エピローグ 怒れるヒト、歓ぶヒト

 金だけ渡せば幸せだ、と勘違いしている、空気の読めないオヤジ。

 里平魅凪みなぎは自分の父親をそう評し、遺影の前に立っていた。

 いきなり豪華客船で家族旅行などと言い出して、母とわたしを連れ出した。だが、出航前にテロリストが仕掛けた爆弾が爆発したことで、母とわたしを先に避難させたのだ。

 次に対面したのは、変わり果てた遺体だった。

 ウザい、臭い、汚い。ここ何年かは、ずっとそんな風に邪険にしてきた。その度に、あのオヤジは何かを買い与えた。あれが欲しいと言えば買い、いくら必要だと言えば万札が渡された。

 今でこそ立派な一軒家に住んでいるが、小学生の頃は、ボロアパート暮らしだった。友達を呼ぶのなんて恥ずかしいくらいの、歩くたびに床が軋み、隣の住民の声が聞こえるくらいに壁は薄かった。遠足のお弁当は、広げるのが恥ずかしかった。

 でも、家族にはまだ人間味があった。

 とにかくお金がないので、その分両親はわたしによく構ってくれた。部屋は隙間風で寒かったけど、父と母の気持ちが暖かかった。

 しかし、中学に上がる頃、父の転職によって、収入が激増したことで、暮らしは一変。裕福な生活を送れるようになった。

 ただし、それとは逆に親子の時間はめっきりと減っていった。

 お金に困っていたことで、あの父親は面目なかったのであろう。それが反動となって、最早金が全てという、典型的な成金に成り果ててしまったのだ。

 あんな成金オヤジ、なんて思っていた。

 思っていたはずなのに、なぜか涙が止まらなかった。

 自ずと、ドス黒い感情が芽生えた。

「許さない……」

 父を殺したヤツを。

「絶対に、許さない……!」

 唇を噛みながら、嗚咽を交え、里平魅凪は決意した。





 MAZ-0〝ハイラントフォルム〟についての報告(一部抜粋)

 記載:竜胆寺巳那深。 情報ランク:A

 TDD計画一号機、通称〝ヌアダ〟のカルテを使用して発現したゼロ・ハイラントフォルムについては、偶然の産物ではなく、意図的に計画されたものである。

 最強のTelFを造るにあたっては、我がMESはTDDにその計画のほとんどを委任していたわけであるが、TDDの使用理論の根底は、あくまでMESがこれまで積み重ねてきたノウハウにある。応力拡散用カーボンポリマーラミネート装甲も、高周波振動兵器も、思考促進用ホルモン及び擬似ニューロンも、マッスルアシストアクチュエートファイバーも、全てTDDへ計画委任前に基礎ができあがっていたものである。

 あとは、その制御ユニット内のプログラムのアルゴリズムさえどうにかすれば、ヌアダというTelFの詳細を把握することができた。

 膨大なデータの処理能力と、予測される十七通りの演算パターンさえどうにかできれば、MAZ-0の演算装置で既存フォルムを下地に再構成し、情報を処理できる。後はヌアダと同じ技術をカルテと演算機を介してMAZ-0に装備させ、同様の武装を装備させるだけでいい。

 その際に、ハイラントフォルムの高スペックを利用した武装の展開も必要と考え、いくつかの準備も整えていた。

 ツェアシュテルングフォルムの拳や足、肘には高周波振動兵器と同様の効果を持つ発振装甲を持たせた。カノーネフォルムのダグザには、小型化した粒子砲を搭載させた。中性粒子加速砲をこのサイズにするには、まだ加速器の小型化と膨大なエネルギーの問題が残っていたが、HRNシステムを利用した『加速した粒子を転送』するという新技術によって問題をクリアさせた。同一原理でTDD側も粒子加速砲装備のTelFを投入していたため、TDD側でもHRNシステムの同技術応用まで辿り着いていたことがわかる。

 この形態での初陣としては、装着者は良いデータを提供してくれた。展開から600秒でシステムがオーバーフローして装着が強制解除されたが、これについては中央演算装置の改良他、対策を検討中。

 また、装着者の脳にダメージを与える可能性が高いことも、後の身体検査で判明した。システムからの侵食率が一時的に88%まで跳ね上がったことが原因の一つと考えられる。

 具体的な症状は、脳細胞、特にシナプスの形成阻害と破壊が、僅かであるが見られることである。結果、部分的な記憶の欠落や不整合が見られる。症状発生から十二時間後の段階で、その現象についての装着者の自覚症状はない。

 今後の開発に際して特に上げるべき項目は以下の通り。

一、 ハイラントフォルム時の新規武装開発。

二、 ハイラントフォルム使用時間の延長。

三、 ハイラントフォルムが装着者へ与える影響の詳細及びその対策。


 よって、MAZシリーズの研究開発継続を、強く進言するものとする。


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