第1話 見舞い客二人
「じゃあ、また来るから」
「うん、またね」
松井和也は軽快に手を挙げ、ベッドで上体を起こしている妹・香奈へ告げた。
MESが管理している関東第一病院、その入院棟の白い個室での遣り取りである。
客船への突入作戦から半年が過ぎ、それはつまり香奈が意識を取り戻してから半年が経過していることも示していた。あれから香奈は、少しずつ体調を回復させている。未だに点滴による投薬と定期的な処置が必要とされているが、以前の眠り続けている状態から思えば大分良好になっていることは素人目から見ても明らかだった。
意識を取り戻してから、週に一度はこうして様子を見に来るようになっていた。以前ほど、見舞いに対して制約を受けることが少なくなったこともあるし、一人で退屈だろうという和也なりの配慮も大きい。土日には香奈の友達も見舞いに来るようになり、香奈の笑顔も珍しいものではなくなっている。
(でも、やっぱりキツイよな……)
香奈は両親の死を知って、大きな動揺こそ見せなかったが、気落ちしていることや、和也を気にして気丈に振舞っていることくらいはわかっていた。週に一度か二度、メンタルカウンセリングも新たに加わっている。これら前向きな治療方針で、和也は心中の不安を無理に押しやっていた。
「いつか、本当に笑顔で笑い合えたらいいよな」
小声で呟きながら、和也は病室を後にした。
「そのためにも頑張らないとな」
突然かけられた声に、和也はやや下向きだった顔を跳ね上げた。
目の前に、ノンフレームの眼鏡をかけた、不自然な黒髪と白衣が特徴的な妙齢の女性が、廊下の壁に背を
「竜胆寺さん……」
和也は表情を少し厳しくし、白衣の女性――竜胆寺巳那深を睨んだ。
「そんなに睨むな。怖いじゃないか」
不敵な笑みを浮かべながら、竜胆寺は心にもないことを言う。
「自分と香奈を、監視しに来たんですか?」
警戒心を見せる和也に対し、竜胆寺はまさか――、と失笑を見せた。
「わたしはそんなに暇じゃない」
邪魔をしたね、と言い残し、竜胆寺は去っていった。
竜胆寺は一階上の病室へと足を運んだ。
ノックもしないで入室する。内装は香奈の部屋と変わらない、白い造りのものであったが、ベッドの補助テーブルにはノートパソコンが置かれていた。そのキーを、ベッドで上体を起こした男が叩いている。
「調子はどうだい?」
「問題ありません」
男の声は実に平坦だった。
「ただ、もう少し強度がある方がいいと思いますが」
男は自分の右腕を叩きながら、竜胆寺を見上げた。
「それより、プランは見ていただけましたか?」
「ああ、一通りね」
男の声に倣うように、竜胆寺も声に抑揚を見せず答えた。
「正直、普通の技術者が見たら、鼻で笑うようなものだったけどね」
竜胆寺はどこに仕舞っていたのか、分厚い紙の束をベッドの上に放り投げた。
「もっと強い武器が欲しいから大きいものを付ける。もっと防御力が欲しいから装甲を厚くする。機動力と運動性が落ちたから、もっと大きなスラスターを付ける。さらに増した重量をどうにかするために、より高出力の出力のジェネレータを搭載する――」
それは、男が示した『プラン』の内容を、簡潔に告げたものだった。
「子供の発想だね」
男の『プラン』を、竜胆寺は一刀両断した。
「だいたい、こんな無茶苦茶な改造して、あんたは自爆でもしたいのか?」
「冗談で、わざわざご足労願ったりはしませんよ」
嘲笑を思わせる笑みを浮かべる竜胆寺に対し、あくまで男は真面目だった。
「このプランは普通の技術者にではなく、竜胆寺巳那深筆頭主査に見て頂きたいものなんですから」
初めて、男の口角が釣り上がり、笑みの形を作った。
それを聞き、竜胆寺の顔は徐々に、その笑みの種類を変えていく。
「いいだろう。面白い」
最初の一幕から一転、竜胆寺は実に愉快そうに破顔した。
「これだけの改修だ。バランスは更に悪くなる。重心が高すぎるからね」
「むしろ上半身を重くして、不安定にすることで運動性の向上が図れます」
「稼働時間も短くなる」
「試作型の
「スタビライザーとジャイロだけじゃ加速時のバランス制御が難しい。CPUの処理が追いつくかわからないぞ」
「FCSをカットすれば、ギリギリ対応可能です」
「火器管制なしでの戦闘だが?」
「元々射撃は牽制さえできれば御の字です。破城槌のカウンターウェイトの役目さえ果たせばいいんですから」
「装着者泣かせだな、これは」
最後となる、問いではない呟きにも、男は返答した。
「ノーリスクだけど役に立たない兵器より、リスクを孕んだ有効兵器の方が、まだ装着者に優しいですよ」
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