第五章 ~『金平糖と妥協できない贅沢』~


 屋敷の自室に戻ったアリアはシルフの力でお湯を作り、手ぬぐいで体を拭く。終えると、修道服の裾に手を通すが、どこか物足りなさを覚える。


(やっぱり温泉とは違いますね)


 肩まで浸かる温泉の温かさを思い出す。全身の疲れが抜けていくような感覚は、いま思い出しても頬が緩んだ。


(この屋敷にも温泉があれば良いのですが……)


 贅沢な望みだ。それに実現も難しい。この屋敷の地下に運良く源泉が眠っているとは思えないからだ。


(温泉は無理でも、お風呂ならどうでしょうか?)


 大きな桶を用意して、シルフの魔術でお湯を張るのだ。不可能ではない。だが温泉の存在を知った今となっては惹かれないプランだ。


(贅沢に妥協は禁物です。楽しんでも、心にシコリが残りますからね)


 ブラック労働から解放されたアリアは、最高のスローライフを満喫すると誓っていた。毎日、温泉を楽しめる生活を簡単に諦めるつもりはない。


「考え事をするなら糖分を摂取しましょう!」


 アリアは部屋の中にいつでも食べられるお菓子を常備していた。六角形の小箱を開くと、中には鮮やかな金平糖が詰まっている。


「さすがはバージル様からの頂き物ですね」


 魔物討伐競争で得た『千里眼の魔鏡』を譲ったことで、バージルは定期的に贈り物をくれるようになった。この金平糖もその内の一つで、三年先まで予約で一杯になるほど人気のある銘菓であった。


「では、いただきます」


 金平糖を摘まんで口の中に放り込む。噛めば噛むほど広がっていく甘味と、独特の小気味良い食感が堪らない。


「上品な甘味は脳に栄養を与えてくれますね♪」


 金平糖でエネルギーを回復したおかげか、これから取るべき選択肢が頭の中に無数に浮かんでくる。


(温泉の近くに引っ越すのはどうでしょう……う~ん、駄目ですね。森の中で暮らすのは他の生活が不便になりますから)


 帝都には美味しい飲食店や、素敵な服飾店がたくさんある。温泉を手に入れても、他を失っては意味がない。


(発想を変えてみましょう。遠いのなら瞬間移動する魔術を手に入れるのはどうでしょう)


 シャムニアは転移魔術を扱える。その力をアリアも使えるようになれば、毎日だって温泉を満喫できる。


(答えが出たようですね)


 討伐に成功すればシンの役にも立つことができる。もしフェアリードラゴンを痛めつけたのがシャムニアであればという前提付きだが、倒すことに成功すれば得られるものは大きい。


(でも犯人が第六皇子様なら最悪の結果になりますね)


 シンから聞いた話では、回復魔術をコピーするため襲ってくるかもしれない。少なくとも安全に逃げ切るだけの戦力強化は必要だ。


(ランクCの上位にも通じる力を得るのが直近の目標ですからね。さて、どうやって強くなりましょうか……)


 森で地道に魔物狩りでは時間がかかってしまう。瞬間的に強くなるための方法がないかを頭の中で探り、一つの答えに辿り着く。


(ふふふ、良いことを思いつきました。お金を使えばいいんです)


 魔物狩りのおかげで資金は潤沢だ。ならその金を使わない手はない。


(魔物の討伐数ランキングは、冒険者だけのランキングでしたからね。実際は、シン様や私よりも強い人はいます。その人たちが魔石を売っているなら……)


 アリアは魔石から魔術を抽出し、召喚獣と融合することができる。つまり高ランクの魔石を手に入れれば、彼女の戦力アップに繋がるのだ。


(この時のために、お金を貯めていたのかもしれませんね。ふふ、明日の朝が楽しみです♪)


 今日はもう遅い。アリアは布団に入ると、瞼を閉じる。素晴らしいアイデアを称えるように、彼女は笑みを浮かべるのだった。

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