第4話 ジャンパー
昼食を終え、和也は都内散策に出た。
その辺を歩いている間に強奪されたジャンパーから爆破されたりしないだろうかと不安に思ったのだが、竜胆寺曰く、「生身の人間吹っ飛ばしたところで意味はない。『松井和也』を殺すことに意味はなく、『MAZ-0』を破壊したという事実が大事」だから気にすることはない、と言われた。
どうも納得できないまま、和也は湾岸部の資材置き場に到着した。
人気はない。広大な土地ということもあるが、業者がいるかどうかも怪しい。
今和也が立っているのは見晴らしのいい平地だ。二百メートルも進めばがらんどうの倉庫や簡易な建屋がいくつも見えるが、仕掛けてくるならば、和也の目の前に出てこなければならないはずだ。
(いや、待てよ……)
ここに来て、初めて思い至った。
仕掛けてくるのはジャンパーだけなのだろうか。SFTもそうだが、KDIやCTVだって来るかもしれない。
しかし、そんな心配を他所に、変化は訪れた。
ブォォォ――――ン!
エンジンを吹かした音が、広い構内に響き渡った。
咄嗟に、和也はベルトを填め、カードを手にする。
『Turn up. Complete. MAZ-System, starting up. Hammer form open.』
漆黒の装甲を身に纏い、和也はゼロを装着する。
『MAZ-2A1, activate.』
次いで、別のカードをベルトに読み込ませ、黒曜石にも似た光沢を見せる大型バイクを出現させた。
騎乗し、振り向く。
すると、百メートル先に、赤とオレンジの装甲を持つTelFが、鮮血の紅を思わせる大型バイクに跨っているのが見えた。
ゼロの光学センサーが自動的に対象を拡大表示する。
多角的な装甲形状で、顔面には大きなバイザーとヘッドギア。纏められた髪はアップにされ、雰囲気からも女だとわかる。
睨み合いは、ほんの数秒だった。
女のバイクが急発進・急加速で迫ってきた。
一瞬遅れて、和也も一気にスロットルを開ける。機体の高性能と絶妙なクラッチ操作により、爆発的な発進を得たマシンは対向する紅のマシンへと駆け出した。
百メートルの距離は一瞬で縮まった。
女がウィリーし、前輪を掲げる。
対抗し、和也も前輪を跳ね上げた。
ガン!!と衝撃が両者を襲う。ダンパーなどでは到底減衰しきれない衝撃に、しかし両者は怯まない。前輪を頂点に交錯させ、二台のバイクが静止する。
が、それも束の間、互いが左右に分かれて着地すると、今度は後輪を跳ね上げ、互いに衝突させた。
今度はホイールがぶつかり合い、甲高い音が響く。
一瞬弾けた火花が散ったと思った頃には、着地した二人はバイクを走らせ、十メートルほどの間合いを取っていた。
じっと睨み合いが続くかと思われた。
しかし、和也はすぐに思い出す。HRNシステムのことを。
慌ててバイクを蹴るように跳躍する。
それと同時に、バイクが爆ぜた。
(あぶなっ!)
和也が跳躍して、ちょうどコンマ五秒後の爆発であった。
体が爆風に煽られる。
だが、和也もただではやられない。すでにその右手には新たなカードが握られていた。
『Gewehr form open. Cramp Gun, activate.』
着地と同時に装甲が緑へと変わり、大型拳銃クランプガンを構え、発砲する。
慌ててジャンパーの女がバイクを蹴って跳躍した。
女には当たらない。しかし、右ハンドルを吹っ飛ばすことに成功した。続けざまにさらに二発発射すると、一発は前輪、もう一発は燃料タンクに直撃し、爆発を起こした。
炎と黒煙が、和也と女の視界を遮るカーテンとなった。
視界が確保できなければ、発砲に意味はない。
しかし、このままじっとしている愚は犯したくない。
和也は視界の確保のために、颯爽と駆け出した。
SFTの一室で、二人の男が会話している。
「どうですか、彼女は?」
「戦果は上々、ですかね」
二人とも、まだ三十歳前後といった風体だが、所属する研究室ではナンバー1と2の人間である。
「彼女の服従程度は?」
「問題ないでしょう。父は服役中。母も病弱で入退院を繰り返している。弟は中学三年の秀才で、私立進学校を薦められている。しかも、その父親には四千万の借金がある。この状況下で、我々の援助を断るのは、よほど当てがあるのか、もしくはただの莫迦だ」
ジャンパーの装着者は、まだ十九歳の女子大生だ。大学を辞めて働いたとしても、月に得られる収入はたかが知れている。仮に昼は会社、夜は身体を売ったとしても、家賃・食費・光熱費・治療費・弟の塾・借金、それら全てを
父親が冤罪で逮捕され、突如告げられた巨額の借金。潰したくない弟の将来。それらの重圧に押し潰されそうになった少女を、SFTの人間が声をかけたのが一週間前だ。
彼らは告げた。自分たちに協力するならば、金の問題をどうにかすると。
半信半疑だった少女は、結果、藁にも縋る思いで承諾した。
すると、その場で小切手が渡された。額面は『\10,000,000』。前金だという。
次に彼女が訪れたのは、手術室。簡易的な外科処置と、投薬だそうだ。恐ろしかったが、家族のために涙を飲んだ。措置が終わると、『\5,000,000』の小切手が渡された。
それから、彼女は『MAZ-3X』の装着者となって戦うことを告げられた。
たった三日間の訓練だったが、初陣のCTV製の
そして、MESのTelFであるTNK-4を撃破した際に、『\3,000,000』を受け取った。
何かを壊す度、誰かを殺す度に、金が支払われた。MAZ-3X装着時には、ある程度気が昂ぶるものの、恐い事には変わりない。装着状態を解くと脚が震え、嘔吐し、涙が止まらない。
それでも彼女が戦ってこられたのは、家族の為という意思と、恋人の存在だった。
SFTから、いくつか契約条件が出されていた。その中の一つが、学校を辞めたり、アルバイトを急に増やしたりしないこと。そして、人間関係も崩さないこと。
会社側からすれば、周囲に彼女の変化を気づかせないことが重要であると考えた結果だったが、果たして、彼女の意思はその条件によって、崩壊せずにいられた。
「大丈夫ですよ。彼女は死ぬまで我々に尽くしてくれます」
不適な笑みを浮かべながら話すナンバー2の男。彼はぼそりと、最後に呟いた。
「彼女の意思など、関係なくね」
戦況は、一言で表すならば膠着していた。
別に睨み合っているわけではない。二十メートル以上離れた状態での、和也と女の大型拳銃による射撃戦の応酬が、かれこれ十分以上続いているのだ。
お互いに被弾なし。装弾はカードスラッシュにより瞬時に行われ、弾薬が尽きる兆しもない。ただし、両者とも気力だけが、若干ではあるものの、じわじわと削られていた。
距離があるため、決定打を打てない。これが、現状を『膠着』と呼ぶ所以である。
撃たれるとわかっている状況下での射程二十メートルは、距離がありすぎる。数百メートル離れている移動する標的を狙撃できるのは、相手が「自分が撃たれる」などとは思っていないからだ。単純行動ならば軌道が読め、狙撃目標の進行方向に照準を補正できる。
しかし、銃撃戦、しかも武器がセミオート射撃のみであった場合、それは当てはまらない。銃口の向きとトリガーにかけられた指の動きで、弾道と発砲タイミングがわかってしまうのだ。無論素人には無理な話であるが、TelFのシステムが優秀なため、回避タイミングの指示が出るからこそできる芸当だった。
だからといって、和也は踏み込めない。
敵による爆弾の転送から出現までは、三.八八秒。同じ場所に居続けなければ、体内に仕込まれることはない。
しかし、転送をトラップに使われないだろうかと考えた。
例えば、体内に仕込まれなくても、付近に出現した爆弾によって、爆発に巻き込まれないだろうか。
そんな余計な不安が、和也を今一歩踏み込みさせずにいたのだった。
ゼロを装着すると、感情が薄れ、かつ興奮状態になる和也だが、その精神状態でも、恐怖や畏怖といった感情は顕在しているのだ。
されどまた、状況を変えなければならないと思っているのも事実。
銃撃戦を繰り広げながら、考え続ける。この状況を打破する方策を。ただ無為に時間を過ごし、相手が
ハマーフォルムは駄目だ。防御力は高いが機動力に欠ける。
シュベルトフォルムも駄目だ。近づいたら、という不安が払拭しきれない。
新兵器のランツェフォルムに賭けるか?いや、未使用の、特性を理解できていないものに賭けられるか?リスクはシュベルトフォルムと変わらないか…?
あれこれ思案していると、思いも寄らないところから転機が訪れた。
バララララララララララ――――――――――!
女の足元に向かって、無数の銃弾が襲い掛かったのだ。
女は飛び退き、難を逃れた。
それを、和也は見逃さない。誰が撃ったのかはわからないし、見当もつかないが、これを見逃す手はない。
瞬時にゼロのFCSが女の頭部をロックする。普通銃撃は胸部と頭部を狙うが、必殺を誓って頭部に狙いを定めた。なにせ、ゴーグルとヘッドギア以外に身体を守ってくれるものはないのだから。
発砲。
銃声と共に、一六.七ミリパラベラム弾が女の眉間へと迫る。急襲されたことに驚き、女は反応が遅れた。直撃コースだ。
女はどうにか回避を試みる。必死に頭を横へ振った。
甲高い音が響いた。結果だけ言えば、銃弾は命中した。
ただし、ゴーグルの側面を撃ち抜いただけで、肉体に傷はついていない。せいぜい掠り傷程度のはずだ。
カシャン―――
女のゴーグルが、地面に落ちた。銃弾による破損が原因だった。
「…………え?」
和也は晒された女の素顔を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「嘘……だろ……?なん……で……」
ジャンパーの装着者、その顔は見間違えようのないものだ。
小山榛名。
和也が愛する
その彼女は、谷川英志を胴体のない死体へと変え、和也を殺そうとしている
「くっ――」
榛名は顔を覆いながら、その場を走り去った。不利を悟ったのだろう。機体の破損に加え、さっきの銃撃による急襲の件もある。
後ろから撃とうと思えば撃てたはずだ。追おうと思えば追えたはずだ。
しかし、和也にはそれができなかった。
異常な精神状態であるはずの装着時なのに、手が震え、膝が笑い出しそうだ。
和也には、まるで榛名が後ろめたさに逃げていくように思えてならなかった。
和也の右側面にある倉庫の中で、赤い機体が屹立している。
『YMT-1AE』という、十年前にロールアウトした第一世代機に、情報化・物質化機能を持たせ、改修したTelFである。
「はい。ジャンパーは自ら離脱。……いえ……」
赤いTelFは内蔵された通信機によって事の顛末を報告しているところだった。
全高二.三メートルにもなる大型の機体だ。強化スーツというより、まるで人間大のロボットのように見える。
フルフェイスの頭部には鋭利な角が額から前方に迫り出し、両肩は不自然なほど大きな五角柱型。右腕には拳銃のシリンダのようなパーツに繋がった巨大な杭があり、左腕には三銃身を備えたガトリングガンが装備されている。
「追いますか?……了解。帰投します」
報告の通信を終え、赤いTelFは装着を解いた。
倉庫の中を、一人の男が歩く。
無関心そうな冷めた眼が一度だけ、膝をついて項垂れる和也を見たが、すぐに視線を戻し、その場を去っていった。
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