第2話  あれから

僕が一目ぼれをした女性とは、すれ違うことも、見かけることもなく、あの日から二週間程が経っていた。その二週間は、僕がシャワーを浴びている時も、食事をしている時も、買い物をしている時も、まさに今仕事をしている時も、朝起きてから寝るまでずっとあの女性の事を考えていた。あの時ほんの数秒しか会話を交わしていなかったというのに、名前も知らないというのに、僕の頭の中はあの女性の事で満たされてしまっていた。ああ、あの美しい女性の事が知りたい、どうか僕に女神の微笑みを向けてほしい、もう一度あなたに会いたい…。そう強く思った。しかし今日もあの女性が来ることは無く、仕事が終わった。帰りはいつもと同じ薄暗い時間帯、人通りが少なく何処か寂しい感じがする風景、その風景のなか、地味でぼさぼさの髪をしている孤独な男が一人。ああ、あの女性に、あの娘に会いたい。あの娘に会いたい、一目見れるだけでもいい、遠くからでもいい、もう一度あの娘が見たい、名前も知らない僕の女神…。それから二か月が過ぎた。さすがに二か月以上経てばどんな人であっても一度だけしか会ったことない人のことを、覚えていない、または薄っすらと記憶に残っているかの二択だと思う。いつの間にかあの娘のことを思い出すことがほとんど無くなっていた。今日も仕事が終わり、玄関のドアを開けていつも通りリビングの中央辺りに座る。何かに執着したことがない僕は、生活に必要なもの以外は置いていないというか、ほとんど買うことがない。また、一人暮らしでもあって、物が少ないとなると、四畳半のリビングが少々物足りなさというか、なんというか殺風景に感じられる。一人の寂しさを紛らわすためにぬいぐるみを買おうかとも考えたけれど僕としては何かに負けてしまうような気がして買うことをやめた。それにお酒の弱い僕が今朝買った冷蔵庫に放置したままの若干アルコールが入りのお酒が気にかかったので飲むことにした。すると、ふとあの娘のことが思い浮かんだ。でも今としてはすごく綺麗な人だったな、到底僕には手の届かない、もう会うことはできない儚くも美しい女神ということくらいしか覚えていない。酔いが回ってきたので明日の休みに備えてもう寝る。とりあえず、一度でも会えたことが奇跡だと僕は思った。

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