第13話 昇る星、沈む星

 人間は、思い込みによって様々な誤認をする。

 水から煙が上がれば、それをお湯だと思い込む。

 ボーリングの球とパチンコ玉を同時に落すと、ボーリングの球が先に落ちると思い込む。

 追い詰めた先の窓が割れて、何かが下に落ちたのを見た、もしくは落ちた音がすれば、当然、相手は窓を破って飛び降りたと思うものだ。

 まして、はじめは傲慢にも自分が勝っていると思っているからこそ、

(…………は?)

 窓の下、下界のデッキに落ちている砲身とマイクロミサイルポッドを見て、

(なんで――)

 砲身とポッドだけで、秀平本人がいないことに首を傾げた。

 その光景を見下ろし、秀平は唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。

 単純な話だ。

 秀平は窓を破り、上階の手すりにアンカーガンを巻きつけ、壁に張り付いていた。その際、もう役に立たない装備を投棄し、下のデッキへ落した。

 才は今、無防備に後頭部を晒している。互いの距離は五メートルもない。左手はアンカーガンで塞がっているが、右手には二連装カービン〝ルイテン〟が、充分な残弾を装填された状態で握られている。おまけに、才は階下を狙うために、大きなガトリングガンを窓から迫り出して構えている。あんな状態では、瞬時に対応などできないはずだ。

「逝けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ ――――――――!!」

 秀平はトリガーを引く。

 死角からの咆哮に才が気づき、上を見上げようとして―――

バラララララララララララララララララララララララ―――――――――――

「がぼふぉ―――――――」

 顔面が、銃弾の雨に晒された。

 眼球を、鼻骨を、頬を、奥歯を、耳を、そして頭蓋を―――

 バラララララララララララララララララララララララ―――――――――――

 皮を削がれ、脂肪を弾けさせ、歯が砕け、骨粉を撒き散らし、舞う鮮血を銃弾が更に弾き、

 バラララララララララララララララララララララララ―――――――――――

 下方のデッキに、広範囲に撒かれた吐瀉物にも見えるものが貼り付けられ、

 最後には、首から上を失った骸が、右腕でゆらゆらと小さな円を描きながら、だらりと窓際に寄りかかっていた。

 それを見届け、秀平はワイヤーを巻き取りながら上階へ移動し、時折現れる黒服(どうやら派手にドンパチやっていたせいで巻き添えを避けていたようだ)を射殺しながら里平の捜索を始めた。


 すでに五百ミリリットル以上の出血が起きているかもしれない。

 優樹は薄れそうになる意識を、どうにか繋ぎとめていた。

 両腕を肩からバッサリ切り落とされた。言い表せない激痛が襲ってきたが、瞬時に装甲内部から打たれた鎮静剤と細胞不活性剤のお陰で痛みはない。いや、処方前にすでに痛みがなくなっていただろうか。痛みが皆無ということはかなりの危険信号だ。装甲間で止血が行われているが、大きな動脈がある以上、本来ならば一秒を争う処置が必要なはずの重傷である。

(そんな、余裕、は、ない……けど……)

 少しでも気を抜けば、すぐにでも倒れて、心停止するだろう。それを、どうにか膝立ちで堪えている状況だった。ドクンドクンと脈動が分かるし、止血先からピュッピュッと出血が進んでいるのがわかる。失血死は目前だ。パニックを起こしていないだけマシだが。

 しかし、気を抜いているのは靖也も同じはずだ。爆発による煙で視界はクリアでないものの、追撃をしてこないことからも、これで勝ったと思っていることだろう。

(言った、だろう……)

 優樹は上を、靖也の装着するボレアリスの白を見上げる。

(懐に飛び込めば、俺の勝ちだ、って)

 靖也が余裕なのはわかる。

 両腕を切り落としたのだ。タングステン弾も、杭打ち機も、機関銃もない。ケイトスのように背中に砲を持っているわけでもない。

 だが、最後に残された武器がある。

「伊達や、酔狂で――」

 残る力を振り絞り、震える脚に叱咤し、前方に飛び込むように踏み込む。

 その様を見て、靖也は一瞬動揺するも、悪足掻きとしか見ていない。

 その余裕に隙があった。

「――こんな頭を……してるわけじゃ、ないっ!!」

 残された武装、それは、あまりに分かりやすすぎて、逆に見落としそうなもの。

 角、である。

 アルデバランの額に、一角獣の如き、しかし薄く鋭い刃のような角が装備されていることは、誰の目から見ても明らかだ。しかし、明らかなだけに、その武装に攻撃力など望むものは少ない。だから、靖也は決して薄くないボレアリスの装甲でそれを防ぎ、終いにはハルバードバスターの至近直撃で焼き払ってやろう、と算段していた。

 が、それは呆気なく裏切られる。

 優樹はその角をボレアリスの胸に向かって突き立てる。頭突きの体勢だ。

 ただし、装甲に防がれはしなかった。一瞬の衝突の後、ずぶずぶと角がめり込んでいく。

「これは――!?」

 ここで初めて、靖也は起こっている現象に気づいた。

 装甲が、融解している。

 MT-1HX 高熱境界衝角〝ウルカヌス〟。

 角の表面は、三千六百Kケルビンの高温になっている。原理は電気抵抗による発熱なのだが、通常ならばここまでの高温にはならないし、そもそも角自体が熱に耐えられない。

 角の表面には、極薄い温度境界層が存在している。この境界層と角の表面の間隔はたった三十μmマイクロメートルだが、瞬間的に圧入された空気と電磁シールドによって短時間であるが断熱されている。それに加え、極短時間の間だけ『熱力学の第二法則(温度が高いところから低いところへ移動するという理屈)』を局所的に反転させる、MESの実験段階の機構によって、短時間に高温に、尚且つ自身にダメージを与えることのない攻撃が可能となったのである。

 このウルカヌスこそ、アルデバランの中で最も技術の粋を集められた武装なのだ。

 鉄の融点は千五百℃。ボレアリスはさらに耐熱鋼を使用してはいるが、それでも耐熱温度は千八百℃だ。溶岩の三倍以上に達する高温には耐えられない。

 装甲を突き抜け、ウルカヌスは生身の胸部を貫いた。装甲内で急激な高温化にさらされたことで、貫かれた心臓ごと周囲の細胞が破裂し、遅れて瞬時に炭化と昇華が起こる。

 状況を正確に確認できないまま、靖也はその意識を冥府へと送られた。

 角を抜く必要などなかった。

 本来のウルカヌスの『耐熱時間』は三.五秒。それをとっくに経過し、断熱効果のなくなった角が、自身の発した熱により融解し、アルデバランの頭部から解け落ちた。

 勝敗は決した。

「…………」

 しかし、これ以上の戦闘、というより、生存は不可能に近い。

 何かを思い、感じる暇もなく、優樹の意識は闇の中に落ちていった。



 社内のデスクに着き、竜胆寺はパソコンの画面を眺めていた。

「アルデバラン、落ちたか……」

 そこには、リアルタイムでモニタリングしている三機のTelF及び装着者のコンディションが表示され、各機に搭載されたカメラからの映像も(不鮮明ながら)見ることができた。

 画面に表示されているのはアルデバランの3Dワイヤーモデルで、両肩から先が赤く点滅し、頭部が黄色くなっている。

 続いて装着者――優樹のバイタルデータを見ると、心拍数がみるみる下がり、心電図がフラットに向かっていた。不整脈も起こしている。意識レベルは低く、呼吸も浅い。一言で言うならば、瀕死だ。

「で、ケイトスは……」

 竜胆寺は優樹が危険な状態であると知りながら、それを気にする様子もなく、他の機体に眼を向けた。どうせできることなどないのだから、考えていても仕様のないことだとわかっているが故の対応だった。

「武装がほとんど死んでるねぇ。残るは急造のカービンだけ。やっぱり屋内じゃケイトスは不利か」

 ケイトスの状態も確認し、続いて視線はゼロの表示へ移行する。

「お、早速使ってくれたみたいだねぇ、シュラーク。さてさて」

 竜胆寺は微笑を浮かべながら、一度眼鏡のブリッジを指先でトントンと叩く。

「もう一つのプレゼントにも気づいてくれるかな?」

 堪えきれず、竜胆寺はついに噴き出した。

「なぁ、里平。お前がわたしたちを利用したように、お前もわたしたちに利用されてるんだ。そのことを、よく思い知るといい」

 グルミウムにボレアリスはなかなか面白い機体に仕上がっているようだし、ウルサマヨルも面白い武装を積んでいるようだ。そして、まだ見ぬTDD計画一号機も、きっと仕上がり、この戦局で投入されるだろう。

 いや、そうでなくては困る。

「しっかり頼むよ。ま・つ・い・君」

 柄にもない猫なで声に、自分で失笑してしまう竜胆寺であった。

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