第7話 隣県より弾を込めて

 ランスロットの視線を感じ、和也は体を強張らせた。

 忠嗣の死が衝撃的だったこともあるが、現実的な問題として、あの凶悪な騎士を二人同時に相手にしなければならないことに戦慄する。

 さらに、凶事は続く。

 ゼロの装甲が粒子化を始めたのだ。

(まずい……!)

 粒子化は緩やかだが、あと一分と装着を維持できない。システムのオーバーフローにより、装着が強制解除されれば、そこには常人をやや上回る程度の身体能力を持った十九歳しか残らない。元々共同実地試験は交戦不可能状態の対象に攻撃しても意味は薄い。しかし、目前の戦闘狂たちが律儀にそんなことを考えているとは思えない。

「あら、もしかしてもう不能になっちゃった?」

 ゼロの異常について察したパーシヴァルが変わらぬ淫猥な響きで語る。

 興奮状態のランスロットも足裏をジリジリと押し付けながら、一歩一歩向かってくる。

(万事休す、なんて莫迦なこと思いたくはないけど……)

 突破口はない。あと数十秒で二人の騎士に勝てるはずはない。機動力を活かして逃げ切れるかは賭けだ。安易に背は向けられない。間違いなくパーシヴァルの槍が飛んでくる。

(なんとかしないと、あと三、四〇秒程度で殺される……)

 半ば戦意の萎えた状態で、和也は如何に現状から脱するかを考え始めた。


 同じように、秀平も和也の危機に際して表情を強張らせていた。

(救援っていったって、誰も来ないじゃないか…!)

 竜胆寺との交信終了から既に二六〇秒が経過しているが、付近に接近するTelFはない。

 ケイトスには他のTelFよりも高性能な電子兵装が装備されている。索敵能力も群を抜いている。そのケイトスのレーダーで引っかからないということは、少なくとも半径一キロ以内に増援のTelFは存在していないということだ。

(まさか、俺にやれって言ってるんじゃないよな?)

 ケイトスの火力は比肩を許さないほどである。しかし、それも中・遠距離砲撃支援に限ってのことだ。敵対象との最適戦闘距離は四〇〇メートルから八〇〇メートルとされており、いざ懐に攻められた場合の想定はされていない。元々は米軍向けの射撃支援機を想定したモデルであったため、致し方ないことではある。

 通常は対象を近寄らせないほどの火力で押し切るのが理想だが、果たしてあの騎士たちに通じるかどうか。装甲の破壊荷重もわからないので、一番弾速のある一六.七ミリ狙撃ライフルが通じなかった場合(常識的にそれは考えにくいが)、運動性・機動性を鑑みて、まず間違いなくケイトスでは勝てない。

 はっきり言って、ケイトスは近接格闘戦において無能なのである。

 考えているうちにも、戦況は刻々と推移していく。

(くそっ、覚悟決めるしか――――ん?)

 HMDに警告メッセージ。二時方向距離四○○○より毎秒約四〇〇メートルで飛来する飛翔物を感知。画像解析―――一五五ミリ砲弾と確定。射線から判断して、曲射砲撃によるものと推定される。そこから、種類こそ不明だが榴弾であることは確実。推定発射点は一〇から一二キロ彼方。

(救援って、これか!?)

 確かに支援砲撃としては心強いかもしれないが、あまりに極端な方法だと非難したくなった。直撃でなければ即死はしないだろうが、あまりにリスクのある救援だ。いや、これを救援と呼んでいいかどうか。

 さらに詳細を得ようとセンサーの方角を絞り、アクティブレーダーを起動。

(―――っ!?第二射が!)

 空気による極微弱な振動感知。発射音と断定。第二、第三射まで確認。

(あの距離じゃ、平気で二、三〇メートルは着弾がずれるぞ)

 今できることをするしかないと、秀平はヘッドセットに向かって叫ぶ。

「松井君、逃げて!あと五秒で着弾する!」

 和也に警告し、そして身の安全の確保のために、秀平もビルの屋上から別のビルへ飛び移り、距離を取った。

 そして、榴弾の着弾により、騎士たちが地に足つけていたアスファルトやコンクリートが粉々に砕け散り、もうもうと煙を上げた。



 和也たちが激戦を繰り広げている地点から南南東に一一キロ進んだ川崎区京浜港で、海を背にしながら、メサルティムは戦車のような車両に手を添えていた。

 M109A6 パラディン。戦車ではなく、自走榴弾砲である。

『ナイスショット』

 気の抜けた竜胆寺の声に、メサルティム装着者の近藤大介はふっと息を吐く。

「オンしましたか?」

『ホールインワンだ。ギャラリーも騒然としてるよ』

 大介は安堵し、今度は大きく息を吐いた。暗色の装甲が、釣られて揺れる。

 まさか榴弾による援護射撃なんてやらされるとは、大介は思ってもみなかった。しかも、周囲の建物への被害を最小限に抑えるために、ピンポイントでの曲射砲撃を指定されたのだ。ライフル砲ではなく滑腔砲であるため、上空を通過する砲弾の命中精度はとても良好とはいえない。そのため、メサルティムには随時各高度の風速データが送信され、誤差になりうる要素を極力排除した上での砲撃が必要とされた。

 メサルティムには他に比べて高度な演算機が搭載されている。だからこその荒業だった。

『とりあえず、は終了だ。戻っておいで』

「了解」

 大介は装着を解き、一度港を振り返る。

「……いい風だ」

 さっきまではその風の計算に躍起になっていたのに、現金なことだと自嘲する。

 頬を撫でる、と称するには強すぎる風を受けながら、大介は京浜港を後にした。



 全て、咄嗟の判断だった。

 突然舞い込んだ「着弾する」という秀平の声に戸惑いながらも、すぐに状況を察した和也は、すぐに騎士たちに背を向けて駆け出した。

 無論、騎士たちは和也の背に凶刃を向けようとするが、同時に彼女たちも異変に気付いた。少なくとも、無視していい危険だとは思えず、パーシヴァルは和也とは別方向の、最も近い逃げ口へと駆けた。ランスロットは構わずに和也へ向かおうとしたが、パーシヴァルは文字通り首根っこを掴んで後退させた。

 着弾は轟音と爆発による衝撃によって知らされた。

 着弾と砲弾の爆発による破片により、アスファルトは捲れ、周辺の建造物はズタズタに傷を負わされた。

 しかも、一発だけでなく、二発、三発と着弾し、小さなクレーターが三つ出来上がった。

 そんな被害を全て確認しきる暇なく、和也はなるべく遠くへ逃げようと複雑な裏路地を駆け回った。

 装甲の粒子化はさらに進行し、爆発から二〇秒後、ゼロの装着が強制解除された。それに合わせて、和也は山手通りまで躍り出た。

 周囲では、ぞろぞろと建物から人が吐き出されている。皆口々に「さっきの何?」「爆弾?」「え?テロ?」「不発弾とか、そういうの?」と、先ほどの砲撃に反応していた。遠くではサイレンの音も聞こえている。

 早々に離れた方がいいと判断し、和也は野次馬が出来上がる前に、この場から脱した。

 命がいくつあっても足りない。

 改めて、和也は思い知った。そして、落ち着いたところで思い出した。

(あの娘も、さっきの爆発に驚いただろうな……)

 砲弾の連続着弾だ。その爆音はある程度距離を置いても届いているはずである。

(それに、SFTの強化人間パワードが彼女をマークしていたのも気になる……)

 あの危険な匂いしかないパーシヴァルと名乗った女。恐らく、あの女子高生に関わることでまた顔を合わせることになるはずだ。

(あの娘に何かあるのか?)

 疑問こそあれ、その回答はない。判断材料が少なすぎる。

 胸にもやもやしたものを感じながらも、和也は駅を目指して歩いていった。

 その矢先――

「……ん?」

 和也は青いポリバケツと建物の壁に挟まれている、小さな手帳を見つけた。発見できたのはただの偶然で、たまたま下を向かなければ気付かないくらい、死角になっていた。

 背表紙を下に、器用に挟まったものだと感心しながら、掬い上げる。

「え?」

 表紙を見て、思わず声が詰まる。

 紺のブレザーに赤いネクタイを着た、切れ長の眼が印象的な、茶色がかった小さなポニーテール。その姿が写真に収められていた。

「あの娘……?」

 間違いなく、それは和也が不良から助けた少女であった。

「生徒手帳……、か……」

――『立証大学付属高等学校一年二組 小坂魅凪』

 生徒手帳には、当然学校名と氏名が書かれている。その一行を、意味もなく何度も読み返す。

小坂こさか……魅凪みなぎ……」

 当然ながら、聞いたことのない名前だった。いくら記憶を探っても、該当する名前はない。そう、一週間前に初めて会ったはずなのだ。

(返さなきゃ、探してるよな)

 少女――小坂魅凪に会う口実を得られて心中歓喜していることに、和也自身は気付かずにいた。


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