第6話

 事務所に帰ると、すでに社長を含めた社員全員が集まっていた。


「あれ、早いね。もう終わったの?」


 驚いたように言う律に、大翔がピースサインをする。


「もちろん。これくらい余裕だよ」


 由貴がそんな大翔に苦笑いを浮かべた。


「今回は桐ケ谷グループだぞ? あの大手を相手に、さすがだよ」


「そういう由貴さんたちだって、裏社会の人間たちから情報を得てくるの、早すぎですよ」


 楽しそうに笑う大翔に、由貴は「まあな」と得意気な顔をする。礼都は興味がないのか、ぼうっと窓の外を見ていた。


 良助が手を叩きその場をまとめる。


「世間話はそこまで。律たちも早く座って。情報を共有しよう」


 瑠実が何も言わず大翔の隣に座った。大翔はその様子に少し不思議そうな顔をして

いたが、何も言わない。律が「さ、僕たちも座ろう」と白に座ることを促す。白は律に言われるがまま、彼の隣に腰掛けた。


「まずは、桐ケ谷グループから」


 良助の進行に、大翔が答える。


「桐ケ谷グループに関わるところ全部ハッキングしましたけど、いろんな企業から恨みを買っていそうでした。でも、第一後継人でない先輩がこれほど狙われる理由が正直分かりません。狙うとしたら社長本人か、第一後継人である桐ケ谷司だと思います」


「ハッキング……?」


 思わずつぶやいた白に、律が小さな声で説明をする。


「大翔はハッキングの技術がすごいんだ。ハッキングで言えば、大翔に敵う人間はいないと思う」


「そうだったんですね」


 意外な特技に、白はまじまじと大翔を見る。大翔は白の視線に気づくと、得意げにウインクした。


 次に由貴がメモを見ながら話をし始める。


「俺と礼都さんは鷹島たかしま組に話を聞いてきました。鷹島組をはじめとする裏社会の人間は桐ケ谷グループにはやっぱり頭が上がらないみたいで、今はそこの御曹司を狙うような馬鹿はいないとのことです」


 良助は「なるほど」というと顎に手を当てる。顎の髭を触る姿は様になっており、彼のダンディさを強く引き立てていた。


「つまり、桐ケ谷グループ関連で白を狙う可能性は低いということだな」


 大翔、由貴、礼都が同時に頷く。良助は律に視線を向けると、「そっちは?」と話を振った。


 律は先ほど見聞きした話をする。


「なるほどな。今のところ、怪しいのは兄である桐ケ谷司だけって感じか。琥珀色の瞳を持つ弟が後継者の座を奪うんじゃないかと不安に思っての犯行……。しっくりこないけどな」


 良助はそう頭を掻く。白はその言葉に違和感を覚えた。良助は司を積極的に疑う様子を見せない。桐ケ谷家の嫡男がそんな馬鹿げたことをするはずがないと思っているのだろうか。


「明日からもう少し白の周辺を洗ってみましょう。もしかしたら他にも恨みを持っている奴がいるかもしれませんよ」


 由貴の提案に、良助が頷いた。


「そうだな。明日からは全員で白の周辺の調査。白も、何か他に心当たりのあるようなことがあったら遠慮なく言ってくれ」


「はい」


 白は頷くと、何となく瑠実を見る。彼女は靴を脱いでソファーの上に体育座りをしていた。顔を膝に埋めており、その表情を見ることはできない。白は彼女の様子を気にかけながらも、明日の予定を話す良助の言葉に耳を傾けていた。



***


 翌日、白は大翔と共に大学へ向かっていた。その道中で工事現場の横を通った際、白は見覚えのある姿を見かけて足を止める。


「あれは……」


 足を止めた白に大翔が不思議そうにその視線を追う。


「工事の人に知り合いでもいました?」


「義理の弟がいた。一瞬、目があったような気がしたんだけど」


 白は義理の弟――福嶋彰ふくしまあきらの働く姿を見て、顔を強張らせた。彰は福嶋家の長男で、白に一番つらくあたってきた人物だ。白の言葉に大翔は視線を鋭くして彰を見る。


「福嶋家の長男ですか?」


「ああ、そうだよ。彰は学者になりたいと常々言っていたからてっきり大学に行ったのかと思ってた」


 白の脳裏に福嶋家でも生活が思い起こされる。夢を楽しそうに語る彰とそれを嬉しそうに見守る夫妻の姿が目に浮かんだ。自分には向けられたことのない、温かい瞳。否、拾われたばかりの頃はそういう目を向けられていたかもしれないが、そんな記憶はとっくに消えていた。


 大翔が吐き捨てるように言う。


「家を売ったりして大学入学どころではなくなったんじゃないですか。さ、先輩、あんな奴知らん顔して行きましょう」


 大翔は白の腕を掴んでどんどん歩いていく。初めは引きずられる形だったが、慌てて自分の足で歩き始めた。頭に浮かぶのは先ほどの彰の姿。自分のせいで彰は大学に行けなくなったのではないかと思わずにいられなかった。


 そんな思考が顔に出ていたのか、大翔が呆れたようにため息を吐く。


「もしかして、また自分のせいだとか思ってます?」


「え?」


 白は思考をやめて大翔を見る。


「先輩のせいじゃないですからね。福嶋家の長男が大学に行けないのは、彼の親の問題です。目の前の欲に溺れて投資に手を出して、騙されて、挙句の果てに闇金から金を借りさせられて。家を売って返せる程度のものでよかったって思うくらいですよ。もし、闇金からの金が返せなければ、陽の目の当たるところにいられないかもしれませんからね」


 大翔はそう言うと、眉を下げて白を見た。


「先輩は、自分を責めすぎです。先輩が悪者になれば解決する話ではないんですから、そんなに卑屈になっても仕方ないですよ」


 大翔の言葉に、白は「確かに」と納得する。


「考え方に気を付けるよ」


「そうしてください」


 大翔はそう言うとふんわりと笑った。その笑顔は昨日の瑠実の笑顔を思い出させる。それと同時に浮かぶのは、彼女の苦しそうな横顔――。白は、昨日彼女を傷つけたような気がしてならなかった。

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