第14話 銀の腕の王

 秀平は船内を駆け回っていた。

 とはいっても、無闇に駆け回っていたわけではない。巨大な客船は、迷路と呼んでも差し支えのない巨大な空間だ。そのため、船内図と自身の移動ログを重ね合わせ、効率的な里平捜索を試みている。その中には、アルデバランの移動ログも定時リンクにより含まれていたが、

(さっきからアルデバランの移動がない……。まさか……)

 と、優樹のことを気にかけたとき、

「ん……?」

 気になる部屋を発見した。

 船内図と合わせると、そこは『小ホール』とある。別に気にするような部屋でもない。船内図によると、このホールの奥には通路も部屋もないはずだ。ならば、そんな場所に里平がいるはずもない。

 それでも、軽く確認だけはしておこうと思った。

(ま、ここだけ確認したら、一応武藤君のトコでも行こうかな)

 両開きの扉を開け放ち、中を確認する。

 学校の教室を二つ繋げたくらいの大きさの部屋で、天井は高めに四メートルくらいある。毛の低いカーペットが敷かれているが、壁にかけられた数枚の小さな絵画以外、装飾品は見られない。室内にあるのは不自然な、背の高い食器棚だけだ。

 その食器棚が、スライドした。

 中から男が一人、歩み出る。

「あれあれ?」

 男――永山忠嗣は、ホール入り口に立つ秀平に気づき、やや楽しげな風に声を上げた。

「これは予想外だなぁ」

 忠嗣の表情には隠されることなく喜色が滲み、好戦的な意思も感じることができる。

「里平は、その奥に?」

「確かめてみれば?」

 二連カービンを向けて脅しをかけるが、忠嗣はただ、秀平を挑発するのみ。

 秀平は迷わずトリガーにかけた指に力を入れる。

 その展開を察し、銃弾が銃口から飛び出す前に、

『Turn up. TDD-1N/G start up.』

 銀色のカードをベルト―――ではなく、腕時計のようなバンドに読み込ませた。

 黒と金を織り交ぜた装甲が、忠嗣を銃弾から守った。頭部はフルフェイス型で、額から三本伸びるアンテナブレードは王冠を彷彿とさせる。そんな風貌の中、右腕だけが不自然にも銀色だった。

 TDD-1N/G〝ヌアダ〟。

 最強のTelFを造り上げることを目的とした『トゥアハーTDダナンD計画』、その第一号機である。

 一番特徴的なのは、背中に背負われた、黄金に輝く大剣だ。忠嗣はそれを引き抜く。

 TDDW-1〝クラウソラス〟。

 ヌアダの唯一武装にして、絶対的な力を持つ黄金剣である。

 ケルト神話に登場するダーナ神族、その王である『銀の腕のヌアダ』。

 最強のTelFを造り上げる、という目的の一号機としては、神話をなぞる、安易な機体でしかないと思われるだろう。しかし、その単純さ故に、最強を語るに相応しい能力を持ち合わせている。

 秀平はトリガーを引いたまま、ずっとヌアダを照準し続けていた。もう何十発、いや何百発の銃弾が、金と黒の装甲に命中しただろうか。

 だが、いくら撃ち込もうが装甲を貫くことなどできない。跳弾が室内の装飾を引き裂くばかりで、ヌアダには一切の傷がついていなかった。

 忠嗣は脚に力を込めた。

 瞬間、十メートル以上あった距離が、たった三歩で縮まり、秀平は大剣クラウソラスの射程に入ってしまう。

 横薙ぎに振るわれるクラウソラス。とても大きな剣を振っているとは思えない、流麗な斬檄であった。

 それを、ルイテンにより防御する。近接戦闘での防御も考慮され、表面に硬質な層と柔軟な層を重ねられているルイテンは、想定されるTelFの斬檄を受け止めることができる設計になっている。

 だというのに、

「なっ―――ぁぁっ!」

 ルイテンが剣先と衝突した瞬間、銃身が何の抵抗もなく切断された。

 本来ならばそのまま秀平の身体を上下に両断してしまう軌道だったが、元々攻撃を受け止めながら後退するはずだったので、咄嗟のバックステップが功を奏した。

 ケイトスの胸部装甲に、横一文字の傷が入った。深さは五ミリ程度。秀平の背中に冷や汗が滲んだ。

「高周波振動剣」

 仮面の下を破顔させ、忠嗣が告げた。

「なんかさ、微振動で分子の結合を破壊しちゃうんだってさ。ま、難しいことはよくわかんないんだけどね」

 高周波振動剣はMES内で開発が進められている兵器だ。

 物体に衝突した瞬間に、演算機がその物体の固有振動数を解析し、剣にフィードバック。適切な振動数で発振し、対象を破壊する。しかし、長時間の振動は装備自体の耐久度を落してしまうため、大型の兵器よりも小型――ナイフなどで試作型ができたばかりだ。また、強度を持たせるために大槌型にした高周波振動槌も、同様に試作された。

 大剣型となれば、強度の問題や、その質量自体による振動自壊が懸念され、概念実証段階にあるはずなのだが―――

「おりゃっ!」

 縦に振り下ろされたクラウソラスは、秀平がさっきまでいた壁際をすっぱりと裂き、触れた硬質の床面に切れ目を入れた。

(完全に実用化されてるじゃん!)

 秀平は完成度の高い、反則じみた兵装に、誰にでもなく愚痴る。

 そして、退路を探した。

 ここで無理に戦っても勝ち目はない。ならば、機会を窺い、策を練るしかない。時間は限られているが、秀平に下された命令は敵TelF撃破ではなく、里平の抹殺だ。いかにこのTelFと殺り合わずに里平を始末するか。それが問題だ。

 ひとまず撤退だ。

 自分で入ってきた入り口は、その線上にヌアダが立ちはだかっている。ならば、窓しかない。

 と、チラリと振り返った、一瞬の隙に、

「ごぶふぅぅぅっ ―――――――――!?」

 ケイトスの胸部装甲に、足形が刻まれた。

 強烈な衝撃に、何が起こったのか秀平には理解できない。一瞬で遠ざかるヌアダ。いや、秀平が高速で遠ざかっているのだ。右足を振り上げ、動作の余韻を残すヌアダが見える。

 体が窓を突き破ったところで、ようやく秀平は蹴り飛ばされた事に気づいた。そのままテラスを越えて、海へと吸い込まれていく。

 斬られなくて良かったと思ったが、そうでもない。あまりの衝撃に肺の空気が搾り出され、呼吸困難に陥っていた。それを、強化された身体でどうにか回復し、酸素を求めた瞬間、胸に激痛が走った。それに悲鳴を上げようとすると、喉から血の塊がせり上がり、口外に噴き出した。

 忠嗣の耳に、ザパーン!という音が届く。

(胸を砕かれて、尚且つ冷たい海に放り出されちゃ、助からないだろうね)

 忠嗣は心中と顔、両方に喜色を浮かべた。



 パリィィィン―――

 ガラスが盛大に割れる音を聞きつけ、和也は小ホールへと駆け込んだ。

 内装が所々裂かれ、窓ガラスが砕けた室内、そこに、黒と金銀のTelFを確認した。

「遅かったね。もう、一人始末しちゃったよ?」

 黄金のTelF装着者――忠嗣は、飄々と告げた。

「別に、仲間ってわけじゃないですから」

 和也は秀平、もしくは優樹がやられたと聞きながらも、気丈に答えた。事実、その二人、特に直に榛名を殺した秀平については、未だ憤怒の感情が強い。

「あ、そう。ちなみに、君も里平抹殺とかいう目的で来てるんでしょ?」

「……だったら、なんなんですか」

「よこにいるよ」

 忠嗣は親指で、クイっと壁を指差す。その先は、隠し扉のある食器棚だ。

 一瞬で、和也の顔が強張る。

「尤も、俺のことどうにかしないと辿り着けないけどね」

 告げ終わると同時、忠嗣は和也に向かって踏み出した。

 和也は現在、最初に船内を駆け回っていたとき同様、緑色の装甲――ゲベールフォルムであった。消耗の激しいシュラークフォルムの使用を避けた結果である。その手には、一六.七ミリ弾が装填された大型拳銃クランプガンが握られている。

 瞬時に発砲。躊躇わず、二発、三発、四発と続けざまに放つ。

 が、金と黒の装甲に命中はしても、弾かれるのみ。それどころか、大口径弾の直撃を受けても全く怯む様子すらない。

 間合いに到達した忠嗣は、右手の大剣を上段に構え、振り下ろす。

 横っ飛びで回避した和也は、回転して起き上がり、カードをロード。

『Schwert form open.』

 青い装甲と波打つ刃の長剣テンションソードを装備し、回避してきた経路を逆巡し、一息にヌアダとの間合いを詰める。

 忠嗣はまだ振り下ろした剣を構え直せていない。

 和也は脇腹を薙ぐように一閃した。

 が、斬った手応えがない。あるのは装甲に弾かれ、表面を滑ってしまった刃の感触だけだ。

(なんて防御――)

 装甲強度に驚愕した刹那、すでにヌアダの剣は改めて直上より振り下ろされる位置にあった。回避など間に合わない。仕方なく、テンションソードで鍔迫り合いに持ち込もうとする。

 しかし、それは忠嗣が持ち込みたかった状況でもあった。大剣クラウソラスに絶てないものはない。先ほどの秀平のカービンライフルのように、瞬時に剣を切断し、そのまま和也の身体を縦に切り裂く狙いだった。

 互いの剣が衝突した。

 瞬時に切断されるテンションソード。

「えっ――!?」

(獲った!)

 片や驚愕、片や勝利を覚える中、黄金剣クラウソラスが和也の頭上に迫る。

 と、

(くぅぅぅっ!)

 クラウソラスが止まった。

「なっ――にぃ!?」

 今度は忠嗣が驚愕した。

 白刃取り。和也は鎬部分を両手で挟み込み、両断される一歩手前で踏みとどまっていた。

 しかし、これで危機を乗り越えたわけではない。

 じりじりと、和也が圧されている。

 当然といえば、当然の結果だ。そもそも、ゼロとヌアダでは出力が違う。それがパワーアシスト機構にも存分に影響を与えており、今にも挟んだ掌から剣が滑り落ちようとしている瀬戸際に立たされている。

(死ぬ―――!)

 力を振り絞りながらも圧され続ける和也だったが、

 ふと、ヌアダは力を緩めた。そして、剣を上に振り上げた。

 思わぬベクトルの変化に和也がクラウソラスを放してしまうが、忠嗣は追撃に移る事なく、それどころか大きく後方に跳び退った。

 何が起こったのだと思っていると、ヌアダの装甲が、細かな粒子を上げていた。

「ちっ」

 舌打ちし、忠嗣は背腰部からカードを取り出した。和也は知らなかったが、それは装着時に使用していたカードと同一のものだ。

 手首の装置にカードを読み込ませ、『Recover』の電子音声の後に、全身の粒子化が止まった。

 和也はどういうことなのだろう、と首を傾げるが、

「ホント、タイミング悪いよねー」

 忠嗣は憮然とした様子で言う。

「このヌアダって、出力が高い分、物質化が不安定でさ。燃費が悪いって言うか、装着状態を維持するのに定期的にカードを使わないといけないんだよね」

 高い攻撃力と防御力、優れた瞬発力を見せるヌアダであるが、忠嗣の言うとおり、すぐに情報の散逸が始まり、装着が解除されてしまう。さっき使ったカードは、装着時に使用したものと同一のカードだ。それを、ヌアダは十数枚持っており、装甲の情報還元が進む度にヌアダの情報を読み込ませなければならない。

 絶対的な力を誇示するヌアダ、その弱点であった。

 しかし、それがわかったところで和也に勝機が訪れるかといえば、そうはならない。あと数分の攻防ですら、生き残れるかわからないのだから。

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