第6話 王狩る騎士

 和也の振る三叉槍ブリューナクは、赤熱の刃を持つパーシヴァルのレーヴァテインに幾度も衝突し、火花を散らせては打ち続けた。

 サイドステップの後に体を低くして前方跳躍。振向き様にブリューナクの刺突が白い甲冑へと迫る。

「あら、せっかちね」

 パーシヴァルが後ろ手に振り上げたレーヴァテインの石突が、ブリューナクの矢先に衝突する。それだけではブリューナクの猛攻を止めることはできないが、一瞬の合間を設けることに成功していた。

「そんなに後ろから突くのが好きなの?」

 パーシヴァルの体がぐるりと回り、回転の勢いに乗って高熱の槍が真下から振り上げられた。

 和也は後方に避けず、敢えて前進。ドライツァックフォルム自慢の瞬発力を活かし、パーシヴァルの頭上を飛び越え、回避に成功した。

「なら、あたしも後ろの穴を頂いちゃうわ」

 着地寸前、パーシヴァルの左手に出現した短槍ミスティルテインが和也の臀部に向かって突き出された。

「やるかっ!」

 石突を地面に打ちつけ、和也は強引に着地点を変更し、短槍から逃れた。

 一度態勢を立て直すために、さらに後方へ跳躍し、パーシヴァルとの距離を取る。

「あら、もう休憩?お姉さん、まだヤリ足りないんだけど?」

 パーシヴァルの嘲弄じみた振る舞いを余所に、和也は内心で焦りを感じていた。

(思った以上に強い……)

 スペックでは圧倒している。それは事実だ。攻撃力でも防御力でも運動性でも機動力でも、負けているものはない。だが、ここまでの攻防は五分と五分。その差はなんだと考えたとき、浮かんだ理由は一つ。

(センス、ってことか?)

 戦闘に対する感覚、直感、対応力。そういった、人間の内面的な要素が働いているとしか思えない。

(それに、なんだか半年前よりも弱くなってる気がする……)

 システムからの影響が、半年前よりも激減しているのは和也も知っている。これまで数度、ハイラントフォルムとなったが、その度にシステムからの侵食率が目に見えて低下している。

 それが原因なのかはわからないが、半年前にヌアダを倒した時よりも動きにキレがないことは自覚できている。もう一度ヌアダと戦って勝てる自信すら、今はない。

(シラフになって、思い切りが悪くなってるってことか?)

 現に、出力自体に変動がないことは、竜胆寺の計測結果によって証明されている。メンタル面に問題があると考えるのが自然だろう。

(だけど、ここで死んでやる気なんてさらさらない!)

 胸中に疑念を抱きながらも、和也は戦意を以ってパーシヴァルと対峙する。

「さぁ、あたしをイかせてみせなさい、ボウヤ」

 余裕綽々の白い女騎士は、騎士とは程遠い猥談を匂わせる科白を吐きながら、槍を弄ぶ。

「満足できなかったら、殺しちゃうから」

 その凶悪な本質を晒しながら、喜悦に歪む顔を隠す騎士は宣告した。


「でぇぇぇぇいぃっ!!」

 忠嗣が振り下ろした大剣クラウソラス。その黄金の剣を、ランスロットは紙一重でかわし、瞬時に懐に入り込む。肩から当たりに行き、斜め前からヌアダの金と黒のボディを弾き飛ばした。さらにランスロットの追撃が迫る。

「ちぃっ」

 忠嗣はすぐさまクラウソラスを引き寄せ、再度上段へ。

 同時に、ランスロットは体勢を低くしたまま飛び掛った。

(これなら――!)

 僅かでも宙に浮いていれば、軌道は変えられない。忠嗣は黄金の剣を勢い良く振り下ろした。回避など、不可能なはずだ。高周波振動の刃によって、闇を纏う騎士は真っ二つに両断される―――はずだった。

「な……!?」

 黒の騎士は、両手を合わせてクラウソラスを挟み込み、受け止めていた。

(あの不安定な体勢から、白刃取りとかっておい――!)

 確かに振動刃は刃に触れなければ威力を発揮しない。高周波振動ハンマーという兵器もあるが、あれはもっと低周波を発振して破砕を行う。振動剣のしのぎ部分は数少ない無害な点であり、弱点とも言えた。だからといって、実際に白刃取りするような奴は、忠嗣も初めて見たわけだが。

(だけど……!)

 その技量は見事だが、パワーは断然ヌアダの方が上だ。現に忠嗣が力を目一杯込めていくと、ランスロットの体が小刻みに揺れ、膝が崩れそうになっている。一時はどうなることかと思ったが、このまま力押しでいけば、黒の騎士を両断する結果に変わりはなくなる。

(いける!)

 勝利を確信し、内心で歓声を上げた。

 そのとき、横一文字の甲冑のスリット。その赤と目が合った。

 ビクッと体が震えた。

 蛇に睨まれた蛙とはこんな心情なのだろうか。そう思ってしまった。

 関節に仕込まれたアクチュエータによるパワーアシスト機構によって、忠嗣はランスロット以上の力を発している。しかし、睨まれた瞬間に「殺される」と心底思ってしまった。

 その不安が隙となった。

 すっと力が抜けた――――ような気がした。

 前方につんのめりそうになる。ランスロットは剣の軌跡を歪めながら、ヌアダの力に逆らわずに自分に向けて刃を振り下ろさせたのだ。その勢いを利用し、ランスロットの膝が、振り下ろされるクラウソラスの鎬に激突する。

 クラウソラスは日本刀と同様、中心部分に軟質、外周部分に硬質な素材を使用している。だというのに、剣先から三分の一ほどの場所が大きく歪み、やがて破断した。

 剣の用途を満たせなくなりつつあるクラウソラス。だが、忠嗣は冷静だった。

「っでぁぁぁぁぁぁ――――――!!」

 クラウソラスを振りかぶり、鎬部分をランスロットへ衝突させた。

 まるで野球のバッティング。ランスロットは鎧を地面に擦りつけながらバウンドし、二十メートル先に立て掛けてある建材の山に突っ込んでいった。

 ガシャーン、ガラガラガラ―――

 鉄パイプや木材、足場用平板が崩れ、もくもくと土煙が上がる。

(これでやられた、なんて都合のいいことは――)

 ブワン――、と何かが忠嗣の横を通過した。正確には、忠嗣が反射的に体を反らし、さっきまで体があった部分を何かが通過していった。

(――ねえよなっ)

 後ろをちらりと見やる。そこには、コンクリートの壁に深々と突き刺さっている『ただの鉄パイプ』があった。

(おいおい、ちょっと待てよ……!)

 鉄パイプは土煙の中から次々と発射され、アスファルトに、コンクリートの壁に突き刺さっていく。パーシヴァルと同様か、それ以上の投擲が、忠嗣に襲い掛かっているのである。

 八本の投擲を終えたところで、煙の中からランスロットが駆け出した。その右手には足場構築用の太い鉄パイプが握られており、威圧感を伴って突進してくる。

 忠嗣は剣先三分の一が折れた黄金の剣を構えた。

 鉄パイプとクラウソラスが衝突する。

 だが、鉄パイプで振動剣を止められるはずはない。すっぱりと綺麗に鉄パイプが切断された。

 だが、刃はランスロットまで届かない。折られた分のリーチ不足が悔しい。

 ランスロットは斬られた鉄パイプを無視して畳みかける。長さが六〇センチ程度になった鉄パイプで高速の刺突を繰り出した。

 神速の突き。

 しかし、ヌアダには関係ない。ヌアダの装甲は応力拡散用カーボンポリマーラミネート装甲であり、圧力が加わると装甲全体で分圧し、小さな応力がかけられたのと同じことにする。一点にかかる力を全体に拡散することで、結果的に防御力を高めているのである。

 つまり、ランスロットの攻撃を無理に避ける必要はない。相手の迫力に圧されて忠嗣も焦ったが、その事実を再認識し、再び冷静さを呼び戻すことができた。

(装甲は抜けない。だったら、こっちの反撃に傾注させてもらう!)

 ランスロットの鉄パイプを無視し、忠嗣は折れたクラウソラスを返す刀で振るうために力を込めた。

 突きを無視して剣を真横に振る。

「っぐぅぅぅ――」

 鉄パイプが胸に衝突した。抜かれてはいないが、息が詰まりそうになるほどの衝撃だけは伝わってきた。

(どんだけ重いんだよ!)

 だが、クラウソラスはすでに甲冑の三〇センチ手前の位置にまで迫っている。回避は不可能だ。振り抜かれた黄金の剣は、間違いなく騎士の首を跳ね飛ばす軌跡を描いている。

 はずだった。

「なっ――」

 漆黒の刃が、黄金の剣を受け止めていた。虚空から現れ、ランスロットの手に握られているのは両刃の剣で、クラウソラスよりも幅の狭い長剣だ。刀身には不可解な文字が刻まれており、不気味さと共に神聖さを感じさせる造りであった。

 忠嗣の驚愕は、剣の出現によるものではない。

 漆黒の剣が、クラウソラス――高周波振動剣を受け止めているという事実だった。

(SFTも、振動剣を――⁉)

 振動剣を受け止めた以上、漆黒の剣はそれに準じるものであると考えるのが妥当だ。

 只管に人体の強化方法や薬物の研究を繰り返してきたSFT社が、ここまで機械的な研究に先進していることに驚きを隠せない。そこはMESやKDIの領分だ。TelFと似たようなコンセプトを垣間見ることのできる騎士たちは、恐らく半年前のジャンパー入手による実機研究の賜物であろうが、これではまるでTelF同士の衝突を見ているようだった。

『うぅぅぅぅぅぅ―――』

 ランスロットは唸りながら、感情を露わにして顔を近づけた。

「っがぁっ!」

 否。それは、頭突きだった。直接のダメージは皆無だが、大きくバランスが崩された。

 逆袈裟に迫る漆黒の剣。しかし、忠嗣にはそれに対処できる余裕はない。

 ザバシュ―――

 忠嗣の右腕が、肩から切断され、宙を舞う。

「ぐっあ――」

 悲鳴を上げようとするが、すでに二の太刀によって振り下ろされた剣により、左腕が切り落とされた。

「ああああああああああ――――」

 そして、本来強固過ぎるはずの胸部装甲に、

「ば、あ、ぁぁぁぁ ――――」

 漆黒の刃は吸い込まれるように刀身を埋めていき、ヌアダの背部装甲を貫通して、串刺しを作り上げた。

 だが、幸か不幸か、心臓は貫かれておらず、横隔膜と胃が寸断された状態であった。背骨が脊髄ごと貫かれているため、下半身の自由は全く利かない。立っているのも、ランスロットと漆黒の剣に支えられているためだった。

 忠嗣には、まだ意識がある。この状況を理解しようとしているが、した瞬間にはあまりの惨状にショック死するのではないか。そう思わせるほどの光景であった。

『ぬ、ぅぅぅぅ―――――!!』

 ランスロットは更に力を込める。胸部に刺さった剣を、そのまま真下に引いていく。

 背骨を巻き込みながら、大腸と小腸が裂かれていく。ボロボロと肉を零しながら、剣は下へ下へと向かう。途上にあるものを全て裂きながら、遂に臀部でんぶを通過し、剣は自由を得た。

 忠嗣の体がぐらりと揺れ、後方へと倒れた。

 体はまだびくびくと痙攣し、蛙の解剖を思い起こさせた。

 ランスロットは歩み、はみ出した腸を踏みつけ千切りながら、漆黒の剣を振り上げた。

 忠嗣は、その光景を見ていることしかできない。もう、それに何の意味があるのかすらも考えられないまま、無情にも剣は振り下ろされた。

 アスファルトごと、忠嗣の頭部は胸部と共に裂かれ、左右に二分された骸が出来上がった。

 ヌアダの装甲が粒子化を始めた。それは忠嗣が死んだことでバイタルロストと判断されたのか、もしくは特有の時間切れなのか。

 どちらにしても、その詮索に意味はない。

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――!!!!!』

 ランスロットの咆哮が、天を突く。

 そして、赤いスリットが、ヌアダと同じく銀の腕を持ち、三叉槍でパーシヴァルと戦っているTelF――ゼロへと向けられた。


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