第11話 刺客
和也は
広すぎる船内もそうだが、客船の構造がどうなっているのかを理解していない和也には、どこに一等船室があるのか(和也が二等船室・三等船室という区分けが存在しているのを知っているかが怪しい)わからない。
一度大きなホールに突っ込んだが、違うと判断して階段を下りて客室の並ぶフロアへ向かった。しかし、そこは狭い個室があるだけで、ここにはいないと判断し、いつの間にか行き着いた先が……
「なんか違う……」
狭いタラップやキャットウォーク、無数の配管で占められた、無機質な空間だった。いつの間にか機関室かボイラー室など、船底部に近いブロックに入り込んでしまったようだ。
もちろんこんなところに里平がいるわけない。そう思って引き返そうとしたところ、
「あー、ちょっと待ってくださいよ」
不意に、声をかけられた。
戻しかけた足を正面に向け、視線を声のする方向へ向けた。カン…カン…カン…、と金属製の通路を歩く足音が反響する。
男が歩いてきた。
年の頃は三十前後といった具合だろうか。和也はどこかで会った顔だな、と不審に思ったが、相手の方はそうではないらしい。
「誰かと思えば、松井さんじゃないですかぁ」
薄い笑いを浮かべながら、近づいてくる。
「あれ、俺のこと覚えてません?まぁ、あんまり話したこと、なかったからなぁ。無理もないか。TDDにいた、
頭を掻きながら、男――細谷海斗は自己紹介を始める。
それを受け、和也は頭の片隅に仕舞われていた記憶を引き出した。確かに、TDDの装着者だったはずだ。間違いない。なにせ、彼の腰にはそれを示すものが巻かれているのだから。
「こんなところで退屈だったんですよ。いえね?一応お金さえもらえればそれでよかったっちゃぁよかったんですけど、やっぱり退屈じゃないですか。周りがドンチャン騒ぎしてるっていうときに」
警戒から、和也は足をジリ、と引いた。
海斗の手には、いつの間にかカードが握られ、ベルトのバックルに差し込まれた。
『Turn up. HS―8 system start up.』
海斗の身体を覆う、堅牢な装甲が出現した。白と濃緑で構成された装甲は、特に大きな飾り気はなかったものの、そのせいでフルフェイス型頭部装甲の額のV字ブレードが印象的だった。
Hell Strikerシリーズの八号機、グルミウム。『嬲り殺し』を追求した結果生まれた、純格闘仕様TelFである。
和也はすぐさま右手のクランプガンを構え、三点射。特製の一六.七ミリ弾が、グルミウムを撃ち抜かんと迫る。
「ふん―――」
「―――え…?」
それを、海斗は軽いジャブ程度の振りで弾いてしまった。兆弾の音が耳に痛い音色を立てて火花を散らし、無機質な空間の何処かへ消えた。
「甘いなぁ、松井さーん」
喜色を混ぜた声が、呆然としていた和也を焦らせる。
「このグルミウムは純粋格闘能力を徹底的に追及されてるんで、飛び道具に関しては特に対策されてるんですよ」
格闘戦闘を仕掛けるには、相手の懐に飛び込むまでに被弾しないことが重要な条件のひとつになる。その条件を満たすため、グルミウムには高速で飛来する物体を瞬時に判断して適切な挙動を取らせるプログラムが存在する。いうなれば、条件反射による弾丸の打ち払いだ。
「さすがに戦車砲は無理だけど、歩兵が携行できるレベルの銃火器なら大概いけますよ」
余裕の声が、余計に和也を焦らせ、不安が幾度も押し寄せる。整備用スペースという都合上、あまり通路は広く取られていない。槍はもとより、剣を振るう空間的余裕はない。大振りになる大槌も駄目だ。純格闘機相手に隙を見せてしまう。シュベルトやランツェフォルムでの機動性や瞬発力を活かそうにも、狭い一本道が多い場所ではただ突っ込むだけになり、やはり格闘機相手には自殺行為だ。膂力と防御力に優れているハマーフォルムならば、すぐにはやられはしないだろうが、あれは比較的動きが緩慢になる。ジリ貧になる可能性が高い。
もう一度グルミウムに照準し、トリガーを引き、六連射する。
案の定、左右の腕を振るい、足を振り上げ、最後に裏拳。それら一連のモーションで、六発全てが弾かれた。これでもう銃撃など無意味だという事実を突きつけられてしまった。
「無駄ですよー」
海斗は一息で踏み込み、瞬時に和也を射程内に収める。一度大きく拳を打ち合わせると、
「ヴァイスティーガー!」
白く輝き出した拳を
金属壁が大きく凹み、「がはっ――!?」と肺の中の空気を空にされる和也。その衝撃で、腰のツールボックスからカードがばら撒かれた。遅れて、和也自身も通路に落ちる。
四散する数枚の白いカード。通路に片膝をついて倒れる和也の手の下にも、落ちたカードがあった。
その中に、見慣れないカードが存在した。
『Schlag』
こんなカード、覚えがない。ならば、寝ている間に仕込まれたに違いない、と和也は思考した。竜胆寺か、もしくは優樹か。どちらにしろ、ここに状況を変えられるかもしれないピースがある。
しかし、それを受け入れることは、今の和也には難しい。半ば独断で飛び出してきたという
「ブラオドラッヘ!」
そんあことを考えていたからか。葛藤の海に身を浸した状態で、海斗の放つ青い光を回避する――どころか、その兆候すら捉えることができずに、光球の直撃を喰らってしまう。
(くっ……そぉ……!)
ごろごろと転がる体。通路の手すりにひっかかり、見上げた先では、白と濃緑の装甲を身につけた海斗が、悠然と歩みを進めていた。
「もう終わりなんて言いませんよね、松井さん?」
喜色を翳らせることなく、グルミウム纏う海斗は、次の一手を放つべく金属の床面を踏みしめた。
(おかしい……)
優樹は超然と、優雅に彩られた船内を進んでいた。時折現れる武装した黒服を、左腕がら吐き出される七.六二×五一ミリ弾でミンチにしながら通路を
(
これまで相手にしてきた黒服は、皆普通の人間だった。強化措置など受けていない、特別な装備も持っていない、ただの人間。そんなもの、TelFの相手になるはずなどない。
(SFT所有の船だと聞いていたが、本当に戦力は里平の手持ちだけか…?)
SFTは今回の件に深く関わっているはずだが、どうやらこの船旅は本当に『プレゼント』程度の意味合いしかないのだろうか。だとすれば、SFTはもうすでに充分な利益を得ていて、里平とのビジネスは一端キリと見ていいのだろうか。
(戦力は金で雇った有象無象。それに、同じく金で動いた数名の装着者か)
敵戦力を考察しながら、螺旋階段の隣を歩く。すぐそこに、大ホールの入り口が見えた。
(さすがに、こんなところにはいないよな)
ドアを開け、中を窺う。
「どうも」
瞬間、声をかけられた。
ホールはまるでパーティ会場のように丸テーブルが並べられ、白のクロスがかけられている。丸々二階分が大きく
赤絨毯の階段を下りて来る男が一人、優樹を出迎えた。
「さっき誰か来たんですけど、声かけそびれちゃって、今回も無視されたらどうしようかと焦っちゃいましたよ」
見覚えがある。
TDD所属の装着者、
「MESの追っ手を潰すと追加報酬が出るんで、やらせてもらいますね」
靖也はベルトを巻き、バックルにカードを通す。青を基調とした装甲が装着されていく。
アルデバランと同じく、全身を装甲で覆う、一見人間大のロボットのような見た目だった。頭部は双眼型センサーアイに、
INU-1A ボレアリス。Invader of Nuclear Unit(核部隊の侵略者)シリーズの、その名の通り核動力による高出力を期待されて製造された第一世代TelFであるが、技術面の問題でお蔵入りしていた機体である。
(ここに出てきたということは、核動力搭載に成功した?いや、そんなはずはない)
そもそもが無理難題から始まった機体だ。MESは核反応自体から電力を取り出すことに実験的に成功しているものの、人間大の大きさにするにあたって、核融合・核分裂両方式ともに搭載は不可能と判断されている。数々の問題をクリアして仮に反応を起こせたとしても、ガンマ線や中性子線などの放射線シールの困難さに加えて、発生する熱量に材料も人間も耐えられないという問題などが山積している。
(それとも、常温核融合にでも成功したのか?)
現在でも、工業的に実用可能な常温核融合は成功していない。それをTDDが先行して開発に成功しているなどとは考え難かった。
「安心してください。核は積んでませんから」
靖也は、優樹の不安を見透かしたように言った。
「動力に関しては、別方面からのアプローチでなんとかしました。有用なデータも入ったんで」
優樹はすぐにHRNシステムのことを考えた。多次元空間機動制御技術の先駆けとなるシステムだ。応用方法はいくらでもある。
「里平はどこだ?」
いくら考えてもなかなか前に進まない。実務としての声を発する。
「教えないですよ」
対する靖也は、もちろん答えない。そうさせないだけの力があることを理解しているからこその、余裕を滲ませた、自信に満ちた回答だった。
靖也はすっと右手を水平に上げ、保持している円錐形の武装を優樹へ向けた。
ドゥン――!と一気に空気が膨張した。
光の奔流が、空気を蹴散らしながら放たれた。
反射的に、発射前から回避行動に移っていた優樹は、どうにか回避に成功する。
(ビーム?いや、荷電粒子砲か…!?)
莫大な熱量と粒子の衝突により撃ち抜かれた扉と壁を見やりながら、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
秀平は、デッキの一階上にある別のデッキ、その手すりに寄りかかってこちらを見下ろす男を発見した。
下卑た笑い声の主は、莫迦みたいな破顔で階下の秀平を見下ろしていた。
「
「俺さ、あんたと違って強いから、速攻で殺しちゃうよ?」
言っていることも、幼稚で莫迦みたいだ。
ベルトを巻き、カードを滑らせ、茶色の装甲を身に纏う。大きなゴーグル状の
HJM-1G ウルサマヨル。Hound of Jolly Murder(愉快な殺人鬼の猟犬)シリーズの一機で、歩兵の全戦闘距離をカバーするために造られた、万能型第二世代機である。
早速、才は右背部のM134T 七.六二ミリガトリングガン〝メラク〟を脇から展開した。
「ゴートゥーザヘ~ル!」
間違った発音と文法を気にすることなく、才は毎分三千発を誇る凶弾の雨を、秀平へと撒き散らした。
「くっ―――!」
圧倒的な暴力を前に、秀平はサイドステップ――というより、真横に飛び込み、転がった。その跡を、無数の銃弾の雨が舐めていく。外装と同じく装甲化されているせいでデッキを貫通しなかったものの、大量の擦過傷が床面に刻まれた。
秀平はすぐに立ち上がり、つんのめりながらも船内—―才の真下へと駆けていく。それを追うようにガトリングガンの射線を移動させる才。普通ならば、秀平は蜂の巣にされていたはずだ。しかし、そうはなっていない。当たるか当たらないかのところでギリギリ回避していた。いや、させられていた、と言うべきか。
「おらおら、逃げろ逃げろ~!」
才は下衆な笑い声を上げながら、秀平を弄び始めた。
「この――!」
このまま逃げるだけでは気が済まない。連結されたカービン〝ルイテン〟で応射する。HMDに照準が表示され、FCSがケイトスの挙動から生る射線を補正しているので、回避にある程度意識を向けたままでも全弾が命中した。
が、キュンキュンと胸部装甲に弾かれ、明確なダメージは与えられなかった。
「こちとら重装甲なんだよ!」
叫び、才はメラクを仕舞った。代わりに、背中の大剣――JMW-3D成形炸薬剣〝ドゥーベ〟を引き抜いた。秀平が間もなく船内に消えようとしていたからである。
「おぅらっ!」
才は手すりに手をかけて下段のデッキに飛び降り、ウルサマヨルより繰り出される縦の斬檄が秀平を襲う。ちょうど人間一人分の、際どい隙間を縫うように、秀平は回避できた。そのすぐ後ろで、大剣〝ドゥーベ〟がデッキ床に叩きつけられ、爆発を起こした。
秀平はその現象を正確に把握できないまま、爆発の勢いでつんのめった。転びそうになるが、どうにか耐えて、勢いのまま船内へと駆けていく。
才は遠ざかる秀平を追うため、大きく刃の欠けた剣を背負い直す。
「あと三発……、使い方次第でプラス二発いけるかね」
このドゥーベは細かなブロックに分けられていて、それぞれに炸薬が仕込まれている対装甲兵器である。規定の衝撃を受けることで信管が起動し、指向性爆発を起こし、打撃方向に高圧のメタルジェットを生成する。モンロー・ノイマン効果を利用した格闘兵器であり、乱暴に言うならば爆発する巨大カッターナイフと形容できる。
秀平はすでに四十メートル先の丁字路へ差し掛かっていた。よって、才は左背部にある砲身を展開し、脇に抱えた。
M40-T 一〇六ミリ無反動砲〝ミザール〟。元々は車両に搭載(もしくは地面に設置)されるような三メートルを超える長さの砲であったが、MESの改修によってTelFでの運用のために短砲身化している。更に、砲にマガジンを取り付けることで、計三発の発射を可能にしている。
簡易照準の末、才はトリガーを引く。爆音と同時に砲弾が発射され、発射の反動を相殺するための後方噴射が舞い上がる。
その様を、秀平は振り返って見ていて、
(うあ、マジ!?)
驚嘆に眼を見開き、顔を引き攣らせた。HMDには『CAUTION:HEAT』とある。警告どころか、時速三五〇キロで発射された瞬間の画像解析から弾種を特定してくれていた。どうせ無反動砲が発射するようなものなのだから、榴弾に違いないことはわかっている。むしろ余計な不安を煽ってくれたなこの野郎、と言いたいくらいだった。
考える暇すらない状況なので、秀平は咄嗟に横っ飛びし、客室に飛び込んだ。そのすれすれを、無反動砲〝ミザール〟から発射された成形炸薬弾が通過し、十メートル先の丁字路、その壁に命中し、大穴を空けた。
発射のときとは比べ物にならない爆音と揺れ、衝撃波がフロア全体を震わせる。煙が一瞬で広がり、通路を満たしていく。
(さて……)
秀平は才の迎撃に頭を回転させ始めた。目には目を。二対の榴弾砲を喰らわせるか?
が、
『M777A2S CODE ERROR』
HMDに映し出されたのは、展開させようとしたディフダのエラーメッセージだった。
「さすがに二基一緒にダメってのはなしだろ」
原因はさっきの爆発か?それとも、ガトリングガンにでも命中したのだろうか?
なぜ故障したのかはわからないが、展開用アームの作動応答がない。これでは砲身を動かすことができず、咆口が正面を向かない以上、こんな巨大砲に価値はない。
残っている使用可能な武装は連結カービン〝ルイテン〟のみ。予備弾倉も含めてまだ弾数に余裕はあるが、ウルサマヨルはかなりの重装甲だ。狙うならば、背後から露出している後頭部を撃ち抜くしかない。問題は、どうやってそのような状況に持っていくか、なのだが。
足音が近づいてくる。才はすぐそこまで来ている。
「くっ―――!」
この船の客室には、船とは思えないほどの大きな窓が取り付けられている。窓外の風景を楽しめるような配慮だろうが、秀平はその窓に向かって銃弾を放ちながら飛び掛った。
才が部屋に突入したのと、バリィィン!と音がしたのはほぼ同時だった。
「飛び降りたのかよ」
何かが落ちる陰を見て、才はすぐさま窓へと向かう。その途上、ドダン!と何か重いものが落ちた音がした。才は身を乗り出して、窓から下を覗き込んだ。そこから、残った窓枠ごと強引に窓を破壊し、乱暴にガトリングガンを取り出し、真下へと照準する。
その下には、特徴的な二つの長い砲身や、小さなミサイルポッドが垣間見え――
その光景を見下ろすと、自ずと唇の端が吊り上り、ニヤリと笑った。
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