第5話 共闘
パシュン――
永山忠嗣は頭上を掠めた一六.七ミリ弾に肝を冷やしながら、四階建てアパートの陰に隠れた。肩で息をしながら、後ろを振り返―――ろうとして、危険を察知してやめた。
数百メートル離れた場所から
しかし、忠嗣が攻勢に出るにはケイトスの位置を見極めてからでなければならない。戦闘状態にもよるが、平均して三〇〇秒後にはヌアダの装着が解除されてしまう。手持ちのカードは四枚。もう一枚も無駄にはできない。
さっきからすでに八回の狙撃を受けているが、弾痕から判断して、方角は大方見当が付いている。曲がり角を曲がってから再射撃までの時間から判断して、数キロまでは離れていない。遠くても五百メートル、近ければ二百メートルを切っているはずだ。
このまま鬼ごっこを続けるつもりはない。
忠嗣はスマートフォンの画面を操作し、周辺の地図を表示させた。目指すは地下鉄五反田駅だ。建物という物理的な壁が楯になるだけでなく、地下に潜ることで狙撃手の視界から逃れ、尚且つ地下を走る電車では狙撃手がターゲットを追うことができない。あの目立ったTelFで地下鉄に入ったら周囲に人の目があるし、そもそも装着者である秀平はヌアダとの直接戦闘を恐れ、直線で視界の確保が難しく、待ち伏せて遭遇してしまうリスクを冒してまで追ってくるとは思えない。
忠嗣は今ヌアダを装着してはケイトスの逃走によりカードの浪費を懸念し、生身のまま逃げている。カードの無駄遣いをしては、MESの思うツボだ。カードがなければ、ケイトスはすぐに距離を詰めて殺しに来ることは目に見えている。
だから、忠嗣は逃げているのである。
(もう少しだ)
狙撃に対して直角方向に逃げて遮蔽物の陰に隠れれば、比較的逃げやすい。射線上に体を晒さないよう意識しながら、忠嗣は品川区内を北上していった。
パーシヴァルの手に、虚空から新たな槍が現れた。ただし、その長さは一メートルほどで、太さもレーヴァテインの七割程度しかない。
「さぁ、いくわよ」
「――――っ!」
和也は咄嗟に横に跳んだ。
さっきまで自分がいたところを槍が掠め、アスファルトに突き刺さっていた。
(ノーモーションで投げてきやがった……)
額から汗を滴らせ、和也は戦慄した。
「ミスティルテインよ、すごいでしょ」
パーシヴァルは嘲弄するように言った。
「対象が何であれ、ミスティルテインは『必ず』突き刺さる。理論上は戦車の装甲だって貫けるのよ」
正確には、戦車の正面装甲を貫通するほどの力はないのだが、突き刺さるだけなら可能だった。上面装甲からなら貫通できる、という表現が正しい。
しかし、和也にとって、パーシヴァルの言葉にはあまり意味がない。和也が恐れているのは貫通力ではなく、予備動作なしで、それこそナイフでも投げる要領で高速の投擲を行うことこそ脅威だった。
「さぁ、ダンスでもいかが?」
パーシヴァルは長槍レーヴァテインを虚空へ還し、両手に短槍ミスティルテインを召喚する。左右の手に握られた槍はだらりと下げられるが、決して無防備ではない。
和也は改めてブリューナクを握り直す。特異な形状の三叉槍を斜めに構え、飛来するであろう槍の投擲に備える。
「独りきりの、ワルツをね」
瞬間、和也は槍を一閃。同時に二本の槍が弾かれ、一本はアスファルトに、もう一本はコンクリートの壁に突き刺さった。
それに構わず、パーシヴァルは第三射、第四射を
腕が伸びきった状態で、和也の眼前にパーシヴァルから放たれた二本の槍が迫る。とても槍を引き戻す余裕などない。
「―――ちっ!」
そのとき、ブリューナクの刃が飛んだ。中央の一刀を残して槍本体から分離した四つの刃が宙を舞い、二本の槍を打ち落とした。そして、それから二本の刃がパーシヴァルへ飛来する。
「フフン♪」
パーシヴァルは新たに呼び出したミスティルテインを両手に握り、円舞の如きステップでの回避と槍の薙ぎによって、飛行するブリューナクの刃を打ち払った。
刃がブリューナクの柄へと戻り、再び返しのついた三叉槍となる。
「やってくれるじゃない」
よく見ると、パーシヴァルの鎧には幾筋かの切り傷が刻まれていた。どうやら全ての飛行刃を捌ききれなかったらしい。
基本スペックは、ゼロの方が上であろう。ドライツァックフォルムは瞬発力と空間把握能力に優れているからこそ、高速で飛来する槍を捌き、ブリューナクの刃を縦横無尽に操ることができる。守勢で槍の投擲を捌くことは骨が折れるが不可能ではない。攻勢に出れば、パーシヴァルを押し切れるはずだ。
だが、この飛翔する刃の存在は、どうしても半年前の忌まわしい出来事を思い出してしまう。
(榛名……!)
最愛の女性であった小島榛名、彼女が装着していたTelF、通称ジャンパーの武装もまた、空中を自在に舞う鋭い刃だった。
(俺は……)
当時の暗い感情が沸々と湧き上がりそうになる。しかし、今はそれに呑まれるわけにはいかない。
――『生きなきゃ、ダメ』
半年前のヌアダとの戦闘中に、
「いくぞ……!」
和也はジリっと足を引き、腰を落とす。一気に懐に跳び込み、勝負をかけるつもりだ。
建物の間を抜ける風の音を、鋭敏になった感覚が捉える。パーシヴァルは和也の様子から仕掛けてくる気配を察し、両手に握るミスティルテインを虚空へ還して、二メートルの槍――レーヴァテインを呼び出す。
これまでのお喋りはどこへ行ったのか、パーシヴァルは黙り込んだ。
ピリピリとした緊張感が、二人の決死を言外に物語っているようだった。
「――っ!?」
そんなとき、和也は後ろから足を擦る音を聞き取った。
(仲間か――?)
完全に一対一と思い込んでいた状況からの増援。ヌアダのカードで強化されたゼロならば、パーシヴァル相手にどうにか勝てる目があるはずだった。しかし、それが二対一という状況になると、話は変わってくる。もしパーシヴァルに準じる強さの敵――例えば以前映像で見せられたSFTの騎士が出てきたならば、勝率は一気に下落する。
不安と共に、バっと振り向く。
「え?」
しかし、和也の後ろにいた人物は、予想していた者ではなかった。
「な!?」
その人物は、和也同様驚きの声を上げた。
そこには、ビルの合間から躍り出たばかりの永山忠嗣の姿があった。
(この先は、多分射線に入る……)
永山忠嗣は五十メートル近く続く直線を駆けていた。顔のすぐ横を弾丸がかすり、一筋の赤い線が頬にできる。
(そこに駆け込んですぐ横に……!)
そう思って、少し開けた場所へ飛び込んだ。
「な!?」
思わず忠嗣は声を上げた。なぜならば、彼の目には甲冑を着た騎士と、半年前に自分を倒したTelF――ゼロがいたからだ。
一瞬先回りされたと思ったが、そうではないことに、この場の空気から気付いた。あの甲冑とゼロは戦っていて、そこに自分が飛び込んだにすぎないと、理解した。
そして、甲冑の騎士がニヤリと笑った―――気がした。
素顔は隠れていて見えないはずなのに、忠嗣は直感した。同時に、生命の危機も感じ取った。一歩でも動けば殺される、と。
それからの行動は早かった。
忠嗣はすぐさまカードを取り出し、リストバンドの演算機に読み込ませ、銀の腕と、金と黒のボディのTelF―――ヌアダを装着した。
右手には、黄金の剣クラウソラスが握られ、無遠慮な殺気を放つ騎士を睨む。
そして、それは同時に起こった。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――!!!!!』
言語に表し難い、獰猛で狂気な咆哮が、人気のないビル街に響き渡った。
忠嗣はビクリと跳ね上がりそうになり、どうにか冷や汗をかくだけに留めた。和也もそれは同じなのか、ジリっと足が後退した。
忠嗣は右を見て、ゆっくりと視線を上げた。八階建てのビルの屋上、その
後光のように闇を背負う、全身鎧。
奥に目が隠されているはずの赤いスリットからは、自ずと殺意が伝わっているような気がしてならなかった。
和也は闖入者である忠嗣にも驚いたが、その驚きも闇を纏う騎士の存在にかき消された。
「あらあら、嗅ぎつけたのね」
パーシヴァルは訳知り顔を想起させる声音で呟く。
「ランスロットちゃん♪」
ランスロット―――それがあの黒い騎士の名前なのか。
映像で見せられた、第三世代TelFを易々と討った甲冑を闇と纏う騎士。暗い紺色の甲冑は騎士の全身を覆っているが、殺気は一切隠すことなく放たれている。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――――!!!!!』
咆哮と共に、闇の騎士は跳び上がり、三十メートル近い高さから急降下。直立状態で着地に成功する。威圧の赤い視線を和也に、そして忠嗣に向けた。
『…ム、イー……』
くぐもった、唸るような声。甲冑から漏れる音声からは、中の人間の詳細を推察することはできない。
『テ…フ……』
ただ、それが憎悪によるどす黒い感情であることだけは、容易に窺い知ることができる。それほどまでに、黒い騎士は感情を露わにしていた。
『エムイーエス……!!』
そこにあるのは狂戦士と形容すべき異彩を放つ手練れであり、
『テルフゥゥゥッ―――!!!!』
その腹の底から搾り出された怨嗟は、はっきりと和也と忠嗣に向けられたものであると確信した。
黒い騎士は駆け出した。ガシャガシャと鎧を鳴らしながら、豪快に足を踏み出し、地面を蹴り上げる。
「ねぇ、松井君、だっけ?」
「え?」
突然の忠嗣の問いかけに、和也は動揺した。
「三つ巴ってのも辛い。ここは休戦ってことでいいよな」
「…………わかった」
和也にとって、忠嗣は榛名の死の原因である里平の仲間であり、いい印象はない。永山忠嗣抹殺命令も周知され、見つけ次第始末しろと言われている。
しかし、忠嗣個人に対して、少なくとも今は、殺してやる、と思うほどの感情は抱いていない。幾分かある負の感情よりも、今は目の前にいる二人の騎士をどうにかする方が先決だという感情が勝っているために、躊躇いながらも同意したのだった。
ランスロットは忠嗣に向かっている。
よって、和也はパーシヴァルに向かって駆け出した。
状況の推移を確認するために、緑の装甲を纏う石田秀平は廃ビルの屋上で眼下の戦闘を見下ろしていた。忠嗣が射線から消えたことで次のスナイピングポジションを確保しようとしたのだが、まさかSFT-BANKの新型
「どうしますか?」
『記録を続けろ』
指示を仰ぐために竜胆寺に連絡しているのだが、返答は『傍観』だった。
「援護とか、しなくていいんですか?」
『自殺がしたいなら止めはしないが?』
暗に戦闘に参加すればお前は瞬殺だと言われたので、秀平は肩を落とした。
秀平の装着するケイトスは小口径榴弾砲二門とマイクロミサイルポッドを装備している。さらに大口径狙撃銃メデューサを保持しているのだが、どれも支援向きであり、あの騎士たち相手に近接格闘戦が行える仕様ではない。
「わかりました。でも、松井君は『あのカード』を使っています。数百秒後には丸腰になっちゃいますよ」
『問題ない。救援はあと二分で配置完了する。お前は『記録』を続けていればいい』
「……了解」
秀平は納得いかないまま、通信を終了した。
自身が装着しているケイトスの特性については充分理解している。半年前の船上での戦闘でも、ケイトスには敵と相対しての戦闘は不向きであることが名実共に証明されている。
もし当初の予定通りヌアダを攻撃した場合、その銃撃・砲撃が致命傷にならずとも、黒い騎士にヌアダは敗れるであろう。だが、そうなるとパワーバランスが崩れ、ゼロが二対一になるか、一体がケイトスに向かってくる。どちらにしろこの場のTelFは全滅する。騎士を狙って攻撃しても、ここは安全地帯ではない。状況は一時的に好転するだろうが、そこにケイトスの撃破という結果が付随する可能性は高い。
つまり、自身の身を守りつつ最悪の状況を回避するには、ここで傍観しているしかない。
(でも、これじゃ……)
――ただの役立たずじゃないか。
そんな言葉が脳裏に過ぎり、秀平は
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