第五章 ~『バージルが届けてくれた魔石』~


 次の日、アリアは目を覚ますと瞼を擦る。窓から差し込む光に心地良さを覚えながら欠伸を漏らした。


(昨日は素敵な一日でしたね♪)


 シンから鰯料理をご馳走になり、そのまま昼寝をして過ごす。アクティブに過ごしたわけではないが、アリアはそんな一日に満足していた。


(王宮で働いていた時は休日でさえ平穏ではありませんでしたからね)


 王国にいた頃は一年に二度しか休日がなかった。そのためアリアは折角の休暇なら昼まで寝てみようと意識的に挑戦したことがあった。


 だが結果は失敗。日が昇ると同時に飛び起きてしまったのだ。


(ブラックな職場に勤めていると、休みたくても休めなくなるんですよね)


 仕事で頭がいっぱいだからこそ、休日でも緊張が抜けきれなかったのだ。しかしそれももう昔の話。


 現在のアリアの体は王国でのブラック労働を忘れてくれていた。惰眠を貪ることにも躊躇いはない。この平穏な日常に感謝するように食堂へ向かうと、見知った顔が待っていた。シンの兄、バージルである。


「邪魔しているぞ」

「他の皆さんはどちらに?」

「シンと一緒に出掛けたぞ。おそらく開拓地だろうな」


 朝から熱心に仕事をする彼らに尊敬の念を覚えながら、バージルの対面に座る。すると彼は急須を手に取った。


「お茶を飲むだろ?」

「バージル様、私が入れますよ」

「気にするな。丁度、僕も飲もうと考えていたところだ」


 湯呑に茶を注いで差し出してくれる。ありがたく受け取ると、一口、飲んでみる。茶の甘い味わいが口いっぱいに広がった。


「このお茶、美味しいですね」

「僕が持ってきた土産の玉露だ。お茶請けのお菓子も用意してあるぞ」


 皿の上にクリームの挟まったビスケットが積まれていた。その菓子の正体に気づき、アリアは目を輝かせる。


「もしかしてこれはバターサンドですか⁉」

「知っているのか?」

「もちろんですよ! 朝から並ばないと買えない限定品ですよね⁉」

「それほど貴重なものだとはな。兄に感謝だな」

「もしかしてアレックス様ですか?」


 お菓子の贈り物に、アレックスの顔を想像する。正解だったのか、バージルは小さく頷く。


「魔石の件でな。第一皇子とは連絡がつかず、第二皇子の屋敷を訪問したのだ。その際に土産として貰ったんだ」

「アレックス様は本当に優しいですね」

「我ら兄弟の中でも性格だけなら一番かもしれん。魔石も無料でいいそうだ」


 バージルは懐から大粒の黒の魔石を取り出す。アリアも初めて見る輝きをしていた。


「この魔石が無料で本当に良いのですか⁉」

「僕ではなく、礼なら第二皇子に伝えてくれ」

「この魔石を譲ってくれたのは弟のバージル様が頼んでくれたからですよ。だからあなたにお礼を伝えたいんです」

「……頑固な性格だな、君は」

「はい、よく言われます♪」


 アレックスにも感謝しているが、バージルもアリアのために尽力してくれた。感謝するのは当然の義理である。


(バージル様には感謝が尽きませんね。魔石もそうですが、こんな美味しいお土産まで持ってきてくれたのですから)


 アリアはバターサンドを手に取り、手元で観察する。クッキーはキツネ色に焼かれ、ほんのりとしたバターの香りが漂っている。


(これが長蛇の列を生む菓子ですか……期待で胸が高鳴っているのが分かりますね)


 さっそく一口、噛み締めてみる。クッキーは柔らかく、噛むと簡単に砕けた。そして次の瞬間、バターが混ぜられたクリームの甘味が口いっぱいに広がる。


(咀嚼が止まりませんね♪ それにこの隠し味……レーズンですね)


 クリームをくどく感じさせないためのレーズンだ。いつまでも食べていられる。頬が落ちそうになるほどの至福の時間に包まれた。


「お茶との相性も抜群ですし、最高の品でしたね♪」

「甘味が好きなんだな」

「大好物です!」

「分かるさ。なにせ魔石よりも嬉しそうだからな」

「~~~~ッ、な、なんだか恥ずかしいですね」


 食いしん坊だと思われたのではと危惧するが、バージルは気にした素振りもなく、茶を啜る。湯呑を机に置くと、真剣な眼差しへと変化した。


「本題に入ろう。この魔石は軍隊蟻の女王のものだ」

「軍隊蟻なら聞いたことがあります。確か群れで戦う魔物ですよね。確かランクはEだったはずです」

「兵隊はな。だが女王蟻は違う。ランクBの強大な魔物だ。もちろん魔術も使える」

「ランクBなら強力な魔術なのでしょうね」

「共有、という群れで力を発揮する力だ。魔力を仲間内で分け合ったり、魔術を共有したりすることが可能だ」

「それは便利な力ですね」


 アリアは魔物を率いて戦う。もし各自の魔術を共有できれば、戦術の幅は大きく広がる。


「しかもだ、この魔術の凄い点はパッシブスキルである点だ」

「――ッ……さ、さすがはランクBですね」


 魔術は基本的にアクティブスキル、つまりは魔力を消費して能動的に発動させる。だがごく稀にパッシブスキル型の魔術が存在する。


 この力は魔力消費なしで、常時発動状態となる。使用者でもオフにできない一種の呪いに近しい能力だが、常時効力が継続する強みがある。


(意識せずとも共有されるなら……)


 さっそく軍隊蟻の女王の魔石をシルフと融合させる。輝きを放ち、大粒の魔石へと変化した。そして次の瞬間、アリアの肉体を高揚が包み込む。


(これは私の肉体に魔術が刻まれた反応でしょうか……)


 試しにシルフの持つ炎魔術を使えるかどうか試すために。指先に小さな火を灯す。シルフを召喚しなくても、アリアは召喚獣の持つ魔術を扱えるようになっていた。


(魔石の状態でも私がシルフ様の魔術を使えるのは大きいですね)


 召喚に必要な魔力を消費しなくてもよくなった上、奇襲を受けた時の対処も迅速に行える。


(さっそく、この力を試してみたいですね)


 アリアは立ち上がると、頭を下げる。するとバージルはすべてを理解したのか、口元に笑みを浮かべる。


「行くのか?」

「はい、さっそく戦ってきます」


 バージルに見送られながら、アリアは駆ける。その足取りは自信に満ち溢れていたのだった。

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