ばした。

(鎧の隙間を狙うピンポイント攻撃。悪くはない。定石だが、それ故に読みやすい)

 五メートル以上吹っ飛ばされた和也を見ながら、ガラハッドはそう評した。

 首筋・腋の下・腰・目・腱。

 甲冑を身に着けている上での稼動部分を主として、一番防御力の薄いところを狙っているのはその太刀筋から容易に予測ができた。普段の和也ならば、そんな部位を考えず、攻めていたところだろう。

 だが、ガラハッドの武装が攻防一体の楯であるという認識が、『防御の隙間を縫わなければならない』という、ある程度戦い慣れているが故の先入観に繋がっていた。

 無論、ガラハッドの技量の高さあっての戦闘ではあったが、和也の攻撃スタンスが余計にガラハッドの有利に働いてしまっていることは事実である。

(ちくしょう……!)

 それに気付かないまま、和也は六メートルほど離れた場所で立ち上がった。

(かなり技量が高い。ならやっぱり……)

 ハイラントフォルムを思い浮かべ、しかしすぐにかぶりを振る。

(待て。冷静になれ。あれは切り札だ)

 さっきも銀のカードを取り出したものの、すぐに引っ込めたのだ。相手の出方がわからないまま後戻りできない切り札を使うのは良くないと判断したからだ。

(簡単に予想される最善手ベストじゃなくて、良好な手段ベターを死なない程度に模索しないと……)

 ハイラントフォルムは強力だ。あのパーシヴァル相手でも、一対一ではゼロが優位に立てるほどに。しかし、制限時間は六〇〇秒。それを過ぎればシステムのオーバーフローによって装着が強制解除される。そうなれば、後は嬲り殺しが待っている。特に、ガラハッドは『守り』に秀でている。十分を守りきられる可能性があるのなら、装着の強制解除というリスクを冒すわけにはいかない。

(なら……)

 和也は銀のカードを頭から追い払い、腰のツールボックスから赤いカードを取り出した。

『Schlag form open.』

 ベルトにカードを読ませると、青い装甲が赤へと変わる。純粋格闘能力を高めたシュラークフォルムだ。

 指先は猛獣の爪を思わせる鋭利な三角錐。拳はナックルガードに覆われ、爪先にはスパイクまで装備されている。和也の資質を最も反映しやすい形態であった。

 姿勢低く、たった二歩の踏み込みでガラハッドの懐へと飛び込む。

 右の拳を下から上に突き上げる。アイギスが受け止める。

 一歩下がり反転。右足を顔面に叩き込む。アイギスが受け止める。

 渾身の右ストレート。それも簡単に受け止められる。かなりの衝撃を与えられているはずなのに、ガラハッドが怯む様子は一切ない。

 右拳、左拳、左肘、下段蹴り、右肘、中段蹴り――――

 一撃一撃が、軽自動車に衝突されるくらいの威力がある打撃のはずだ。それをガラハッドは全て防ぎ、衝撃すらも殺している。一体どれだけの能力を持っているというのだろうか。

 ダメだ、攻撃力が足らない。

 和也の焦りは募るばかりであった。

 だからこそ、さっきまで使うまいと思っていたはずの銀色のカードを手にして、

『Zersterung form open.』

 ハイラントフォルムの中の一つにして、シュラークフォルムの強化版であるツェアシュテルングフォルムとなって、制限時間六〇〇秒の戦いに赴くのだった。



 ドガン、ドゴンと爆発が続き、河川敷は穴だらけになっていた。

 暗色の装甲を持つメサルティムは、すでに十発のロケット弾を放ち、円筒を捨てている。が、パーシヴァルは未だ健在だ。傷一つ負っていない。

「あら、もしかして早漏男が一人増えただけ?」

 パーシヴァルは見た目に反し、ずっと大介の出方を窺っていた。しかし、相変わらずRPGを構えるばかりで、一向に有効な攻撃を放っては来ない。

「ホント、期待はずれってこのことよね」

 パーシヴァルは短槍ミスティルテインを呼び出し、左手に握る。大介は新たに二基のRPG―27を構えている。

 発射は同時。しかし、槍の方が僅かに早い。

 大介はロケット弾発射と同時に前に跳び、投擲された槍をかわしながら土手を降りた。

 対するパーシヴァルは、新たに発射されたロケットを容易に回避する。

「あなたも口だけは大きいっていう、つまらない男なのかしら」

 失望を滲ませる女の声に、大介は不敵に笑う。

「どうやら、前菜は気に入らなかったようだな」

「ええ。前戯なんていいから、早く本番を始めてちょうだい」

「承知した」

 言うなり、大介はさっと右腕を振る。

 すると、右隣に三脚によって設置された円筒が現れた。長さは一.五メートルといったところか。さらに左手を振ると、左側にも同じものが現れた。そしてもう一度、左右の腕を大きく広げる。

 台座に設置された迫撃砲、それが、計六つ、大介の前方を除く周囲に出現していた。

 一斉砲撃。

「そんなに悠長には待ってあげられないわよ?」

 不適切な武装の使用にパーシヴァルは失笑する。

 だが、大介の表情に変わりはない。

 と、少し離れたところでその様子を見ていた秀平のHMDに警告が発せられる。メサルティムから送られてきたデータだ。内容は現在位置の地形と三人の光点。そして、赤く表示された半径八メートルの円×六。そして『CAUTION!』の文字。

 秀平は大介の意図を理解した。慌てて駆け出そうとして、パワーアシストの切れた自重に喘ぎ、仕方なく無様にも転がって距離を取ろうと努めた。

 六基の迫撃砲の射角は八九度五九分。ほぼ垂直での発射であったが、それも当然だ。ターゲットは三〇メートルも離れていないのだから。火薬の装填量も少ない。高度が一キロにも届いていないというのに、すでに砲弾は下降を開始している。

 砲身に対してやけに長い砲弾だった。口径は一〇〇ミリ近くあるが、砲弾の長さが一メートルほどある。

 砲弾が、高度一〇〇メートルを切ったところで、パーシヴァルは気付いた。

 砲弾の外周部が弾け、中から無数の何かが降ってくる。

(ベアリング弾――!?)

 CBU―90/BMX 集束鋼弾内蔵砲弾〝プラッツレーゲン〟

 簡単に言えば、小型クラスター砲弾と呼べるだろう。砲弾内に仕込まれた直径六ミリの高高度鋼が、二〇〇平方メートルの範囲に合計九六〇発撃ち込まれる。それが六発発射されたのだ。一〇〇〇平方メートル以上の地面に向かって時速四〇〇キロで突き刺さる五七六〇発の鋼弾。集中豪雨プラッツレーゲンの名に相応しい兵器である。

「ちぃっ」

 パーシヴァルは咄嗟に退路を探す。しかし、効果予測範囲からの脱出には最短でも二〇メートルの移動が必要だった。着弾まで数秒とない。間に合う保証はない。

 回避に専念し、パーシヴァルは上空監視をしながら駆け出した。上を見ているのは、どこかに攻撃の穴がないかを確認するためだ。いくら制圧攻撃をしかけようが、満遍なく規則的に弾を撒けるはずがない。さらにミスティルテインを両手に呼び出し、空中へと投擲する。少しでも弾を弾いて弾幕を薄くするためだ。

(間に合わない――!)

 効果範囲外にはギリギリ間に合いそうにない。ならばと、ミスティルテインを進行方向着弾位置に迫る鋼弾群へと投げた。

 一投で数十発を打ち落とすが、弾幕が多少薄くなった程度だ。

(薄いところなら、どうにか持ち堪えられるか?)

 鈍間な砲撃であると舐めてかかったことを後悔しながら、パーシヴァルは耐え切った後の報復攻撃をどうするべきかを思案していた。

 しかし――

 パーシヴァルの体勢が崩れた。

(しまっ――)

 踏み込むべき地面が抉られていた。バランスが崩れ、体がその場に倒れていく。

 その原因は、地面のあちこちにできている、ロケット弾によってできた穴だった。 

 人間は日常的に際どいバランスで動いている。それが激しい運動であれば尚更だ。人間が歩行しているのは前に倒れる運動の繰り返しである。その制御を失ったとき、人は転ぶのだ。ましてや、パーシヴァルは上空に注意を向けすぎた。転倒は必然と言える。

 その状況下でも、パーシヴァルは無様に倒れることはなかった。体をぐるりと前転させ、すぐさま体勢を取り戻す。

 しかし、その予定外の動きは予定していた退避機動を大きく妨げるものであり、

「ぐっ――」

 直後、四一発の鋼弾が女騎士に打ち付けられ、七発が甲冑を撃ち破り、体に突き刺さった。

 それだけでは終わらない。

 大介は新たな武装を呼び出す。二挺の大きな対物ライフルだ。

 バレットM82A1。左右の手に握られたライフルの銃口から、一二.七×九九ミリ弾が撃ち出され、鋼の豪雨に打たれたばかりの甲冑へ襲い掛かる。

「舐めるなっ!」

 パーシヴァルは瞬時に起き上がり、跳躍。弾丸を回避と同時に、左右の手に短槍ミスティルテインを呼び出す。

 投擲。

 メサルティムの高性能演算機が事態を警告。大介はそれに応じ、左右の対物ライフルの引き金を三度ずつ引く。

 発射された一二.七ミリ弾は、六発全てが槍の先端を捉え、迎撃に成功。勢いを失った槍は大介に届かずに地面に突き刺さった。

(ちっ、なんだアイツ…!)

 パーシヴァルは珍しく焦っていた。甲冑はボコボコに凹んでいる。肉体へのダメージも少なくない。足裏は血が溜まってびちゃびちゃになっている。予想以上の甲冑の強度に助けられたが、十全たる状況での戦いは続けられない。圧されているのだ。

 だが、同時に股間からは透明な液体も流れ、太腿を伝っていた。

(でも、そんなあなたは、逝くときに、どんな嬌声を、上げて、くれるのかしら)

 この状況をひっくり返したときの興奮を思い、パーシヴァルは臀部が疼くのを感じた。

「いっぱい出して…、くれちゃって、がっつくと…、女に、嫌われるわよ?」

「出し惜しみはしない主義だ」

 大介は女の軽口に応じた。

「それに、まだ出し切ってはいないぞ?」

 大介の口角が上がる。

 その手には、すでに二挺のM4カービンライフルが握られていた。

 パーシヴァルは二本の短槍を呼び出し、投げる。同時に爆発的な勢いで駆け出し、大介との距離を詰める。右手には、長槍レーヴァテインが握られていた。

 大介が体を反らして投擲された槍をかわした直後、迫る女騎士へ向けて五.五六ミリ弾が雨のように襲い掛かる。が、フルオート射撃のせいで二秒もしないうちに弾切れとなった。

 そこを狙ってパーシヴァルは一気に距離を詰める。

 それに合わせて、大介は新たな武器を呼び出した。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 炎熱槍レーヴァテインが大介の胸目掛けて突き出された。

 パーシヴァルはこれまでのメサルティムの武装が全て射撃武器であるという事実から、懐に飛び込むという選択をした。彼女の得意な距離であることもあり、その選択に迷いはなかった。

 しかし――

 大介は身を翻し、刺突を回避。さらに横に振るわれた槍を、呼び出した剣で受け止めた。

「ソードブレイカー!?」

 大介は『山』の字型の剣を左の逆手で握り、槍の柄に叩きつけるように受け止めていた。更に、右手には反りのない、一メートルくらいの直刀を出現させた。

 パーシヴァルは防御のためにレーヴァテインを引こうとするが、それよりも早く、大介は直刀を突き出した。パーシヴァルの首を突き刺す軌道で。

「っくぅ――!」

 パーシヴァルはどうにか首を振って回避しようとする。

 結果、首への直撃は避けられた。

「っがぁぁぁっ!!」

 しかし、代償として左肩に刃が深く突き刺さった。甲冑の隙間に入り込んだ刃は無遠慮に肩と首の間に侵入し、肉を裂いていく。

 大介はそのまま腕を切り落とそうかと考えたが、すでに引き戻しを終えた炎熱槍に気付き、パーシヴァルの胸を蹴り飛ばし、自身も後退。互いの距離を七メートルに開いた。

「どうした、終わりか?」

 大介はこれまでのパーシヴァルのように挑発した発言をする。対してパーシヴァルは大きく肩を上下させながら、熱く熱せられた感覚の、左肩を庇った。

 大介の手には直刀が消えていた。代わりに銃剣のついた二挺のアサルトライフルが握られている。

「……いったい、いくつ、持って、るんだか……」

「剣も銃も砲も、まだまだある」

 大介は膝をつくパーシヴァルを照準する。

「それ以上は、企業秘密だ。冥土の土産もやるつもりはない」

 パーシヴァルの左腕はだらりと力なく垂れている。押さえていないとそのまま引き千切れそうな印象すら受ける。

「辞世の句…、くらいは、聞いてくれるのかしら…?」

 未だ、パーシヴァルは笑っていた。追い詰められた状況下で、笑っていた。そして、びくびくと体を震わせていた。大介は、気が狂ったか、出血によって痙攣が起きたか、などと考えていたが、違う。

 パーシヴァルは押し寄せた快感に打ち震えていた。死に向かい合った瞬間の興奮に、下腹部が痙攣を起こしていたのだ。

「獲物を前に舌なめずりは、三流のすることだ」

 対して、大介はその実を知ることなく、また躊躇なくトリガーを引く。

 その瞬間――

 アオォォォォォォ~~~~~~~~~ン―――――――――

 突然の遠吠えに、大介は視線を左右へ向けた。同時にメサルティムのレーダーをアクティブに。周辺の警戒を始める。

 これが普通の犬ならば問題はない。さっさと手負いの騎士を撃ち抜いている。

 しかし、大介の直感は告げていた。これは、ただの犬ではない。

 アオォォォ~~

  アオォォ~~~~

   ワゥオォォ~~~~

 遠吠えは一つではない。一方向からでもない。

 レーダーを高密度に。

 音源特定。

 全周囲、距離一五〇~二二〇メートル。

 数、一三。

「まさか、お前のお仲間か?」

 あまりのタイミングの良さに、大介はパーシヴァルに訊ねたが、すでに騎士の姿はなく、血溜まりだけが痕跡を残していた。

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