第五章 ~『ギンと鬼ごっこ』~


 シャムニアの登場に、アリアは固唾を飲む。到来したチャンスに笑みを零さずにはいられなかった。


「ギン様なら勝てますよね?」


 主人の意図を汲んだのか、ギンはシャムニアにジリジリと近づく。一瞬で仕留められる距離まで近づくと、タイミングを見計らって襲い掛かった。


 しかしシャムニアは姿を消す。そしてギンの真後ろに姿を現すと、クスクスと悪戯な笑みを浮かべた。


(一瞬で移動したのは転移魔術の力ですね……やはり厄介な力ですね……)


 ギンの牙が突き刺さりさえすれば一撃で倒せる相手だ。それをシャムニアも理解しているからこそ、安全な距離で挑発しかしてこないのだ。


「私とドラ様が魔術で援護します。ギン様はチャンスを狙ってください」


 魔力を炎に変えて、砲弾のように放つ。続くようにドラも口から炎のブレスを吐いた。広範囲の攻撃だがシャムニアなら転移魔術で逃げきれる。一瞬で別の場所に移動するが、ここまではアリアも想定の範囲内だ。


(魔術は使用のたびに魔力を消費しますからね。無限に逃げ切れるわけではありません)


 それを証明するように、このままでは魔力が尽きると判断したシャムニアはアリアたちの前から逃げ去ってしまう。だが彼女の表情に悲壮感はない。


「ギン様、匂いは覚えましたね?」


 ギンは嬉しそうに尻尾を振る。一方的な鬼ごっこが始まった。


 アリアたちはゴブリンの砦を後にすると、丘の上へと昇る。匂いのおかげで凡その位置は把握しているため、あとは『遠視』の魔術で詳細な位置を把握すればいい。


(ギン様が追跡している匂いだと、だいたい、あの辺りのはずなのですが……あ、いましたね!)


 遠くに見える丘陵地、天然の芝の上で猫のように丸くなるシャムニアを発見する。周囲を警戒もしていない。このチャンスを逃す手はない。


「ああしていれば可愛らしいですが、ドラ様の命を奪っていますからね。容赦はしません」


 葡萄畑を荒らし、ドラを傷つけた報いは受けさせなければならない。ドラに合図を送ると、口の中に魔力を集める。


「やっちゃってください、ドラ様!」

「キュイ♪」


 口の中に溜めた魔力の塊を弾丸として放つ。放たれた魔力は魔術によって岩の塊に変換され、シャムニアを狙い撃つ。


 加速された一撃が気の抜けていたシャムニアを撃ち抜いた。その衝撃で芝生を転がり、シャムニアは腹部から血を流していた。


「ダメージはありますが、まだ倒せてはいないようですね」


 距離が遠いせいで威力が落ちていたためか、完全には仕留めきれてはいない。だがこれは計算通りである。


「やはり転移魔術で逃げましたね」


 ギンが追跡するシャムニアの匂いが別の場所へと移動していた。だが移動距離はそう遠くない。同じ丘陵地の中での移動だ。


 これは転移魔術の移動距離が遠ければ遠いほど消費魔力が大きくなるからだ。遠くに逃げないのは魔力の限界が近い証拠である。


「ドラ様、追撃です」


 再び、魔力を岩の弾丸に変えて、シャムニアを撃ち抜く。今度は頭部に命中し、額から血を流す。


 だが逃げるための転移を発動しない。岩の弾丸を受け止めるのに魔力を消費し、魔力が底を突いたのだ。


「いまです、ギン様!」


 ギンはアリアを背中に乗せると、丘を駆け下りる。転移魔術さえ使えなければギンの敵ではない。森を走り抜け、丘陵地まで辿り着いたギンは、シャムニアの目の前で牙を剥く。


「チェックメイトですね。ドラ様、お願いできますか?」

「キュイ!」


 ドラが炎のブレスを吐き、シャムニアを燃やし尽くす。果樹園を荒らされ、命を奪われた復讐を果たしたのだ。


『復讐の機会を与えて頂き、ありがとうございました、マスター』


 ドラは魔石を口に咥えて、アリアに運んできてくれる。黒曜石に似た輝きを放つ魔石は、不思議な魅力を感じさせた。


「ドラ様の報復も果たせましたし、夢の温泉生活も手に入りました。私のスローライフはまた一段と充実しますね」


 アリアは頼りになる仲間たちに礼を伝える。念願の転移魔術の習得に笑みを零すのだった。

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