第8話 牡牛の猛撃

 午後六時を回った頃、すでに周囲は暗く、群青の空は闇を広げつくしている。

 品川区の一角にある、広大な敷地を持つ『関東第一病院』は、MESのグループ会社が持っている医療機関である。こんな時刻では、来院者は少ない。中に居るのは医療従事者と入院患者くらいであろう。

 和也は考えた末、ここに足を運んでいた。

 こんな組織に身を置いてはいられない。しかし、離れることは妹の香奈を見殺しにすることになる。だから、組織への離反には、香奈の奪還が最優先事項であった。

 あの悲惨な事故から数ヶ月。外傷の治療は終わっているはずだ。どうして眠り続けているのかはわからないが、ここではなく、他の医療機関で診てもらい、人質になっている状況を変えねばならない。

 面会時間はとうに過ぎている。入り口には警備員が立ち、腰には特殊警棒が挿してある。もう少し早い時間になれば堂々と正面から入って妹の病室まで辿りつけるのだが、悔やんでも仕方がない。どうせ明日来たとしても、昼間の厳重警備の中を進むのでは、どちらにしろリスクが高い。

 物陰でベルトとカードを出してゼロを装着。瞬発力に優れたランツェフォルムとなる。槍は邪魔なので収納状態にしてある。

 跳躍。

 一跳びで五メートルを優に超える垂直跳びで、上階の窓枠や雨樋の僅かな隙間に手足をかけて、高層の病棟を登っていく。ベランダがない構造なので、一苦労だ。

 八階に到着。ただし、入り口はない。普通は外に非常階段を造るものだが、この建物にそんなものはない。消防法に抵触しそうだが、今はそれを気にしても仕方ない。

『Hammer form open. Ratchet Hammer, activate.』

 黒衣の重装甲形態へと変身した和也は、巨大な大槌ラチェットハンマーを呼び出す。壁のスリットに左手の指だけで全体重を支えている不安定な状態だったが、構わずに大きくハンマーを振りかぶり、外壁に叩きつけた。

 ゴォォォォォン!!

 建物全体が揺れたのではないかという振動と轟音が発生した。その結果、厚さ二十センチ以上ある鉄筋コンクリートが、内部に仕込まれた厚さ三センチの高炭素鋼圧延材ごと破壊された。結果、直径七十センチほどの穴ができ、和也は内部へと侵入を果たした。

 横を見上げ、部屋番を確認。八○八号室。香奈のいる八○六号室は目の前だ。

「待ってろ、香奈……」

 下の階では騒ぎが起きている。いずれここにも人が来るだろう。

 早足に、和也は廊下を進み、八○六号室の前に立つ。ドアに手をかける。

 と、一歩を踏み出した瞬間――

 轟っ!という爆音を聞いた。

 そう感知したと同時、まるでトラックに撥ねられたかのような衝撃に襲われ、和也は先ほど空けた大穴のある壁へと激突した。それに留まらず、壁一面が衝突によって砕け散り、和也は地上二十五メートルから地面に叩き落された。

 ドオォォォン―――――

 まるで砲撃でもあったかのような衝撃音に、落下地点はアスファルトが砕け、直径二メートルのクレーターが出来上がった。

肺の中の空気が全て吐き出され、全身が強かに打ち付けられた。普通の人間なら間違いなく死んでいるはずの衝撃だが、薬物と外科処置で強化された骨と筋肉・内臓に加え、TelF装甲の緩衝作用、さらには和也自身の受身によって、比較的軽傷で済んでいた。

 和也は起き上がろうと首を上げるが、何者かに顔面を掴まれ、後頭部を地面に打ち付けられた。さっきから、『こいつ』が上に覆いかぶさっていたのだ。

 赤い重厚な装甲は、もうロボットと表現したほうが的確であろう。肌の露出は皆無だ。まず目に付いたのは、額からまっすぐに伸びた長い角だ。眼の部分には緑色のセンサーアイがあり、和也をじっと見下ろしている。和也を抑えている左腕には三銃身のガトリングガンが装備され、右手にはリボルバー拳銃のシリンダと、それに連結された大きな杭。両肩は不自然なほどに大きく、頂点を正面に向けた五角柱型をしている。

 見覚えがない。ゼロのAIが自動で機体照合をかけた。ゼロの中にあるデータの中から、該当する機体がないかを検索する。

『該当あり』

 顔面を覆うゴーグル――HMDに、情報が表示された。

『The first generation TelF, YMT-1 ExtraMass. IFF:Friend』

「第一世代、TelF…エクストラマス?」

 旧式の、恐らく十年近く前の機体のはずだ。しかも、識別はFriend――僚機であることを示している。

「情報が古いな」

 男のくぐもった声が、赤い機体から発せられた。

「正確には、YMT-1AE、アルデバランだ。試作機で悪いがな」

 そんなことはどうでもいい。

 和也の率直な意見だ。誰であろうと、俺の邪魔をするならば容赦はしない。

 その思いで振り解こうとするが、身体は言うことをきいてくれない。

「無駄だ。このアルデバランは戦闘重量で八百キロ以上ある。いくらハマーでも、これだけの重量はどうにもならない」

 そんな説明を受けても、和也はもがいた。だが、動く気配など微塵もない。

「無駄なことはやめろ。石田さんも狙っている。俺を振り払えたところで勝機はない」

 それを聞いても、和也の行動指針は変わらない。ここをどうにか切り抜けて、妹を連れ出す。MESの言いなりにならないために。

「それに、お前は時間をかけ過ぎた」

 周囲には、いつの間にか警備担当の人員が集まっていた。皆、『事情を知っている』人間だ。手にしているのは国内ではなかなか見かけることのできない大口径拳銃やアサルトライフルだ。和也にとってはものの数ではないが、数による威圧感は否めない。

「詰めが甘いね、松井君は」

 アルデバランからのくぐもった声に、和也は直感した。

「武藤さん、ですか?」

「正解。残念ながら、賞品は出せないけどね」

 イメージがそぐわない。優樹はもっと、中で研究職だけしているだけのインドアな人間だと思っていたからだ。

「同じモルモット同士だ。心情は幾許か察しよう」

 そう、つまり、優樹は和也と同じ、薬物と外科措置によって身体を強化された人間であるということになる。彼とのこれまでの会話を思い返してみても、そんな素振りなど見えなかった。素っ気無さ過ぎる。自分の体のことなど考えていないかのように。

「なんで、武藤さんは、そんな身体でこんな境遇を持ち合わせていながら、平然と従っていられるんですか!?」

 思いの丈をぶつける。優樹だって装着者である以上、何かを失い、思った末にこうしてMESにいるはずなのに。

「理由はない」

 あまりにも無味簡素な、答になっていない回答だった。

「これが今の生だ。ならば、それに殉じてみてもいいと思った。それだけだ。松井君こそ、いつまでも子供のわがままみたいに拗ねてないで、落ち着いたら?」

「大人しく言うことを聞くのが、大人だっていうんですか…!」

「できることとできないことの分別をつけろ。そう言いたいんだけどな」

「初めから無理だからって諦めるのなんて、嫌ですよ」

「それを含めてできるできないの判断をしろと言っている。無計画にやりたいことだけやってるうちはまだ子供だよ」

 問答を続けるも、やはり優樹からの回答は要領を得ない。抽象的というか、言うことがいちいち難しい。なんでもっと簡単に言えないのかと苛立ちさえ覚える。

〈武藤君〉

 二人のやり取りを中断したのは、無線越しの秀平の声だった。

〈こっちに近づいてくるターボシャフトエンジン音を確認〉

「もしかして、他社、ですか?」

〈多分ね〉

「距離は?」

〈一キロ切ってる。高度も尚降下中〉

「撃ち落す……わけにはいかないですよね」

〈協定あるからねぇ〉

 MES、SFT、KDI、CTVの四社間にはいくつか協定が結ばれている。その中の一つに『製品同士の現地競合実地試験において、当該製品以外への故意の危害を禁じる』というものがある。つまり、投入戦力以外のものを無闇に傷つけるな、ということだ。

〈接近するヘリは二機。多分CTVだと思うけど〉

「わかりました。こっちで松井君と対応します。バックアップをお願いします」

〈わかった〉

「というわけだから、協力してもらうよ、松井君」

「その隙に逃げたらどうするんですか?」

「ないね。君は俺たちのことを最低の人間だとか思っているだろう?もしここで君が逃げれば、戦闘で周囲に被害が出るかもしれない。協定があるとはいえ、CTVが来るってことは生物兵器バイオウェポンが来るって事だ。警備担当が犠牲になるだけじゃ済まないかもね」

〈来るよ〉

 説明の途中で、ヘリからの降下が始まった。パラシュートが展開され、二つの塊が落下してくる。

 一つは、二.五メートルにも及ぶ巨大なゴリラ。

 一つは、三メートル四方のコンテナ。中からは飢えた狼の如き唸り声を上げる半機械のドーベルマンが六匹。

 それらが和也と優樹、そして病院の警備担当たちを二方から挟み打つように落ちてきた。

 直後、巨大なゴリラがすぐ目の前にいる警備担当の一人を、巨体に似合わぬ俊敏さで捕まえた。胴体と足を持ち、頭上に持ち上げ、そのまま力の限り引っ張った。「あ゛ぁぁぁぁぁ!」と喉を引き裂かんばかりの叫び声が上がる中、胴体が引き千切れ、上半身と下半身は相反する方向へと投げ飛ばされた。ついでに血と臓物が飛び散り、夕闇のアスファルトに別の暗色が広がった。「ひいっ」と、口々に悲鳴があがる。

「力のある君がそれを理解した上でここを放棄すれば、もっと犠牲が増えちゃうね」

 優樹はその惨状に、声色を変えずに告げた。

「そうなれば、松井君は晴れて俺たち『人でなし』の仲間入りだね」

「ああわかりましたよ!」

 そこまで言われて、和也は半ば自棄やけになって言った。

 アルデバランの巨体が立ち上がり、和也の上から退いた。和也は立ち上がり、諦念と微かな苛立ちを込めて尋ねる。

「で、どうすればいいんですか?」

「松井君はどっちを相手にしたい?」

 問われて、和也は改めて二方向を見た。

 巨大なゴリラは目が血走っている。腕や脚は丸太のようにがっしりと太く、人間を腕力だけで引き千切ったことも頷けた。鋭い牙を覗かせる大きな口から、咆哮が発せられる度に、生きた心地がしないほどの迫力があった。

 犬の方は、両前足が機械で、頭部の顎から上半分も機械だった。大きさは一回り大きなドーベルマンだが、唸りながら距離を詰めようとする様が凶暴性を物語っていた。前足にはナイフのように巨大な爪があり、鋭い歯にいたっては、上が金属で下が生身の牙という、異様な風体だった。

「ちなみに、『どっち』って聞くってことは、犬は六匹全部相手にするんですか?」

「だって弱そうじゃん」

 平然と優樹は言うが、あんなあからさまに凶暴そうな犬を「弱そう」と称せる気概が和也には信じられない。だが、確かに倒しやすさで言うならば、ゴリラよりも犬かもしれない。見た目は巨大凶暴ゴリラだが、生物兵器バイオウェポンである以上、何が仕込まれているかわかったものではないと判断したからだ。それは犬も同じかもしれないが、どちらかといえば体重の軽い方を選びたい。

「……じゃあ、犬で」

「オッケー。石田さん、松井君のフォローお願いします」

〈うん、わかった〉

 周囲に展開している警備担当には後方に下がってもらう。敷地内の封鎖をしてもらわなければならないし、居ても余計な犠牲が出るだけだとの判断だった。

 和也はカードをバックルに読み込ませる。青い装甲のシュベルトフォルムになって、波打つ刃の剣であるテンションソードを構える。

 優樹は左腕の三砲身ガトリングガンをゴリラに向かって突き出す。

 秀平は屋上から、狙撃銃メデューサを、眼下の犬たちへ向ける。

 各々は臨戦状態となり、獣たちもそれに応じるように唸り声を上げ、殺気を奮わせた。

 風が凪いだ。それが、戦闘開始の合図となった。

 犬たちが和也に向かって駆け出す。和也はテンションソードを構え、応じた。

 一匹が跳躍し、喉笛に喰らいつこうと大きく口を開けた。異常なまでの俊敏さであった。金属と生身が半々の、異様な牙が迫る。

 しかし、移動速度の上昇したシュベルトフォルムのゼロはそれを凌駕する速度で身を翻し、長剣を振り抜いた。

 犬の胸が、ズタズタに引き裂かれた。アバラが切断され、心臓と肺、横隔膜が餌食となり、血糊と裂かれた臓腑が飛び出した。

 二匹が新たに飛び掛る。

 和也は振り抜いた長剣を返す刀で振り上げ、犬の右前足と右後足を切断。上に振り上げた勢いを回転の勢いに利用し、もう一匹の胴体を輪切りにした。

 和也の視界が真っ赤に染まる。

 その一瞬の隙を突くように、残り三匹が一斉に飛び掛った。

 ゼロの高速斬戟が一閃。

 横薙ぎに振るわれた刃が犬の顔面を切り裂く。

 はずだった。

 ガキィン!という衝撃を伴う甲高い音がした。決して生き物を切り裂いた音ではない。

 犬の一匹が、剣に噛み付いたのだ。それを振り払うために大きく剣を振るが、放れる様子はない。それどころか、ギギギギギ、と嫌な軋みの音がして――

 テンションソードが噛み砕かれた。

(嘘だろ……!)

 破片が地面に落ちるよりも早く、別の二匹が左右から飛び掛る。

 剣を砕かれて動揺し、不安定な体勢となった和也に、対処する術はない。いかに高速機動が可能なシュベルトフォルムでも、眼前一メートルに踏み込まれた状態では、完全な回避など不可能だった。

 せめて装甲部分に噛み付かせようと身体を捻る。

 が――

 ヒュン――シュン――

  ドチャ――グチャ――

 空中の犬が、二匹とも地面に叩きつけられた。一匹の胴体には大穴が空き、もう一匹の頭部は欠落していた。

 秀平による、屋上からの狙撃だった。

 最後の一匹が飛び掛った。剣を噛み砕いた狼だ。

 これは、和也にとっては咄嗟の反撃だった。カードスラッシュする暇もなく、剣は折れたまま。なので、充分に引き寄せた状態から、大きく、けれど鋭く右足を跳ね上げた。

 上段回し蹴りが、犬の左側面に激突し、半機械の体が地面を滑っていく。決して致命傷には届かなかったが、秀平の狙撃により、胸部を撃ち抜かれてトドメをさされた。ついでとばかりに、右足を切り落とされながらももがく最後の犬の頭を見事に撃ち抜き、秀平は自慢げに鼻を鳴らした。


 ガトリングガンによる七.六二ミリ弾の雨は、ゴリラに致命傷を与えるには至らなかった。命中の度に声が上がるものの、剛毛と分厚い筋肉の壁に弾が阻まれてしまうからだ。

(高分子材、鎖状組成材料の移植か……?)

 唸り声を上げていることから、幾分かのダメージは通っているようだったが、恐らくエアガンの命中くらいの痛みだろう。それを受け続けて死んでくれる見込みはない。

 よって、優樹は射撃を中断した。

 それを見計らい、ゴリラが猛進した。

 ドンドンドンと地響きにも似た足音が、アルデバランの装甲越しに伝わる。当初は二十メートル近くあった間合いが、巨体に似合わぬ俊敏さで縮まっていく。

 丸太のような豪腕が、アルデバランの赤い装甲目掛けて振るわれた。両腕をクロスさせて防御体勢を取るが、八百キロを超える重量の機体が、二メートル近く後方に吹っ飛ばされた。

 さらに追い討ちとばかりに一歩を踏み込むゴリラ。

 しかし――

「自分から飛び込んでくるなんて――」

 優樹は右腕を引いた。そこに装備されている『杭』を使用するために。

「ここは、俺の距離だ!」

 ガコン、と右腕に装備されたリボルバー拳銃のシリンダのような部品が起動する。直径四センチほどある巨大シリンダには、六発の弾が入っている。ただし、そこに詰められているのは火薬ではなく、大容量のコンデンサだ。マジックペンよりも一回りほどの太さと長さのコンデンサカートリッジが、受電部分に回路接続された。

「貫く!」

 引いていた右腕を、ゴリラに向かって突き出した。突き出した右腕、その先端の杭が、分厚い胸板に突き立てられる。だが、杭は一ミリも食い込まない。それほどまでに強靭な肉体を、ゴリラは有していた。

「エルナト!」

 右腕シリンダ内に装填されているコンデンサが蓄電していた電力を一瞬にして開放する。ローレンツ力により、突き立てられた杭が内部で紫電を発しながら物凄い勢いで飛び出した。

「ゴァォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 ゴリラが絶叫を上げる。

 時速七百キロメートルという速度で打ち出された鍛造杭は、ゴリラの胸板を打ち破り、胸骨と肋骨の一部を破壊。そのまま心臓を打ち抜き、右心室を破裂させた。

『RVS-X1 電磁破城槌〝エルナト〟』

 アルデバランの主兵装たる、電磁気力を利用した杭打ち機。

 どんな装甲であろうと打ち貫くことを求めた結果生まれた、牡牛座の角の星と同じ名を持つ対装甲兵装である。

 胸から杭を――右腕を引き抜くと、噴水のような流血がアルデバランの装甲を染めていく。赤い装甲の上から降り注ぐ、紅の血潮。その光景は、竜を退治したジークフリートを彷彿とさせるが、英雄を語るには、金属の装甲や武装は無骨過ぎた。

 ゴリラがドスン、と巨体を横たえた。

 優樹は振り返り、その光景を見ていたらしい和也を見た。

 和也にはなぜか、顔面を伝う鮮血が、血の涙に見えていた。


「さて、松井君」

 アルデバランの巨体が、徐々に和也へと近づく。

「体を動かしてリフレッシュしたところで、大人しく帰ってきてくれるかな?」

「自分は……」

 赤い巨人に向かって、和也は拳を握り締める。緊急時だから共闘したが、それももう終わりだ。何を言われようが、こんな組織にいることなど認められないのだから。

「こんなところに、もういられません」

「そう。じゃあ、しょうがない」

 決別の言葉を聞いても、優樹のトーンは変わらない。

「石田さん、胴体さえ残ってればいいです。手足の一本くらい吹っ飛んでも構いません」

「―――っ!」

 冷徹な宣言に、再び和也の中に緊張が駆け巡る。

〈わかった〉

 秀平は和也の青いボディを照準する。

 和也は思案した。どうするべきかと。

 妹の香奈は、今連れ出さなければならない。後日改めて、などとは言っていられない。その間に何をされるかわかったものではないからだ。

 しかし、現状に勝機があるかと問われれば、首肯できない。

 目の前には旧式のカスタム機とはいえ、強力なTelFが立ちはだかり、屋上からは常に狙撃の対象になっている。ハマーフォルムの装甲で押し切るのが堅実だが、あの杭打ち機に耐えられる保証はない。

 アルデバランを打ち倒し、遮蔽物を使ってケイトスの狙撃から逃れ、建物内に突入する必要があるのだが、果たしてそれができるかどうか。

 和也はデータバンクから二機のTelFのデータを引き出した。

 SIS-2ケイトス。電子戦・後方支援型。高度な電子対策ECM対電子対策ECCMを搭載。高い耐電磁パルスEMP性能を持つ。固定武装はM9092二連装短射程迎撃マイクロミサイルポッド二基、M777A2S 四〇口径三〇ミリ榴弾砲〝ディフダ〟二門。更にセミオート狙撃銃 バレットM82A4〝メデューサ〟。火力は申し分ない。

 YMT-1エクストラマス(データが古いのでカスタム前の機体を参考にするしかない)。見ての通り重装甲・重火力が売りの機体。武装はGAU-8SアヴェンジャーⅣガトリングガン(しかしアルデバランは銃身の数が少なく長さも短い)、RS-X5A1炸薬型装甲貫通杭〝バンカー〟(これも微妙に違う)、M2700六連装マイクロミサイルランチャー×二門(これは見たことがない。恐らくあの巨大な肩部がそうなのだろう)。

 考えた末、和也はカードを取り出す。瞬発力と空間認識力が向上された紫の装甲、ランツェフォルムとなり、長槍ゲージランスを構えた。

 ゆっくり歩いてくるアルデバランまでの距離は、おおよそ三十メートル。それを一気に詰めるべく、和也は体勢低く飛び出した。同時にアルデバランが左腕のガトリングガンを突き出し、ケイトスの狙撃銃がほぼ真下を狙い撃つ。

 不規則に動き続けていれば、メデューサによる狙撃はどうにかなるだろう。ケイトスの他の武装では、威力があり過ぎてアルデバランまで巻き込んでしまうため、使用は考えにくい。

 アルデバランの機関銃は厄介だが、高速回避機動でどうにかできないこともない。右腕の杭打ち機も、槍の間合いでは届くまい。あとは、あの異様に大きな肩が気になるが、旧来機はミサイルが格納されていた。他の武装は細かく変わっていたが、本質は同じだった。ならば、あの肩に収められている武装も、恐らく誘導弾のはずだ。ならば、懐に踏み込みさえすれば、近接戦闘でミサイルを撃つなどという暴挙は犯さないはずだ。発射した本人まで巻き込んでしまう。

 上からは毎秒三発ずつ狙撃され、正面からは機関銃による銃弾の雨に晒される。しかし、距離はすぐに縮まった。お互い、すでに十メートル圏内にいる。あと三歩でゲージランスの射程に入る。和也は槍を、横薙ぎに振る構えで間合いを詰めた。

 あと五メートルを切った。

「それは間違った選択だ」

 そのとき、優樹は憮然と告げた。

 アルデバランは肘を曲げ、肩を張った。

(なっ!?まさか……!)

 有り得ない。この距離でミサイルなど撃てば、撃った本人まで爆発に巻き込まれる。

 両肩装甲の正面が、上下に展開されて中身を晒す。ただし、中から出てきたのはミサイルではない。細かいケースに入れられた、黒くて細かい金属球だった。

「これだけの弾幕、抜けられないぞ!」

 無数の細かい金属球が、和也目掛けて飛び出した。

 M18C近距離殲滅用破砕兵装〝プレアデス〟。指向性散弾地雷と同様、一方向に無数の金属球を打ち出す兵器である。撃ち出される金属の直径は18ミリ。全てタングステン製の特注品である。

 和也には、数百の金属の雨をかわすことなどできない。それは、降りしきる雨を全て避けることに等しいほどに不可能であった。

「ちく……しょう……」

 全身を強かに強打され、装甲が凹み、生身の部分を庇うことで精一杯だった。

やがて、和也の意識は遠のいていった。

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