第五章 ~『駆け抜ける森の中』~
バージルの協力もあり、開墾作業は予定よりも早く進んでいた。だが無理は禁物だと、夕日が沈んできたタイミングで、カイトは皆に休憩を伝えた。
開墾作業は今日だけでなく、これからも長期的に続く。無理をして体を壊すより、明日に備えた方が良いと判断したためだ。
(あっという間に一日が終わりましたね)
役目を終えたシルフを回収し、アリアは一息吐く。呆然と夕日を見上げていると、シンから声をかけられる。
「私の書類仕事が終わってね。師匠さえよければ、散歩に付き合ってくれないかな?」
「もちろん、構いませんよ」
このまま帰っては味気ないと思っていたところの誘いだ。快諾して、二人で肩を並べて歩く。
昔を思い出すような雑談を繰り返しながら、足を進めていると、いつの間にか鬱蒼とした森の前に辿り着いていた。
「随分、歩いてきましたが、こんな森があったんですね」
「この先は未開拓の土地だね。将来的には森を抜けた先までが領地になる予定なんだ。もっとも、開拓の進捗は良くないけどね」
「もしかして、この森の中にも魔物がいるからですか?」
「さすが、師匠。正解だよ。伐採作業を進めるにしても、魔物を駆除しないといけないからね。思うように進まないんだ」
作業員が途中で襲われるわけにはいかない。安全を確保するためにも周辺の魔物は討伐しておく必要があるため、どうしても時間を要するのだ。
「でも今だけの頑張りさ。最終的には領地となったエリアを外壁で囲うことになるからね。魔物は出現しなくなるはずさ」
「つまり森に住んでいる魔物は外から来ているのですね」
「北側にあるダンジョンからだね。東側のエリアとは距離があるから数が少ないのは救いだけどね」
魔物はダンジョン内で生まれ育つ。だがダンジョン内部は苛烈な生存競争が行われているため、外に逃れてくる魔物も多い。それが森に巣食う魔物の正体だった。
故に地上の魔物はダンジョン内の魔物と比較すると弱いことが多い。もっともドラゴンのように自由に空を飛ぶため外に出てくる場合もあるため、何事にも例外はあるのだが。
(ダンジョンから遠いなら森を切り開けば、魔物もわざわざ寄ってこないでしょうし、出現数はガクンと減りそうですね)
魔物が森に集まってくるのは、人間と同じで、雨風を防ぐための屋根を求めてだ。森なら葉がその役割を果たしてくれる。森がなくなれば、魔物もわざわざ東側のエリアに赴こうとは思わないはずだ。
「折角ここまで来たんだ。時間もあるし、森の中を探索してみるかい?」
「いいですね」
魔物狩りの討伐ランキングを競う必要はなくなったが、魔石は売れるし、戦力アップにも繋がる。
(あんまりデートっぽくはありませんが、こういうのも私たちらしいですね)
シンと共に、アリアは森へ足を踏み入れる。鳥の鳴く声が反響する森は、葉が揺らめいて影を描いている。枝が折れる音も聞こえてくるため、森の中に魔物がいるのは間違いない。
「この森にはどんな魔物がいるのでしょうか?」
「北側の森とあまり変わらないはずだよ。ゴブリンやオークが数としては最も多いだろうね」
「それなら心配なさそうですね」
ランクの低い魔物が相手なら、もう後れを取ることはない。そんな心の油断を突くように、木の上からガザゴソと音が鳴る。
見上げた瞬間、棍棒を振り上げたゴブリンが飛び掛かってきた。
「油断大敵だね」
庇うようにシンが腰の刀を抜くと、ゴブリンを斬り伏せる。血を吹き出すと、命を落としたのか、魔石となって地面に転がった。
「シン様のおかげで助かりました」
「気にしないでよ。師匠は私が守ってみせるから」
「頼もしいですね」
シンがいてくれれば恐れるものは何もない。足取りが軽くなり、森の中を進んでいくと、腐った卵のような匂いが鼻腔をくすぐる。
「独特な匂いがしますね……」
「毒ではなさそうだね……師匠に心当たりはないの?」
「私に心当たりですか……いえ、まさか、この匂いの正体は……」
アリアは自分でも意識しないままに走り出していた。背中からシンの止まるようにとの声が届き、先ほどの油断の後悔が脳裏に浮かぶが、足は止まってくれない。
(まさか、この先にはあれが!)
鬱蒼とした森を抜け、開けた場所に辿り着く。腐った卵のような匂いの正体を知り、彼女の口角が上がる。
「やっぱり温泉でしたね♪」
期待通りの光景が広がっていたことにアリアは思わず笑みを浮かべる。食事に次ぐ、最高のスローライフを実現するためのピースを手に入れたことに、喜びを隠し切れないのだった。
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