第五章 ~『犯人の心当たり』~
結局、魔物と出会うこともなく、アリアたちは無事に森を抜ける。シンは緊張を解き、胸を撫でおろしていた。
「シン様でも魔物相手には油断できませんか?」
「この苗木の光に吸い寄せられて、魔物が集まってくるかもしれないからね。警戒は必要さ」
一対一なら後れを取らない自信はあっても、相手が大群だと話は別だ。それに視認性の問題から光を消すこともできないため、森を抜けるまで緊張を解くことができなかったのだ。
「それに師匠は女の子だ。私には守る義務があるからね」
「シン様、私はそれほど弱くはありませんよ」
「知っているさ。でも一緒にいるときくらいは守りたい。男としてのプライドさ」
「ふふ、シン様らしいですね♪」
シンはアリアの実力を侮ってはいない。皇国でもトップクラスの魔術師だと認めていた。それでも守りたいと願うのは、彼が民を庇護する次期皇帝候補として育てられてきたからだろう。
「それに警戒を怠らないのは、フェアリードラゴンを痛めつけた敵がいることも大きな要因だね……」
「心当たりをお聞きしても?」
「候補は二つだね……一人は第六皇子、つまりは私の兄さんだ」
「シン様のお兄様がですか⁉」
シンと同じ血を引く人物に、そのような酷い人格の持ち主がいるとは信じ難い。だが彼は首を横に振る。
「兄さんは別に快楽のために痛めつけているわけじゃない。あの人は一定以上のダメージを与えた相手の魔術を模倣する力を持っていてね。昔から魔物や魔術師を襲っては、色んな魔術をコピーしていたんだ」
「もしかして命を奪わなかったのも、コピーされた能力が解除されるからですか?」
「ご明察だ。だからこそ殺さないように注意した斬り傷から兄さんを疑ったんだ」
「そうだったのですね……でも第六皇子様がどうしてあの森に?」
「武者修行と称して、魔物の森で暮らすような人だったからね。北側の森に飽きて、東側に顔を出したのかも」
「合理的な行動でないなら、理由を察するのは難しそうですね」
事情を聞いた上で、シンが第六皇子を疑うのには十分すぎる根拠だと判断する。だが兄を疑いたくなかったのか、彼の表情には僅かに罪悪感が滲んでいた。
「それに兄さんには厄介な点がある」
「厄介ですか?」
「アレックス兄さんと同じくらい王国とのパイプが強くてね。もしかしたら師匠が皇国にいると知られているかもしれない……兄さんなら、師匠の回復魔術を狙って襲ってくる可能性も十分に考えられる。油断はできないよ」
フェアリードラゴンを一方的に痛めつけられる実力者だ。アリアといえど、闘いになれば無事では済まない。恐怖を飲み込むようにゴクリと息を飲む。
「これが候補の一人目。そしてもう一つの可能性は、フェアリードラゴンの天敵――シャムニアという猫型の魔物だ」
「確かランクCの魔物の中でも最上位の種族ですよね」
「人と同じように二足歩行し、転移魔術を使う強敵だからね。フェアリードラゴンの念動力は視界外からの攻撃には対応できない。一瞬で移動できる転移魔術は、念動力と相性が最悪なんだ」
「そのシャムニアがどうしてフェアリードラゴンを痛めつけたのですか?」
「知能の高さと猫の悪戯心が混ざり合ったのか、シャムニアは他の魔物を虐める特性があるんだ。切り傷も爪で裂かれたとするなら説明が付く。厄介な相手さ」
ランクCの最上級の相手が森の中に潜んでいるかもしれない。それを念頭に置くと、森の伐採作業を進めるには、事前に脅威を排除しておくことが求められる。
(もし私が倒せばシン様は褒めてくれるでしょうか)
シンの役に立ちたいと願うアリアがそのような発想を抱くのは自然な流れだった。だが口に出すことはしない。きっと彼はアリアを危険に晒すわけにはいかないと同行を提案するからだ。
(シン様は多忙の身。私が結果を出してみせます)
そう決意していると、いつの間にか休憩所まで辿り着いていた。開墾作業を終えた家臣たちが、清酒片手に、手を振ってくれる。
「お帰りなさい、シン皇子、それにアリアさんも」
カイトもまた出迎えてくれる。家族のような関係性に心が温かくなる。彼らのためにも頑張ると、アリアは拳を握りしめるのだった。
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