第15話 救世の力
和也の予想に反し、忠嗣との戦闘は開始からからすでに十五分が経過していた。その間に二度、ヌアダのカードが消費された。
しかし、そこに隙など生まれなかった。
忠嗣は完全に、和也を嬲り、弄んでいた。
多節棍のように変幻自在な槍、ゲージランスは呆気なく断ち切られ、
硬質・大質量の大槌であるラチェットハンマーはヌアダの銀色の腕に受け止められ、クラウソラスで真っ二つになった。
最後はシュラークフォルムでの拳を突き出すが、単純な『速さ』で負け、捉えることすらできずに全てをかわされた。
ならば、それ以上の速さで翻弄してチャンスを窺うしかないと思って再びシュベルトフォルムとなり、スピードで勝負を仕掛け―――
「う……ぐぅ……!」
遂に、銀色の手に首を掴まれ、壁に叩きつけられた。
蓄積されたダメージのせいか、手足を動かすのすら難しい。意識が混濁する。思考がままならない。典型的な酸欠症状に襲われる。
「無様だねぇ」
嘲笑を交え、忠嗣は銀の腕によって張り付けられた和也を見上げる。
「そんなに弱いから、自分の彼女も守れないんだよ」
それを聞き、和也は歯を噛み締め、憤慨する。
お前が榛名のことを口にするな!お前に何がわかる!榛名は――!俺は――!
感情が爆発しそうになる。
しかし、身体は徐々に弛緩していき動こうとしない。都合よく、怒りの感情で力が漲るなんてこともなく、為すがままに命の灯火を消されていく。
「このまま首をへし折ってもいいけどさ」
すでに無抵抗な和也に、忠嗣は告げる。
「もっと面白いことしようと思うんだ」
左手で、銀色のカードを取り出した。『Nuadha』のカードだ。
「お前も知ってるだろうけど、TelFってのはこの高密度情報カルテからベルトの中央演算装置へデータを読み込ませることで、内蔵された情報を展開し、物質化する。それぞれの演算装置は最適化がされていて、ほぼ専用の装置になっていると解釈しても語弊はない」
TelFのベルトには、それぞれの機体に対する最適化が、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアの側面からも行われている。例として、アルデバランのカードを秀平のベルトに読み込ませても、装甲が実体化しないのである。
「特に、ヌアダの演算装置とカードは特別だよ。通常のベルトでは対応できないほどの情報量と出力だ。そりゃ、特別製になるよね」
その結果、従来の演算装置を強化し、ヌアダ用に調整されたのが、忠嗣が手首に填めている、腕時計のようなリストバンド型中央演算装置だ。
「もしそれを、なんの対策もしていない装置に読み込ませたら、どうなると思う?」
笑みを崩さず、忠嗣は告げる。
「通常では処理できないほどの情報だ。処理しきれない情報が脳内に雪崩れ込んできて、頭の中吹っ飛んじゃうかな?上手く装甲を展開しても、出力に耐えられなくなって、体が吹っ飛んじゃうかもね」
口を動かしながら、カードはゼロのベルトへと向かう。
「凄惨な死に方だよねぇ」
読み込み口に、カードが当てられた。
「頭が焼ききれるのと、体が弾けるの、どっちが好き?」
その声にさえ、和也は反応できない。遠巻きに、輪唱のように幾重にも届く音、くらいの認識しか、すでに持てない状態だった。
忠嗣は続ける。
「ま、こんな業界にいたら遅かれ早かれこうなってたよ。それが、ちょっと早くなっただけだからさ」
もう、和也は何も返せない。声どころか、思考すら覚束ない状態なのだ。
「地獄で彼女とお幸せに」
ついに、忠嗣はカードをバックルのスリットに通し、
「さようなら」
和也の体が、閃光に包まれた。
『かずや……』
誰かに呼ばれた気がする。
聞き覚えがある。いや、聞き慣れている、すでに失われてしまったヒトの声。
(はる……な……?)
視界は真っ白で、何かが見えるわけではない。
しかし、『そこ』にいるのだけは、なぜかわかった。
『すごく、辛そうだよ?』
彼女は気遣いの言葉をくれるが、和也は動かない口で、
(俺は、死んだ、のか……?)
漠然と、尋ねた。
彼女は首を横に振った―――気がする。
(残念だな。もし死んだんなら、一緒にいられるのに)
今度は、彼女が怒った―――気がする。
『――――、―――――――』
何か、彼女が言った―――気がする。
「―――――、―――」
耳に届くか届かないかの、虫の羽音のように細い声。でも、それはなぜか力強くて……
(――――!!)
それを聞き取った和也は、雷に打たれたような衝撃を受け、
やがて―――
閃光は、膨大なエネルギーの奔出であり、やがてそれは和也の身体を焼くものだと、忠嗣は思っていた。
「なっ!?」
だというのに、
『Heiland form is structing.(ハイラントフォルム構築中)』
なぜ、ゼロのベルトは『ヌアダのカード』を読み込もうとしているのだろうか。
『All Systems are update.(全システム更新)』
処理しきれないはずの情報量を、処理しているのだろうか。
『Schwert form is restructing……, complete.(シュベルトフォルム再構築。完了)』
そして何より、
『Schneide form open.(シュナイデフォルム展開)』
なぜ銀色の右腕と、
『Claimh Solais activate.(クラウソラス起動)』
黄金に輝く剣を持っているのだろうか。
理解の及ばない現象に、忠嗣の力が意図せず緩む。
と、次の瞬間、忠嗣の体に衝撃が走り、五メートルほど吹っ飛ばされた。
和也による、掌底によって。
真っ白な視界から回復すると、和也はほとんど反射的に、忠嗣の胸に掌底を喰らわせ、弾き飛ばしていた。
――『和也は、生きなきゃダメ』
榛名の声を、聞いた気がした。
――『大好きな、和也』
柔らかで、暖かな言葉。温もりを感じさせる穏やかな声音。
それが、半ば死を受け入れようとしていた和也を、現実に引き戻していた。
「これ、は……」
和也はヌアダより解放された自分の姿を見て、驚嘆の声を上げた。
全身の装甲形状が、より鋭角的に変わっている。HMDとヘッドギアのみであった頭部装甲は、オフロードバイクのヘルメットのような形状へ変化し、右腕は眼前のヌアダと同様、銀色になっていた。さらに、左手には金色に輝く両刃の大剣――これもヌアダと同じものが握られている。
和也には、この状況が飲み込めない。どうしてこのような変化がゼロに起こったのか。なぜまだ死んでいないのか。
しかし、理解が及ばないまでも、和也は一つだけ確信していることがあった。
(勝てる!)
根拠はないが、あれだけ苦戦していたヌアダに勝利できると確信していた。
身体に力が漲る。さっきまで死にかけていたのが嘘のようだ。
「いくぞ」
静かに、しかし力強く、和也は告げ、踏み出した。
瞬間、五メートルの距離が一足で縮まった。
「「―――っ!?」」
その瞬発力に、忠嗣だけでなく、和也すらも驚愕した。
だが、いつまでも驚いてばかりいられない。和也はヌアダの持つ大剣と同一の、黄金剣クラウソラスを上段に構え、振り下ろす。
忠嗣は回避を考え、しかし逡巡の後にクラウソラスで受け止めた。
理論上万物を切断できる剣同士が刃を克ち合わせ、鍔迫り合いとなる。
二つの剣は双方の固有振動数を演算して切り裂こうとするが、互いの発する振動が互いの振動に干渉し、合成される。合成波は時に波形を増幅し、時にフラットな波形を作り上げる。その波形に対応して周波数を変更し、新たな波形を作り、更にその周波数を逆算するものの、それを互いが瞬時に進行するために周波数は常に変わり続け―――――
と、延々と続く連鎖が繰り広げられていた。
周波数が同じならばいくら増幅されようが、周波数自体は変わらない。ただし、位相がずれているせいで、振動が打ち消されたり、瞬間的に大きな振動を作り上げたりする。
時に静かに、時に耳障りな衝突を繰り返しながら、二人は剣を打ち合う。
「であぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
二つの咆哮が、振動剣と共に空間を震わせる。
横薙ぎの剣を、下から叩き上げるように防ぎ、
上段からの振り下ろしを、横向きに構えた剣で受け止め、
胸を狙った刺突を、
顔面を貫くかと思われた剣先を、紙一重で回避し、
クルリと反転した勢いを利用した胴払いを、伏せて回避し、
回転の始点から軌道を上段に変えて振り下ろした、地を割る勢いを持つ剣を、
斜めに振り下ろした、相手を二分せんとする袈裟斬りが迎え撃ち、衝突した。
火花散る攻防を、目で追うことが難しい速さで繰り広げ、
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ふぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
もう何合打ち合ったかもわからないまま、互いに一撃必殺による攻防を続けた。
やがて、ゼロの持つクラウソラスが、ヌアダの左肩装甲の一部を切り飛ばした。それは肉体的なダメージのない、ただの装甲の欠片に過ぎなかったが、
「ちぃっ」
拮抗した戦局で、見せてはならない焦燥や動揺といった類のものを、忠嗣は見せた。
続く斬檄。克ち合う剣。
これまでとは違い、互いの剣に罅が入る。
そして、砕けた。
ここでも、対応に差が出てしまった。
忠嗣は目を大きく見開いて、信じられないといった顔をして、砕けたクラウソラスの刀身を見ていたが、
和也はすでに用を為さなくなった剣を捨て去り、ツールボックスからカードを取り出し、読み込ませていた。
『Schlag form is restructing……, complete.(シュラークフォルム再構築。完了)』
そのカードを読み込ませれば何が起こるのか、正確に理解していたわけではない。ただ、それをすることによってどのような結果になるのか。おぼろげながら、わかっていたのだ。
『Zersterung form open.(ツェアシュテルングフォルム展開)』
右腕以外の装甲が赤くなり、両手両肘・両脚両膝にはシュラークフォルムの時よりも禍々しいナックルガードやスパイクが現れた。
「はぁっ!!」
神速の正拳が、ヌアダの胸部を打つ。
「ごあっ!?」
それだけで、これまで傷一つ付かなかった装甲に罅を入れた。
肘のスパイクを顔面に向かって突き出し、王冠のようだった三本のブレードを砕く。
膝蹴りによって、腹部装甲に亀裂が入り、罅の入っていた胸部装甲へと傷が伝播する。
そして―――
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ―――――――――!!!」
大きく振りかぶった右足が、ヌアダの胸部を捉え、
「ぐっ―――ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
忠嗣は蹴り飛ばされた。同時に胸部装甲が粉々に砕け散る。
なだらかな放物線を描きながら、しかし数百キロに留まらない衝撃を受け、忠嗣は窓ガラスを枠ごと粉砕し、それでも勢いが死ぬことなく、三十メートル下の海面へと叩きつけられた。
奇しくも、先ほど秀平が倒された時と同じ光景を焼き増しした形となり、TDD最強のTelFであるヌアダとの戦闘が決着した。
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