第4話 槍の騎士

「おはようございます」

「おはようございまぁ~す」

 和也は江東区にあるMESビル正門ゲートの守衛である本宮への挨拶を経て、ビルへと入っていった。セキュリティ強化のために最近になって警備員を置くようになったのだが、もし本当に有事が起きた際には無駄に終わるのだろう、などと和也は思っていた。

 今日は軍需部開発部門第一開発室筆頭主査である竜胆寺から周知があるということで、朝一番で会議が予定されている。

 会議室に辿り着くと、すでに数名の人間が座っていた。

 適当に挨拶だけ交わし、和也は席に着く。

「やあ、集まっているな」

 竜胆寺が入室したのは、それから五分後のことであった。

「今日はいいニュースと悪いニュース、それからどうでもいいニュースがある」

 そんなわけのわからない前置きをしてから、竜胆寺は続ける。

「まずはどうでもいいニュースからだ。新しい装着者が二名、本日付けで加わることとなった。――――入ってこい」

 どうでもよくはないだろう、と和也はツッコミを心の中で入れる。竜胆寺に呼応して、一人の青年が入室した。

「近藤大介だ。KNDの3号機試験装着者として、先日から活動している。よろしくしてやってくれ」

「どうも、よろしく」

 竜胆寺による最低限の紹介と、紹介された本人――近藤大介の不遜な挨拶。それだけで、この話題はお開きとなった。

 そこでふと、和也は首を傾げる。さっき竜胆寺は二人、と言っていたが、一人しか紹介されていない。その疑問は他の人間も同じようで、皆一様に怪訝な表情を作っていた。

「で、次は悪いニュースだ」

 そんなことなどお構いなしに、竜胆寺は話を続けた。大介も適当な席に座る。

「先日の午後、共同実地試験でSFTが新型の強化人間パワードを投入してきた。これから記録映像を見せるから、命が惜しければ刮目しておけ。この強化人間パワード、ウチの最新機種を三十秒足らずで始末しているからな」

 会議室内が騒然とする。先ほどの疑問など忘れ去り、皆眉根を寄せ、怪訝な顔つきとなる。室内が暗くなり、プロジェクターが起動する。映像は、黒い騎士がTelFに駆け寄り、押し倒し、腕を捥ぎ取り、剣を突き立てる――その光景が淡々と流されていた。

 和也は鳥肌の立っている肌をさすりながら、映像を見ていた。

 基本的な運動能力は従来の強化人間パワードよりも上がっている。足運びや直前での踏み込み、流れるような動きから、武道の心得があるようにも見受けられる動きだった。別段超高速と呼ぶほどの機動を見せたわけではないが、力押しでない分、底が知れない恐ろしさを感じる。

 周囲でひそひそと品評が行われているが、映像はTelFの頭部に騎士が呼び出した剣が突き立てられたところで終了した。

「これだけでは敵スペックがまるでわからない」

 竜胆寺は照明が付いたと同時に解説を始めた。

「だが、少なくともこちらのTelF同様、情報の物質化にも成功している」

 虚空から現れた黒い剣。あれがそうなのだろう。半年前にSFT社へと渡ったTelF〝ジャンパー〟のデータが後押ししている可能性が高い。

 他にもいくつかの説明を続ける竜胆寺は、五分程度話したところで、

「さて、話は以上だ」

 そう言って、退室しようとした。

「あの、いいニュースっていうのは……?」

 会議に出席していた秀平が声を上げた。竜胆寺は「ああ、そういえばそうだった」と踵を返――すことなく、首だけ振り向けて告げた。

「今日来るはずだった一人な、さっき映像でグチャグチャになったやつだから」

 その言葉に、室内が騒然となった。どこがいいニュースなんだ、と和也が呟くと、それを聞いてか聞かずか、竜胆寺はニヤリと笑った。

「余計な名前を覚える必要がなくなっただろう?脳細胞の無駄遣いせずに済んだな」

 そう言い放ち、竜胆寺は消えた。

 そこで初めて、和也は黒い騎士と戦っているTelFとその装着者についての情報が伝えられていないことに気付いた。



 一週間後――。

 和也は大崎駅を降りて、駅周辺を散策していた。この一週間で、六回目のことである。

 理由は単純で、一人の少女のことが気になったからである。

(なんか引っかかるんだよな……)

 名前も知らない、見ず知らずであるはずの女子高校生。以前少年たちに囲まれていた少女。彼女の傲慢な態度に面食らったあの時は特に気にしていなかったが、どうも初対面でない気がするのだ。どこかで見たか、もしくは会ったことがあるのか。少女は和也を知らないようなので後者は有り得ないだろうが、どこかで見たことのある、記憶の片隅にある姿と重なったのだった。

 なので、和也はこうしてほぼ毎日、少女と会った界隈を中心にして、彼女を捜索していた。世間では、こういった行為をストーキングと呼ぶのだが、和也の思考はそこに至っていない。それを幸運と思うべきか、危機意識の低さを嘆くべきかはわからないが、見た目しかわからない少女を捜す和也はかれこれ一時間以上もふらふらと歩き続けていた。

(誰かと勘違いしてるとか、面影があるとか、似てるだけかもしれないけど……)

 あれこれ思いながら、裏路地を歩いていく。また誰かに絡まれているのではないか。そんな不安が鎌首を擡げる。

 時刻は午後三時半を回っていた。付近に高校生の姿がちらほらと見え始めている。

「あれ?」

 その制服に見覚えがあった。紺のブレザーと赤いチェックのスカートは、あの少女の格好と一致する。

 学生の流れを逆流し、和也は歩き始めた。

 立証大学付属高等学校。少し歩いた先で見つけた学校の校門には、そう書かれていた。

 校門から絶え間なく穿き出されていく学生たち。その中に、捜し求めている少女を発見した。

 しかし、そこでふと思う。

(俺は、会ってどうしようっていうんだ?)

 彼女のことが気になるのは、紛れもない事実だ。しかし、お互い他人同士であり、一度だけ顔を合わせ、軽く会話した程度の仲だ。

 彼女の素行が気になるのは事実だが、和也が咎めるべきことでもない気がする。仲良くなりたいのか、というナンパ精神によるものかと言われても、しっくり来ない。

 結局、建物の陰に隠れ、ただ少女を目で追うしかできなかった。自分が何をしたくて、どうして彼女が気にかかるのか。それすらもわからず、足が動かなかった。

「帰るか」

 自分に言い聞かせ、和也は踵を返す。もう、彼女を追うのはやめよう。きっと、昔見た誰かと彼女が似ていて、必要以上に記憶に残っていたせいに違いない。

「―――ん?」

 そこで、気付く。

 和也とは別の建物の陰から覗く、黒服に。

 サングラスをしているが、顔の動きから、何かを目で追っているように見える。そして、その視線は間違いなく、例の少女を追っていた。

 あからさまに怪しい。和也は不審な黒服(充分和也だって怪しいのだが)へと近づいていった。

 黒服は未だに少女へと視線を固定し、進行方向に合わせて視線を向けていた。

(間違いない)

 少女をじっと目で追っていることは明白だった。

 和也は黒服の真後ろまで近づく。身長は一七〇センチくらいの、栗色の髪の毛を持つ、ボディラインからして女だ。てっきり男だと思っていたから拍子抜けしたが、再び気を引き締める。

 和也の中では、「はぁはぁ、女子高生たまらん…!」と鼻息荒いおっさんが少女に襲いかかるなどという想像をしていたのだが、

 「お姉さんが、あなたの知らないセカイを見せてあげる♪」という別方向へシフトしていた。

 そんな若さ溢れる妄想を堪能した上で「許せん!」と奮起した和也は黒服の肩に掴みかかった。

 のだが、

「――へ?」

 黒服の姿は瞬間移動したように消え、横から「ピュ~ィ」という口笛が聞こえた。

 そこは、通りから脇道へ逸れる、人気の少ない場所だった。三メートルほど離れたところで、黒服は挑発するように指を曲げて手招きしている。

 只者じゃない。和也は直感し、黒服と相対する。

「ただのストーカーじゃないな」

 和也が告げると、黒服はクスリと笑う。

「あら、どっちかっていうと、あなたの方じゃない?」

 サングラスが外された。妙齢の美女が、口角を上げ、笑みを作る。

「一週間も、あの娘のことを嗅ぎ回って」

「――っ!?」

 驚きが表情に出てしまう。事の後ろめたさもあるが、一番驚いたのは、和也自身の動向も、目の前の女が掴んでいるという事実だった。

「場所を移しましょう」

 女は脇道に向かって駆け出し、路地へと消えていく。和也も慌てて女を追う。

 異常な身体能力だと思う。単純な移動速度もそうだが、さっき和也が肩を掴もうとした際の対応が、只者ではないことを物語っている。和也の気配を読み、超人的な運動能力で対処する。まるで――

 そこまで考えて、和也は足を止めた。

 五メートルの間隔をあけて、妙齢の黒服女が立ち止まっていたからだ。人気のない、夕暮れだからこそ余計に薄暗い一角だ。割れたガラスが飛び散り、周囲の壁は薄汚れ、まるでスラム街にでもいるように錯覚する。どこかが建築中なのか解体中かはわからないが、建築資材がちらほらと目に入る。

「改めて、はじめまして、松井和也」

「――俺を……知っている?」

 女は栗色のショートカットを揺らし、妖艶に微笑んだ。

「ええ、業界では、あなたかなりの有名人よ?」

 女は腕を組み、豊かな丸みを強調するように挟み込む。ボタンが弾けるんじゃないかと思うほどのボリュームだった。

強化人間パワード、だな」

「ご名答♪」

 女は指で唇を撫でながら答えた。改めて、和也は身構える。

 強化人間パワードは当初、一定以上の強化を受けると副作用で言語を発することができなかったが、ここ数ヶ月の間に出てきた上位の強化人間パワードは、皆人語を発していると聞いていた。

「でも、別にあなたと戦いにきたわけじゃないのよ?」

「あの女の子に、何の用がある?」

「教えてあ~げない♪」

「……!!」

「そんなに怒らないで。お姉さん怖ぁい。ゾクゾクしちゃう」

 からかっているのか、女の声音は淫靡に弾んでいる。

「あの娘から手を引いてくれたら、あなたには何にも危害を加えないわ」

「ふざけるな」

「手を引くって言ってくれたら、わたしのカラダ、好きにしていいからさ♪」

「ふざけるな、って言ってるだろ」

 段々と語気を強める和也に、女は身震いし、恍惚の表情を浮かべる。

「いいわね、そういうの。あとで舐め舐めしてあげるわ」

 女が上着を脱ぎ捨てた。

 同時に、和也はベルトを取り出し、カードを握る。

「オープンアウト!」

「ターンアップ!」

 女の着衣が弾け、凹凸のはっきりした裸体が晒される。その上から、無骨な白い鎧が全身を包み上げ、装着されていく。細かなパーツに分かれている鎧は、豊満な肉体をその内に隠し、指先までも丁寧に包む。最後に妖艶な表情をヘルムが隠した。目の部分にはY字スリットが入り、赤いバイザーに覆われており、和也を威圧するようにキラリと光る。

 対して、和也は体を紫色の装甲に包まれる。鋭角的な肩部装甲に、白いラインの入った胸部装甲。左腰部には十センチ四方のツールボックスがあり、頭部にはゴーグル型HMDと、側頭部から伸びるヘッドギアユニットが装着される。最後に、左右非対称、大きな矢印のような返しがついている二メートルの槍が現れる。

 和也はくすんだ黄色い柄をぐるりと回し、槍を構えた。

 MAZ―0〝ゼロ〟。その瞬発力と空間把握能力を向上させた『ランツェフォルム』である。

「あら、奇遇ね」

 くぐもった女の声が、喜色を混ぜて発せられた。

 鎧が手を掲げると、虚空から何か長いものが実体化した。

 それは、長さ二メートルにも及ぶ、長大な槍だ。

「TelFの真似事か」

 和也は女の鎧と槍の出現を見て、感想を含めて告げた。

「ま、似たような技術を使ってはいるわね」

 声音を変えることなく、淫靡な雰囲気を放つ語調で女は囁く。

「それじゃ、まずは自己紹介といきましょうか」

 槍を背中に隠すように、女が構えた。

「SFT-BANK、装甲化強化人間メタリックパワード、《無双騎士ジェノサイダーズ》試作三号体、コードネーム『パーシヴァル』よ。よろしくね、ボウヤ」

「メタリックパワード……、ジェノサイダーズ……」

 新しく耳にした固有名詞を呟きながら、和也は思考を巡らせる。

 以前竜胆寺に見せられたTelF惨殺映像、その中に見た鎧の騎士と眼前の鎧――パーシヴァルは似ているが、鎧の形状と色が異なる。確実に別人のはずだ。

「さて、いきましょうか、レーヴァテイン」

 槍に呼びかけるように、ギュッと柄を握る。すると、槍の刃部分が赤熱した。

(あれは――!?)

 和也が現象を捉えた瞬間、パーシヴァルが飛び出した。同時に、赤熱した槍――レーヴァテインが横薙ぎに振るわれた。

 咄嗟にゲージランスを振り、横薙ぎの槍の柄を、柄を立てて防御する。

 槍を押し込みながら、パーシヴァルは顔を近づける。

「せいぜい耐えてみせてね。楽に逝かれては楽しめないから」

 互いに槍を弾きながら、一歩ずつ後退する。パーシヴァルはそこから再度一歩踏み込み、赤熱した刃をゼロの胸部装甲目掛けて突き出した。和也はゲージランスで刃の付け根部分を叩き、流れるように軌跡を逸らす。更に、真横を向けたパーシヴァルに対し、ゲージランスの柄を横薙ぎに振るう。

 その攻撃を、パーシヴァルはサイドステップ――つまり、和也への体当たりによって対処した。回転を利用した攻撃に対する防御策は、射程外に逃げるか、回転半径の中心に移動するかという二種類がある。パーシヴァルは後者を選択し、攻撃力の乗りにくい部分に当たりに行ったのだった。そして――

「も~らい♪」

 掌底が、和也の胸を打った。

「―――っぐぅ!!」

 和也の体が五メートル以上吹っ飛び、背後のビルに激突した。

 息を詰まらせ、脳震盪に陥る暇などない。眼前には、すでに赤熱した刃が迫っている。

「――っこのぉっ!」

 赤熱槍レーヴァテインが頭部を掠める寸前で、和也は首を強引に振って刃から逃れた。易々とビルの外壁に埋まる刃、その接触面からは白煙が上がっている。

 そのまま壁を裂く動きで槍が真横に振るわれる。和也を追う形で迫る槍は、壁を裂きながら進んでいるにも関わらず、速度に衰えは見えない。

 和也は前転をもって回避に成功した。

 互いの距離が、再び五メートルほどに開く。

「温度境界層制御」

 パーシヴァルは喜色を隠すことなく告げた。

「厚さ数マイクロの断熱層を刃全体に形成し、瞬時に二九〇〇ケルビンにまで過熱する。銅が沸騰する温度よ?」

 この技術はアルデバランの頭部にある角〝ウルカヌス〟と似た原理で運用されている。ただし、ウルカヌスは数秒しか発熱状態を保てない(正確には境界層を維持できない)のに対し、パーシヴァルのレーヴァテインはすでに数十秒以上発熱状態を保っている。少なくとも、境界層制御の面ではSFTが一歩先んじていることを示していた。

「それにしても、なかなかいい動きね。ホント、わたしをくれるじゃない」

 パーシヴァルはゴーグル越しに自分を睨み、肩で息をする和也に対して微笑む。

「ペロペロからもっとイイことして、ア・ゲ・ル♪」

 蠱惑な響きを耳に入れる余裕のない和也は、ゲージランスを握りながら、自身の腰にあるツールボックス、そこに収められた銀色のカードに意識を向けた。

(あの女の戦闘能力は、俺とゼロを上回っている……)

 ゼロはヌアダの情報カルテを読み込ませることで、そのスペックを急激に上昇させることのできる『ハイラントフォルム』になることができる。ただし、負荷が大きいために、六〇〇秒が経過するとシステムがオーバーフローを起こし、装着が強制解除される。

 パーシヴァルを相手に、装着が解けることは死に繋がる。しかし――

(どうせこのままでも危ないんなら――)

 和也は銀色のカードを抜き、ベルトのバックル部分に読み込ませる。

『Lanze form is restructing……, complete.(ランツェフォルム再構築。完了)』

 ゼロの右腕が銀色へと変わり、

『Dreizack form open.(ドライツァックフォルム展開)』

 ゲージランスの形状も、変化する。

『Brionac, activate.(ブリューナク、起動)』

 五つの長い菱形の刃を持つ槍だった。一回り大きな中心の刃の左右側面に一つずつ刃があり、中心の刃の付け根には返しのように二つの刃が付けられている。

 瞬発力と空間把握能力に秀でたドライツァックフォルム専用武装、ブリューナクである。

「あら、そんな隠し玉があったのね」

 さも嬉しそうに、銀の腕とトライデントのような槍を見てパーシヴァルは言う。

「だったら、わたしもちょっとだけホンキ出しちゃおうかしら」

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