第10話 突入開始

 アルデバランは突撃の勢いのまま跳躍し、船体後方の広いデッキに降り立った。

 まずは警備状況を確認したいところだが、人っ子一人いない。乗客は逃げている最中だとして、警備はすぐに来ると見るべきだ。

(石田さんや松井君が来たときのために、派手に暴れておくかな)

 そう思い、デッキから内部の通路へ進んでいく。

 通路はおよそ幅二メートル、高さ三メートルといった具合で、暖色の絨毯と照明に、クリーム色の壁紙が張られ、豪奢な内装となっている。

 通路は二十メートルほど続いているだろうか。左右は全て客室で、木目の美しいドアが等間隔に並んでいた。

 唐突に、ドアが開く。

 ダンッ、と乱暴に開け放たれたドアから現れたのは、サブマシンガンを構えた黒服の男だった。とても客船のガードが持っている武装ではない。更に、タイミングを同じくして反対側のドアも開く。似たような男が同様の武装で銃口を向けていた。

 二挺のサブマシンガンから無数の銃弾が放たれ、アルデバランの装甲を打つ。

 しかし、重装甲を前に、九ミリパラベラム弾は無意味だった。装甲に弾かれ、薄い傷をつけるばかりで明確なダメージはない。それどころか、兆弾による一発が男の足を撃ち抜いた。当然、男は声を上げてよろめく。

 そのタイミングを見逃さず、優樹は腕を伸ばし、よろめいた男の首を掴む。そのまま振り返って男ごと腕を振り、もう一人の男薙ぎ倒した。ただし、首は放さない。

 サブマシンガンは二挺とも、ぶつかった衝撃で落としていた。それを確認し、首を掴んだ男を壁に押し付け宙吊りにする。倒れた男へは左足で頭を踏みつけた。

「警備状況は?全部で何人いる?」

 優樹は首を掴んだ男と足蹴にした男、二人に問いかけた。

「ハッ、誰がさべるか」

 その発音に、優樹はひっかかりを覚えた。イントネーションを含めて加味するに、アジア系であろう。

「どこの人間だ?まさか北朝鮮じゃあるまい?」

 男はただ暴れるだけで、問いに意識は向いていない。

「お前ら、何人いるんだ?」

 男二人を腕と足で押さえながら、警備状況について聞き出す。しかし、男の目は頑なだった。

「さっさと教えろ。なんなら、お前ら二人、教えてくれた方を助けてやってもいい」

 男の表情は変わらない。よほど飼い主に従順か、もしくは首を締め上げられて余裕がないだけか。試しに手にこめた力を少し緩めてみる。ついでに足も。

「びゃくに…、だ!」「なな…ずうにん!」

 二人の男は我先にと口走った。その内容は優樹にとって実に無意味だったわけだが。

「言ってることが違うが、まぁいい」

 緩めていた力を更に緩める。拘束が緩まり、小さな安堵の溜息が聞こえた。

「――やっぱり、お前らは信用ならないな」

 足を振り上げ、一気に振り下ろす。

 バギャグリ―――

 頭蓋骨が砕け、下顎が肌を突き破った。脳がひき潰され、眼球が弾ける。優樹が足を除けると、血と脳漿が絡んだ髪の毛が床にへばりつき、シミを広げていた。

 ひぃっ、と首を掴まれた男が悲鳴を上げ、惨状に恐怖する。

 眼を見開き、顎を震わせ、ズボンを失禁に濡らす。

 惨めだな、と優樹は思った。

「もう一度聞こう。これが最後だ。警備状況は?何人いる?TelFもあるのか?」

 男は答えない。答えられない。惨状が自分の未来と重なり、言語を発するどころか、思考すらまともに働かない。

「役立たずが」

 そう吐き捨て、優樹は一気に首を握りこんだ。メリメリと、アルデバランの指が男の肌に食い込んでいく。

「ジ…ォォ…ミ……」

 締め上げられた状態で、苦悶の声を、母国語で助命の懇願を口にする男。だが、それは無意味だった。

「莫迦を言うな」

 優樹は更に力を込めていく。じわじわと、死を与えていく。

「そもそもお前を生かす気など、毛頭ない。だって、そうだろう?」

 バシュッ、と鮮血が噴く。頚椎をせん断し、肌を喰い破った指を緩める。

金を貰って人を殺す人間虫けらを殺すのに、何の躊躇いが生まれるって言うんだ?」

 どさり、と乱暴に床に倒した男を見下ろし、優樹は言い放つ。

「なら、そいつらに遜る手駒それ以下のゴミクズを始末するのに、理由すら必要ないはずだ」

 優樹は無惨な骸を無視し、船内奥へと進んでいった。


 優樹と異なり、秀平は船首から乗り込んでいた。ただし、アルデバランのようにブーストダッシュの勢いで飛び上がったのではなく、左右手首に装備されているアンカーガンを使ってじ登ったのだった。

 デッキに降り立つと、すでに警備の人間がうじゃうじゃと集まっていた。ざっと二、三十人はいるだろう。各々銃で武装しており、人数と同数の銃口が、秀平に向けられようとしている。

 秀平は背中から、長大な狙撃ライフル――ではなく、二梃のカービンライフルを取り出した。それらはグリップで二つの銃を繋いだ特異な、コの字型の形状で、四つの銃口が、集まった警備の人間たちに向けられた。

 C8―7SA1ルイテン。

 室内戦闘を想定し、短銃身にしたM4カービンの派生品である(原形はほとんど留めていないが)。

 本来、ケイトスは後方からの支援機であり、アウトレンジからの砲支援を第一に設計されている。そのため、室内での戦闘など考慮されていない。今回はそんなケイトスの室内戦闘データ取得という、(里平の処分という第一目標に次ぐ)第二目標が設定されていた。

 多数の銃口が秀平を狙うが、それよりも早く、ケイトスの背部に背負われた長大な二砲身――M777A2S 四〇口径三〇ミリ榴弾砲〝ディフダ〟が両脇から展開され、発砲する。

 ドウンッ、と小口径榴弾が発射され、警備の群衆へと飛び込んでいく。人には当たらなかったが、デッキに面した大きなガラスを突き破り、壁に衝突して爆発を起こした。室内で起きた爆発が、突き破ったガラスという逃げ道に向かって衝撃を収束させ、一気に爆ぜた。衝撃波により、警備の人間は次々に吹っ飛び、無事な人間も大きく怯んだ。

 その隙に、秀平はルイテンの四銃身を持つ両腕を左右に広げる。そして、抱擁するように、ゆっくりと中心に向けて腕を動かしていく。その間、指はトリガーを引いたままだ。ルイテンは急遽既製品を改修しただけの銃で、吐き出すのは五.五六ミリNATO弾、元々は毎分七五〇発の発射能力を有している。マガジンも改修され、一銃身につき二八〇発の銃弾が装填されている。それを可能にするため、銃本体に背びれのように大型のマガジンがいくつも並んでいるのである。

 掃射を受けた警備の人間たちは、銃弾の雨を受けて次々と、まるでドミノ倒しのように倒れていく。赤く舞う鮮血を散らしながら、時に白いテーブルに、時に掃除の行き届いた床に紅の斑点を作り、最終的に大きな水溜りを造り上げる。

 腕が自身を抱くような状態になって、秀平はトリガーにかかる指を緩めた。硝煙が視界を塞いだため、数歩前に歩み出す。

 周囲を見渡し、自分以外に立っている人間がいないことを確認する。

「さてと、じゃあ、行くかな」

 秀平は船内に向けて、さらに足を踏み出し

「ダハハハハ、すっげー」

「―――っ!?」

 突然の声に、足を止めた。

 

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