第2話 出会い

 和也は病院最寄りの五反田駅から電車に乗り、自宅へと帰るところだった。

 次々と流れる車窓からの景色を眺めながら、今も懐に忍ばせているベルトとカードの感触を、なんとはなしに確かめていた。

 和也の仕事はMTTエンジニアリング&システム社で開発されている強化外骨格――有り体に言えばパワードスーツの実地評価試験である。

 第三世代型TelF(Termination of low Fighter)MAZ-0〝ゼロ〟の試験装着者が、今の身分だ。MESは他にもTelFの実験機や試作機をいくつか保有しており、自社内だけでなく、各競合企業との『合同試験』もしばしば行われている。

(いつまで、続くのかな……)

 平穏な毎日とは言い難い、死臭に満ちた世界に生きていることを、懐のベルトとカードの感触が伝えている。

(榛名……)

 そして、半年前にその中で死んだ、愛した少女を偲ぶ。

「……ん?」

 過去の記憶を掘り起こして感傷に浸っていた和也は、電車の窓越しに、ビルの谷間で若者がたむろしている光景を目にした。別に珍しいことではないのだろうが、どうも少女が複数人に囲まれているように見えたのだ。

 車内アナウンスが、駅の到着予告を告げた。

 和也は決意し、電車のドアが開き次第、駆け出した。


 少女はビルとビルの間にある狭いスペースで、四人の男女に囲まれていた。全員高校生のようだったが、ガラの悪さはひと目で明白だった。

 それでも、少女に怯んだ様子はない。それどころか、鋭い目つきで四人の男女を睨みつけている。その気丈さが余計に気に障ったのだろう、ギャル男がイライラを露わに言う。

「お前だろぉ?俺の女に手ぇあげたってのは」

 少女は答えない。

「なんだよ、ビビッて声出ねぇのかよ」

 派手なネイルの少女が、ギャル男の後ろから指差す。

「睨んだって怖くないっての」

 別の、バッチリとメイクをキメている少女が、嘲弄の声を上げる。

「でもさ、なんかちょっとかわいくない?」

 ピアスの少年が少女の顔を覗き込む。

「っていうか、この場でヤっちゃっていい?」

 そして、少女の細い腕に手を伸ばす。対して、囲まれた少女は上着のポケットに右手を突っ込んだ。

 その手を、グイっと掴まれた。

「何やってんだ、行くぞ」

 掴んだのは、和也だ。囲んでいた男女四人は一瞬ぼうっとしていたが、すぐに正気に戻り、和也に食って掛かる。

「おい、なんなんだよあんた!」

「いきなり出てきてんじゃねぇよ!」

 いきなり現れた和也に殴りかかろうとする少年二人。だが、和也は慌てる様子を見せず、

「こいつと先約があるんだ。急ぐからどいてくれ」

 などと、早口に告げ、少女を連れ出そうとする。が――

「あんた誰?っていうか放して」

 少女は当然和也のことなど知らないので、和也の『俺の連れが邪魔したな作戦』は呆気なく頓挫した。

「いや、ここは空気読んで話合わせ――」

「オラァッ!」

 少女に対して呆れる和也に構わず、少年の一人が殴りにかかる。

 しかし、和也は半身になって突き出された腕をやり過ごし、逆に腕を掴む。相手の勢いを利用し、円運動を利用して少年を投げ飛ばした。大怪我されては困るので、しっかり袖を掴むことを忘れない。背中に衝撃を受け、少年はガハッ、と空気を吐き出した。

 もう一人の少年が、懐からナイフを取り出し、和也の胸目掛けて突き出した。

 だが、和也にとって、それは先ほどの少年の拳となんら変わらないものだった。ただナイフ分、リーチが微妙に伸びただけだ。

 同じように投げ飛ばす。もんどりうつ少年は、生ゴミの入ったポリバケツに突っ込んだ。

 さて、これで諦めてきれたかな、と思った矢先――

「チクショー!」

 厚化粧の少女が、電動髭剃りのようなものを取り出した。いや、違う。

(スタンガンか――)

 恐らく二〇万ボルトのタイプだ。押し当てられれば痛みを伴うが、ドラマのようにいきなり気絶したりはしない。直接胸に押し当てて心臓に大きな電流が流れれば危険だろうが、電流は五ミリアンペアもないはずだ。

 和也の対応は変わらない。腕を取り、軽く関節を極めると、派手メイクの少女は喚き、その隙にスタンガンを叩き落す。

 絡んでいた少女二人は逃げ出し、少年二人もフラフラと起き上がり、ヨロヨロしながらも逃げた。残されたのは少女と和也の二人だけになった。

「さて、もうだいじょう――」

「何がしたいわけ、あんた?」

 少女に振り返った和也に向けられたのは、感謝などではなく、冷笑を伴った呆れ顔だった。まるで、余計なことをするな、と言いたげな、侮蔑すら感じられるものだ。

「ヒーローごっこでもしたいわけ?それともあたしの気を引いて惚れさせたいの?」

 どうも斜に構えただなと思いながら、罵声のような発言を和也は聞き続けた。

「そんでもってカラダ目当て?女子高生とエッチしたいの?」

 明け透けなく話す少女にいくらか面食らう和也だったが、その姿が不思議と『生意気な女子高生』ではなく、『心に何かを抱えている女の子』に見えた。彼女の口から出る言葉は、全て虚勢であり、弱い心を悟られまいとしているように思えたのだ。

(考え過ぎ、かな)

 恐らく、その考えの根底は半年前に死んだ小島榛名にある。心中に大きな不安と恐怖を抱き続け、和也を必要とした、愛するヒト。MESとSFTの思惑に翻弄され、戦い、死んだ、優しい彼女。その姿が、なぜか目の前の少女と重なってしまう。

 改めて少女を見る。

 気の強そうな切れ長の眼が印象深く、やや茶色がかった髪は、小さなポニーテールに結わえられている。身長は一六〇センチくらいだろう。体型は歳相応に、なだらかな女性のラインを見せている。紺のブレザーに赤いネクタイ、スカートは赤いチェックで、肩から紺の通学バッグを提げている。

 見た目は全然榛名と違う。しかし、その内に潜む儚さという印象を、共通して感じる。

「余計なことしてくれちゃって」

 ポケットに右手を突っ込んだまま、和也から視線を外し、一人歩き出した。

 和也はただ、その後ろ姿を眺めていることしかできなかった。

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