第2話
3限が終わり、白は正門へ向かっていた。その表情は硬く、緊張が他者から見ても分かるほどだ。正門が近づくにつれ、段々と歩くスピードが遅くなる。
白は自分の置かれた状況をうまく伝える自信がなかった。命を狙われているなんてドラマの中でしか聞かない話だし、そもそも信じてもらえるかどうかが分からない。今日仲介してくれる予定の大翔もアルバイトだと言っていたため、自分をフォローできるほどの立ち位置にいるとは思えなかった。白は深くため息を吐く。やはり、頼むべきではなかったか。
そう考えながら歩いていると、気が付けば正面玄関へとたどり着いていた。正門に寄り掛かる大翔の姿が見える。その姿はまるでファッション雑誌のスナップ写真のようだ。
大翔は白に気づくと、真っ直ぐに立ち笑顔で手を振った。その笑顔が眩しく感じられ、白は目を細めながら手を上げる。
「ごめん、待たせた?」
「いいえ、僕もちょうど今来たところです」
大翔はそう言うと、「それじゃあ、さっそく行きましょう」と歩き始める。断るなら今だ、と思いつつ、白は足を動かし大翔の横に並んだ。やっぱりやめる、と言おうとしても口が開かない。そうしているうちに大翔が「もうすぐ夏ですね」などと世間話を始めてしまい、切り出す機会を逃してしまった。白はもう覚悟を決めるしかないと、大翔にばれないよう強く拳を握る。
――大丈夫、あそこでの生活に比べたら、なんともないことだ。
白は自分にそう言い聞かせながら、御伽探偵事務所に向かった。
***
御伽探偵事務所は、二階建てビルの二階にあった。一階は本屋で、社員がよく利用しているらしい。落ち着いた雰囲気で、白も好感を抱いた。
いざ二階の事務所内に入ると、そこはまるでカフェのような空間だった。入って左手にはキッチンを囲むようなカウンターがあり、右手には観葉植物、前の奥にはカフェの客席のようにおしゃれなソファーとテーブルがいくつかある。そこには男性が一人座っており、仕事をしているのかパソコンを前に何か考え込んでいる様子がうかがえた。バックミュージックにジャズが流れていたり、あたりにコーヒーの香りが漂っていたりすることもあって、白はどこかおしゃれなカフェへ来たような感覚に陥る。
そんな驚きが見て取れたのか、大翔が説明をした。
「ここ、もともと喫茶店だったのを改装して探偵事務所にしたんですって。応接室はこっちです」
大翔はそう言うと、観葉植物を通り過ぎて右手の奥に進む。白は何も言わず頷いて、その後ろに続いた。
応接室は2つのソファーとその間にテーブルがある至極普通の客室だった。大翔は白にソファーにかけて待つよう伝え、部屋から出ていく。白は言われた通り、ソファーに腰掛けた。柔らかい感触に、安物ではないことを悟る。客人が使うものに金をかけていることに、信頼感が増した。
しばらくして、扉がノックされ、お茶をのせたお盆を持った大翔と三十代くらいの男性が一緒に入ってきた。男性はやや堀の深い顔立ちで、鋭い眼光と余裕のある表情からダンディな雰囲気を醸し出している。白はお茶を大翔が用意していることと男性の雰囲気から彼が大翔の上司だと分かった。男性は白の前に座り、大翔は白と男性と自分の前にお茶を置いてから男性の隣に座る。それを確認してから、男性が懐から名刺入れを取り出し、1枚の名刺を白に渡した。
「初めまして。御伽探偵事務所社長の
白は名刺を両手で受け取り、内容を確認する。――御伽探偵事務所代表取締役社長。まさか社長直々に出てくるとは。
想像以上の人物の登場に、白は目を丸くした。
「社長? 社長直々に、相談にのっていただくなんて、申し訳ないです」
慌てたような白の様子に、大翔が楽しそうに笑った。
「大丈夫ですよ。うち、社員の紹介だと社長が直々に話を聞く風習があって。社長に今日あったこと、今日話してくれたことは伝えてあります」
良助は「そうそう」と大きく頷くと、名刺入れを懐に戻し、白を真っ直ぐに見つめる。その眼光は決して厳しいものでなく、むしろ優しいものだった。
「桐ケ谷白君……だよね。大翔から聞いたけど、命を狙われているんだって?」
優しく穏やかな言い方に、白の緊張が少しほぐれる。大翔が話を通してくれていたこともあり、白は萎縮せず話すことができた。
「はい。まあ、心当たりはあるんですけど」
「桐ケ谷グループに関係したことだと、君は思っているんだね」
良助の言葉に白は頷く。良助は何か考えるように顎に手を当てた。
「確かに、桐ケ谷グループは裏社会との繋がりがあるから、それはないとも言い切れないんだよな。でも、それなら第一後継者の
思ってもいない名前が出たことに、白は耳を立てる。第一後継者の司と言えば、白の実兄、
白は少しでも司について情報を得ようと身を乗り出して尋ねた。
「兄さんを知っているんですか?」
良助はその様子に一瞬驚いた様子を見せるも、すぐに表情を崩し曖昧に笑った。
「まあ、桐ケ谷グループは有名だからね。そこの嫡男と言えば、どの業界でも有名だよ」
思ったような返答が得られず、白は「そうですか」と姿勢を戻す。大翔が不思議そうに首を傾げた。
「先輩は、お兄さんが怪しいと思っているんですか?」
大翔の鋭い視点に、白は苦笑いを浮かべる。
「まあね。俺には一応、後継人としての資格があるから。後継者になることを望んでいる兄さんにとっては、自分の地位を脅かす可能性のある不穏分子を取り除いておきたいと思うかもしれない」
「後継者争いで殺人事件が起きるって言うのは、普通にあるからな」
良助が同意するように頷く。白は「そうですよね」と表情を曇らせた。自分によくしてくれている兄が自分の命を狙っているとは考えたくもない。しかし、現状で一番怪しいのは兄の存在だった。
「でも、一応それ以外の可能性も考えておく必要がある。命を狙われ始めた前後の話を聞かせてもらってもいいかな」
良助の提案に、白は頷く。できれば、自分によくしてくれている身内を疑いたくはない。
白は事件のことを思い返しながら話を始めた。
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