第五章 ~『屋敷で食べた鰯の梅煮』~
洋菓子店を後にしたアリアが屋敷へ戻ると、時刻は正午となっていた。朝から出かけていたため、お腹も空いている。
昼食のことを考えながら屋敷の扉を開くと、食欲をそそる香りが漂ってきた。
匂いに誘われるまま、食堂に顔を出すと、シンたちが食事を楽しんでいた。白米が米櫃で輝き、各自の目の前には煮魚や味噌汁が並べられている。
「師匠、お帰り。昼食まだだよね?」
「私も頂いてもよいのですか?」
「もちろんさ。この席に座ってくれ」
シンの隣の席に昼食が用意される。席に座ると、目の前に広がる豪華な食事に息を飲む。
(これは鰯ですかね?)
箸を器用に操り、煮魚の身の部分を口の中に放り込む。舌の上でみりんと鰯の脂の甘さが混ざり合っていく。続くように梅の香りも鼻を抜けていった。
「梅のおかげで爽やかな味わいですね。絶品です♪」
「梅と一緒に煮ると、臭みが消えるからね。私の得意料理さ」
「今日の料理はシン様が作られたのですね。素晴らしい味も納得ですね♪」
「味噌汁も自信作でね。こちらも試して欲しい」
「では……」
勧められるがまま味噌汁を手に取ると、鰯の魚団子が浮かんでいることに気づく。さっそく箸で掴んでみるが、魚団子は崩れない。適度な弾力を感じながら口の中に放り込むと、鰯の旨味が舌を喜ばせた。
「こちらの鰯も臭みがありませんね♪」
「味噌のおかげさ。それに素材もいい。なにせこの鰯は兄さんの店で購入した魚だからね」
「兄さん?」
「第二皇子のアレックス兄さんさ。葡萄の栽培に協力してもらうために会いに行ったからね。お願いついでに、皆へのお土産として買ってきたのさ」
フェアリードラゴンから苗木を受け取ったシンだが、葡萄を育てるためのノウハウがない。そこで知見のあるアレックスに頼ったのだ。
「お願いの結果、技術スタッフを派遣してもらえることになってね。やっぱりアレックス兄さんは優しい人だよ」
「実は私も洋菓子店でアレックス様にお会いしたんです。パウンドケーキもご馳走になりました」
アリアは収納袋から梅のパウンドケーキを取り出す。甘い香りを漂わせながら、話を続ける。
「兄さんとはどんな話を?」
「仲良くしたいと言われましたね」
「あの兄さんがかい⁉」
「異性としてではありませんよ。私の回復魔術を頼りにしたいとのことでした」
「病気や怪我をしたときに師匠の力は頼りになるからね。兄さんが繋がりを作ろうとしたのも納得だよ」
「……シン様に許可を取らずにアレックス様と仲良くなるのはまずかったでしょうか?」
「まさか。怪我をしたら助けるのは当然さ。何よりも人命優先だからね」
「やっぱりシン様はシン様ですね♪」
シンならばきっと許してくれると予想していたが、期待通りの回答が返って来たことに口角が上がる。
「私も昼食をご馳走になりましたし、皆でパウンドケーキを楽しみましょう」
パウンドケーキが切り分けられ、各自の皿に並べられる。梅の香りを感じさせる味わいに舌鼓を打ちながら、アリアは皆と一緒に笑顔になるのだった。
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