第4話
翌日、祝日のため大学が休みだった白は、御伽探偵事務所に呼び出された。協力すると言った手前、元々行く予定であったのだが、インターフォンを鳴らした大翔に連れられ呼び出された形となったのだ。
昨日と違い、白は入って奥にあるカフェの客席のような場所に案内された。昨日、一人の男性が座って作業をしていたスペースだ。
そこにはすでに数名がバラバラと座っており、その中には昨日見かけた男性もいた。
「へえ、そいつが桐ケ谷グループの御曹司?」
一番手前のソファーに座っている男性が興味深そうに言う。彼はパッチリとした二重に整った唇の形をしていて、女性かと見間違うような可愛らしい顔立ちをしていた。
白は姿勢を正すと、頭を下げる。第一印象は大切だ。失礼のないようにしなければ。
「桐ケ谷白と言います。よろしくお願いします」
「よろしく。俺は
男性がそう自己紹介をする。敢えて性別を主張するということは、女性に間違われることが嫌なのだろう。白は容姿や名前に関して何も触れないでおこうと決めた。
「自己紹介は座ってから始めようよ。白君も大翔も立ちっぱなしじゃあ可哀想だ」
一番奥に座っている男性が立ち上がっていった。その隣には高校生くらいの少女が座っており、この探偵事務所にはそんな幼い子がいるのかと、白は驚きを隠せない。
「そうだね。先輩、座りましょう」
大翔の声で我に返ると、白は大翔に続いて奥に進んだ。大翔は先程座るよう促してくれたの男性の前に座る。白はその隣に座り、必然的に少女が前にくる形となった。
二人が座ったことを確認すると、男性は座って白に優しく笑いかけた。改めて男性の顔を見ると、女性から人気がありそうな綺麗な顔立ちをしている。切れ長の瞳に筋の通った鼻。目にかかる前髪が彼の妖艶さを引き立てているように感じられた。
「改めまして、ようこそ、御伽探偵事務所へ。僕は
律と名乗った男性はそう言うと隣の少女へ自己紹介を促す。白も自然と視線を少女へ向ける。大翔と似たような茶色の髪に色白の肌。奥二重の切れ長な瞳はややつり目で、緊張しているのか顔が強張っており怖そうな印象を抱かせる。しかし可愛いらしい顔立ちからか、大翔と似た優しそうな雰囲気を持っている少女だった。
「
少女はそう名前だけ言うと、目の前に置かれたお茶をストローで吸う。色的に、ウーロン茶だろうか。
そんな少女――瑠実の様子に、大翔は軽くため息を吐くと苦笑いをして言葉を続けた。
「すみません。瑠実は人見知りが激しくて。僕の妹です。根はいい子なので、よくしてあげてください」
妹、という言葉に白は納得する。道理で顔立ちや雰囲気が大翔と似ているわけだ。子どもっぽい大翔と性格は似ていないようだが、人見知りで緊張しているだけで実際はもう少し子どもっぽいところがあるのかもしれない。
「妹さんもここで働いていたのか。よろしく」
白の挨拶に、瑠実はぺこりと会釈だけして返す。その様子に嫌われてはいないようだと、白は一安心した。
「あと自己紹介してないのは――」
律がそう周囲を見渡し、ある一点を見つめた。それは昨日もここにいた男性だった。彼は眠いのか、ぼうっとした様子で俯いている。
「
律の言葉に、男性はハッと我に返ったようで顔を上げる。
「礼都さん、寝てたでしょ」
からかうような口ぶりの由貴に男性は口を押さえてあくびをした。
「うん、ちょっと寝てた」
その場に和やかな空気が流れる。男性は視線を白に向けると、柔らかく笑った。
「
白は礼都と名乗った男性に目が釘付けになる。昨日は遠かったからよく見えなかったが、彼は彫刻のように美しい顔をしていた。すべてのパーツが整っており、誰が見ても彼のことを美しいと表現するに違いないと白は思った。
しばらく見惚れる白に、礼都が不思議そうに首を傾げる。
「どうかした?」
その動作まで美しく見え、白は「なんでもないです。よろしくお願いします」と早口で言って顔を反らした。同性に見惚れるなんて、初めての経験でなんだか気恥ずかしかった。
隣でその様子を見ていた大翔が楽しそうに笑う。
「礼都さんに初めて会う人は、皆先輩と同じ反応をするから大丈夫ですよ。あの人、性別問わず虜にする魅力を持ってますから」
その言葉に白は納得した。。改めて礼都に視線を向けると、彼はよほど眠いのかまたあくびをしている。見慣れてしまえば、緊張もしなさそうだ。
「お、全員集合してるな」
不意に聞こえた声に、全員がそちらへ視線を向ける。そこに立っていたのは、良助だった。
「もう全員の自己紹介も終わりましたよ」
律の言葉に、良助は満足そうに頷く。
「よし。それなら早速仕事の話といこう。桐ケ谷君――もううちの仲間だから、白と呼ぼう。白の件だが、状況は昨日知らせた通り。皆把握しているな?」
良助の確認に、全員が頷く。すでに全員に情報がいきわたっていることの驚きもあったが、それよりも下の名前で呼んでもらえたことの嬉しさが白を満たした。仲間に入れてもらえたようで、嬉しかったのだ。
「この件については、2チームに分かれて調べようと思う。ひとつは桐ケ谷グループ周辺を調べるチーム。もうひとつは白個人の周辺を調べるチーム」
「俺の周辺?」
ついこぼれた疑問に、律が答える。
「多分、社長は白君自身を恨んでいる人の有無を調べたいんだと思う。個人的な恨みで命を狙うこともあるだろうからね」
白は「なるほど」と頷き、お礼を言った。「どういたしまして」とウインクする律に白は小さく微笑む。親しみやすい人がいてよかった、と少し安心した。
「律の言う通り。後者のチームは白個人に恨みを持っている人物がいないか調べてもらう。白はこっちのチームだ」
良助の言葉に、白は「はい」と緊張した面持ちで頷く。良助はその返事を確認して言葉を続けた。
「それで、肝心のチーム分けなんだけど、大翔、由貴、礼都の三人が桐ケ谷グループの調査。律、瑠実、白の三人が白周辺の調査にしようと思う」
それぞれが頷き了承を示す。大翔と一緒でないことが少し不安だったが、律と一緒ということに安心した。瑠実も今は親しみにくくても、大翔の妹だ。きっと悪い子ではないだろう。
「よし。それじゃあ調査開始。俺はここにいるから、何かあったらすぐ連絡するように」
良助が手を叩いて、各々動き出すよう指示を出した。皆、返事をしながら動き出す。
白はどうしたらいいのか律に視線を向けると、律も白を見つめていた。視線が交わると、律はニコリと笑う。
「さ、僕らも動こうか。とりあえず、君が以前世話になっていたという福嶋家に行こう。君にとってはあまりいい思い出がないかもしれないけど、調べる必要があるからね」
白は顔を強張らせて頷く。
「大丈夫です。覚悟はしていました」
「もし無理そうなら言って。あたしたちだけで調べることも可能だから」
瑠実が立ち上がりながら言う。ツンとした言い方だが、彼女の瞳は心配そうに白を見つめていた。
白は笑顔を作り、立ち上がる。
「ありがとうございます」
「敬語じゃなくていい。あたしの方が年下だし」
瑠実は「支度してくる」と手をひらひらとさせ、その場を後にする。白がその後ろ姿を見送っていると、律が声をかけた。
「白君も、出かける支度をしておいで。支度が終わったら、またここに集合」
「分かりました」
白はそう言うと立ち上がり自室へ向かう。初めての探偵業に、少しだけドキドキしていた。
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