第9話 蠱惑の刻
週明けの月曜日の夕方――
和也は再び校門前にいた。もういっそ誰かストーカーとして通報してもいいと思うのだが、周囲の人間は関わりたくないのか、視線は向けるが声を上げる者は誰もない。
校門をくぐる生徒たちの波。その中のひとりひとりを見ながら目的の少女を探していく。
と、その中に小坂魅凪を発見した。
第一声はどうした方が自然だろうか。そんなことを、今更ながらに考えてしまう。周囲の学生は「なんだこいつ」と言いたげな無数の視線を向けているが、それどころではない和也は気付いていない。怪訝なものに向けられている好奇の視線の中、和也はゆっくりと歩み出す。
だが、いざ声をかけようかというときに、魅凪は路肩に停めてあった黒いワンボックスカーに乗り込んでしまった。
(え?なにこの展開!?)
和也が突然の事態に狼狽していると、その隙にワンボックスは走り去ってしまった。
いくら和也でも、車に走って追いつけるほどの身体能力はない。ゼロを装着すれば可能だろうが、こんな人目のあるところで装着などできようはずもない。
(なんか、ヤバそうな気がする……)
周囲からすれば充分和也もヤバそうな行動を取り続けていたのだが、それは差し置いて、直感的に危機感を募らせた。
「足立……6、5…6……」
和也は車のナンバーを確認すると、人気のない裏路地へと駆けていった。
車内には、後部シートに座る魅凪の他に、三人の男がいた。
魅凪の両隣には、小太りの男が二人。ドライバーはノンフレームの眼鏡をかけた、線の細い丸刈りの男。いずれも二十代後半から三十代前半くらいに見える。皆同様にプリントTシャツにジーンズと、一切飾り気のない、無味簡素な服装だった。
「ねぇ、ミナちゃん」
隣に座る男が、どこか落ち着かない様子で声をかけた。
ここにいる三人は、つい先日ネットで知り合った、魅凪にとって初対面の男たちだ。ミナというのは、知り合ったサイトで使っているハンドルネームである。
「カレシとか、いないの?」
「…いない」
「へ、へぇ。じゃぁさ、これまで何人くらいと付き合ったことある?」
「……どうでもいいでしょ?」
魅凪の素っ気無い態度に、話しかけていた男は萎縮した。
しかし、反対側に座っている同じく小太りの男は、そんな魅凪の様子を見てニヤニヤ笑っている。
「いいなぁ、そういう強気なところ。すごく魅力的だよ」
「そう」
このデブが言うと気持ち悪い、と思いながら、魅凪は適当に返事をしていた。
すでに車に乗ってから三十分が経過しているが、ワンボックスは未だに都内を走行している。その間の会話はとても退屈で、何より空調が利いていないのか、車内の気温が高く、男たちの汗のにおいが鼻について不快だった。
それでも魅凪は表立っての文句は言わなかった。
『一人頭五万で』
そういう約束で、ここに乗っているのだから。
「あつ……」
さすがに耐え切れず、魅凪はブレザーを脱いだ。ネクタイは元々緩くしてあるのでそのままだ。汗をかいているせいで、ワイシャツもところどころが肌に張り付き、気持ち悪い。
萎縮していた小太りの男がゴクリと唾を飲み込んだ。その視線は、ワイシャツ越しに見える、淡い水色のラインをずっと辿っていた。
和也は大きな黒いバイクに跨り、第二京浜を南下していた。
MAZ-2A1。縦三メートル、横幅一メートル近くある、エンジン出力四九〇kWのモンスターマシンである。本来はゼロ装着状態での運用が前提なのだが、和也は生身で跨っている。全力を出すと危険なので(そもそも一般道でそんなもの必要ない)、かなり抑えて運転しているが。
(変なことになってんなよ…!)
和也はワンボックスに追いつくべく、右手のアクセルを握り直した。
ワンボックスは多摩川周辺を何度もぐるぐる回りながら、やっと停車した。そこは河川敷の中で、午後七時になろうかという時刻では、誰もいない。
「ホテルはもったいないから、ここでいいよね?」
そう言って、運転席の細面が一度車から降りて、スライドドアを開いた。その間に、二人の小太りによって後部シートが倒され、狭いながらも人が寝転がれる程度の広さが確保された。
小太り二人が魅凪への距離を大きく詰めた。魅凪は身構えたが、すでに遅い。
「ちゃんと、払ってくれるんでしょうね」
魅凪は顔を強張らせながら、睨むように男たちに問う。
「もちろんだよ。終わった後でね」
細面の男がそう言った後、魅凪は後ろ手にテープで縛られた。
「な、なによ!」
「そういうプレイだよ。怖い?」
「ミナちゃん、経験豊富そうだし、こういうのもあるんじゃないの?」
戸惑う魅凪にニヤけながら、小太りの一人がビデオカメラを取り出した。すでに録画が開始されているようだった。
「な、何撮って――」
「もちろん、ミナちゃんのコトを撮るに決まってるでしょ」
魅凪のワイシャツの襟元が掴まれ、一気に左右に開かれた。ボタンが引き千切れ、二つの膨らみを覆っている淡い水色のブラジャーが曝け出された。
犯される。
途端に恐怖がこみ上げた。
肉体関係を持つことで金を貰う。もう母親と同じように、自分も穢れてしまえばいい。これはビジネスだ。若い女の体が目当ての男に対し、金を対価に欲望を叶える。
需要と供給。ギブアンドテイク。持ちつ持たれつ。
そんな言葉で心を閉ざしてここまで来た。どうせ男なんて、体押し付けて下半身を刺激すれば満足するんだから、それまで適当に喘ぎ声でも出せばいい。
そう考えて、不快感を我慢していたというのに……。
(怖い……!)
男たちへの不快感は、すぐに恐怖へと転換された。
「ぁ、や……」
上手く声を発せない。何を口に出せばいいのかがわからない。それどころか男の口が魅凪の唇を覆い、塞いだ。舌が強引にねじ込まれる。噛み切ってやると勇むが、うねうねと絡みつく舌への抵抗が思うようにできなかった。そうしているうちに、スカートが捲り上げられる。
「ミナちゃん、いいカラダしてるね」
「腰周りのラインが超エロいよ」
男たちは笑いながら、一人がブラジャーに手を伸ばす。
「さぁ、脱いじゃおうね――――あれ?これどうやって…」
「ばぁか、フロントホックだよ。退いてろ童貞」
細面が小太りの代わりに胸の谷間に手を伸ばす。魅凪は振り払おうと体を揺らすが、小太りに肩を押さえられ、抵抗空しくホックが外された。
左右に分かれたカップから開放された乳房が揺れ、男たちが歓喜する。
「遊んでるかと思ったけど、綺麗な色してるじゃん。っていうか、すごい初々しい反応。もしかして、ハジメテ?」
ニヤけ顔の細面が双丘へと顔を近づけ、先端を口に含んだ。
「あ……」
舌で蕾をつつき、転がしていく。反対側の胸は、包み込むようにゆっくり揉まれる。
「や……っ………」
不快感ばかりが募る―――そう思っていたが、何か疼くような、ムズムズとした感覚が広がっていく。痺れているのか、それともこれが『感じる』ということなのか。魅凪にはわからなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ビデオを持った小太りは、ズボンのファスナーを下げようとしているがうまくいかず、奮闘している。
「お前焦りすぎィ~」
別の小太りが小莫迦にして指差し笑うが、ビデオを持っていない右手はすでに前後運動を始めていた。
「はぁ、はぁ、じょ、女子高生の、裸だ……、ぁぁ……」
ぐちゃぐちゃと不快な音を立てながら、魅凪の裸体を凝視している。
「おい、ショウ。お前は一番最後だからな」
細面は興奮で鼻息荒い小太りへ告げた。
「ああ……、綺麗だ……エロ……」
ビデオ小太りのショウは一心不乱に扱き続ける。
「ねぇ、トシさん。パ、パンツ……、中も見せてよ」
トシと呼ばれた細面はそのリクエストに邪な笑みを浮かべて応えた。
魅凪の水色ショーツのクロッチを、さっきまで左胸を揉んでいた右手の指先で撫でた。
「んんっ……」
指先でつつくように撫でると、じんわりとシミが広がっていった。
「まだまだだけど、ま、いいか」
トシは魅凪の腰に両手を添え、下着に手をかける。魅凪の顔が引き攣った。
「や、ダメっ。脱げちゃ……」
「大丈夫だよ。これ脱いだら一回イカせてあげるから」
そして、するすると水色の布地がずらされていった。
「さてさて、ご開帳~」
股関節のラインが顔を見せた。
「ああ、見えちゃうよ、いいの?見えちゃうよ。生……、見えりゅ……」
カメラ男の興奮は高潮へと近づき、右手がより忙しなく動く。
「お、おま――――」
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