第五章 ~『梅フェア』~


 市場からの帰り道、アリアは以前訪れた洋菓子店に立ち寄っていた。煉瓦造りの瀟洒な店構えは変わらずだ。


「梅フェアですか……」


 立て看板に梅と一緒にパウンドケーキのイラストが描かれている。


(食べたことありませんし、買って帰れば、屋敷の皆さんも喜びますよね♪)


 購入を決めたアリアが店内に入ると、甘い匂いが漂っていた。食欲をそそられ、浮足立ってしまう。


「いらっしゃいませ。あ、お客さん。お久しぶりです」


 痩身の店員女性はアリアのことを覚えていたのか、カウンター越しに笑顔を向けてくれる。


 アリアは軽く会釈を返すと、店内にもう一人男性がいることに気づく、金色の髪と青色の瞳に加え、整った顔立ちからは品性が滲んでいた。


 その顔には見覚えがある。アリアが森で蘇生した青年だった。彼も彼女の存在に気づいたのか、二人の視線が重なる。


「百回目で……ようやく……自然な出会いとはこうも難しいとはね……」

「自然な出会い、ですか?」

「こちらの話だから気にしないでよ」

「ん? そうですか……」


 釈然としないものの深く追求する必要性も感じない。話を打ち切ろうとすると、話題を探るように彼は「あ~」と声を漏らす。


「そ、そうだ、君はこの店には良く来るのかい?」

「訪問は二度目ですね。あなたは?」

「僕もよく来るよ。そうだ! 折角の縁だからご馳走しようか?」

「いえ、見ず知らずの人にご馳走してもらうわけには……」

「それなら心配無用さ。なにせ、この店のオーナーは僕だからね」


 その発言にアリアは固唾を飲む。この店の経営者が誰かを以前訪れた時に教わっていたからだ。


「つまり、あなたが第二皇子様なのですね」


 シンと瓜二つの容姿に、金髪青目だ。噂に聞いていた第二皇子なのではと漠然と疑っていたが、疑念は確信に変わった。


「そうだよ、僕が第二皇子のアレックスだ。君はアリア様だよね?」

「私のことを知っているのですか?」

「世界で二人しかいない回復魔術の使い手だ。その名は皇国にも轟いているからね」

「なんだか恥ずかしいですね」


 自分の名前が広がっていることに、誇らしさよりもむしろ羞恥が勝る。頬を朱に染めながら、アリアは彼が話しかけてきた理由を察した。


「もしかして私が聖女だから近づいてきたのですか?」

「あ~、まぁ、そうだね……僕も病気や怪我をすることは起こりうる。そんな時に備えて、君との繋がりを作っておきたいのさ。不快だったかな?」

「いえ、私の回復魔術は人を救うためにありますから。それにシン様のお兄様なら、繋がりがなくとも助けますよ」


 損得勘定を抜きにしても、困っているなら救いの手を差し伸べる。きっとこの考えをシンも賛同してくれるはずだ。


「君は思った通り優しい人だ……だからこそ謝礼代わりだ。うちの店のケーキはいつでも無料で提供するよ」

「よいのですか?」

「構わないさ。僕が怪我をしたときの保険料として受け取ってくれ」

「ふふ、ではお言葉に甘えますね♪」


 アレックスの厚意を断るのは申し訳ない。素直に受け入れると、梅のパウンドケーキが箱詰めされて、店員の女性から渡される。その手際の良さに感心させられた。


「君さえよければ、また店に顔を出して欲しい。駄目かな?」

「ここのケーキは美味しいですから。私の方からお願いします」

「次に会える日を楽しみにしているよ」


 ケーキを受け取ったアリアは口元に笑みを浮かべる。やはりシンと兄弟だ。アレックスもまた素晴らしい人だと、彼に好感を抱くのだった。

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