第四章 ~『ハインリヒ公爵の奥の手』~


(いったいどんな奥の手が……)


 バージルも驚愕していることから、ハインリヒ公爵の独断なのだろう。いったいどんな方法を取ってくるのかと警戒していると、彼は喉を鳴らして笑う。


「ククク、二陣営のポイントは僅かな差だ。ランキング五位のポイントが加われば逆転できる程度のな」

「まさか……」

「そのまさかだ。私は無所属の謎の武術家Xを探し出し、第七皇子陣営に加わって欲しいと交渉したのだ。その結果、アリアの輝かしい未来のため、私に協力してくれるとの答えをくれている」

「つまり私を脅すつもりですか?」


 ハインリヒ公爵は言外に脅迫の意図を含めていた。大人しく彼と共に王国へ帰るなら、このままシンの勝利で終わるが、要求を呑めないなら、第五位のポイントがバージル陣営に加算すると脅しているのだ。


 要求を呑まなければ、結果は逆転する。どうすべきかと思案していると、彼は喉を鳴らして笑う。


「ククク、貴様が意見を変えず、帝国に残るつもりならそれでもいい。だが仲間を敗北に導いたと、負い目を感じ続けることになる。それでも皇国に留まり続けられるのか?」

「……っ――わ、私は……」


 悔しいがシンたちに迷惑をかけるわけにはいかない。聖女の務めに戻るしかないと諦めかけた時、彼が肩に手を置いてくれる。


「師匠、私たちのことは心配しないでくれ」

「ですが……」

「開拓地は諦めることになるが、師匠が傍にいてくれた方が領地にとっても有益だ。だろ、みんな?」


 カイトを含めた家臣たちは大きく頷く。短い間だったが、彼らはアリアを家族として受け入れてくれていたのだ。


「私、きっと迷惑をかけますよ?」

「構わない」

「王国からも嫌がらせを受けるかもしれません」

「師匠が味方になってくれるのなら安いものだ」

「ふふ、本当にシン様は子供の頃から変わらない……頑固な人ですね」

「師匠譲りの性格さ」


 ハインリヒ公爵の思い通りにやられるのはアリアの趣味じゃない。彼を見据え、戦うことを決意する。


「クソッ、この愚か者がっ! ならば敗北を味合わせてやる!」


 ハインリヒ公爵が鈴を鳴らす。合図を送るための魔道具だ。扉が開き、新たな人影が近づいてくる。だがその人物には見覚えがあった。


「あれ、どうして皆がここにいるの?」

「まさか、謎の武術家Xはリン様のことですか?」

「ふふ、良い名前でしょ。私が考えたのよ」


 ネーミングセンスは正直褒められたものではないが、そんな感想を口にできないほど驚きが勝っていた。


「さて、私の出番ね。ポイントをシン皇子で登録すればいいのよね」

「ま、待て待て、約束が違うではないか⁉」


 ハインリヒ公爵が慌て始める。想定通りならこのような反応にはならないため、お互いの認識に齟齬があったのだと知る。


「ん? 私はアリアが幸せになる未来に協力すると約束したのよ」

「だ、だから、第七皇子陣営で登録を⁉」

「それがなぜアリアの幸せに繋がるの?」

「そ、それは……」


 答えに窮するハインリヒ公爵。王宮への帰還を断られた今、バージルに貢献することで、アリアが得をすることはないと気づいたからだ。


「アリアは私がどちらに味方をした方が良いと思うの?」

「もちろんシン様です」

「なら決定ね。所属は第八皇子派閥に登録で」


 ただでさえ優位なシン陣営に、第五位のポイントまで加算されれば、その結果は揺るぎないものになる。


「勝負ありね」


 受付嬢は壁時計を確認し、タイムリミットを超えたことを告げる。今度こそ、最終的な結果が提示されたのだ。


「おめでとう、あなたたちの勝利よ。これが冒険者組合が皇帝から預かっていた開拓地の権利書と副賞の魔導具よ」


 ランキング一位のアリアが景品を受け取ると、権利書をシンに渡す。ただ副賞の蛇の模様が描かれた手鏡はすぐに渡さずに手元でジッと眺めていた。


「もしかして師匠、副賞の魔道具が欲しいのかい?」

「いえ、私は……」

「今回の競争で一番の功労者は師匠だ。受け取ってくれて構わないよ。なぁ、みんな?」


 誰もが否定を口にしない。彼らの目的は領地を富むために必要な開拓地の権利であり、魔道具はあくまでオマケくらいにしか思っていなかったからだ。


「ではお言葉に甘えて頂きますね」

「師匠が喜んでくれるなら僕も嬉しいよ」

「これでこの魔導具は私のもの。どのように使っても文句はありませんね」

「もちろんだ」

「ではバージル様、こちらをあなたにお譲りします」


 副賞の魔道具をバージルに差し出す。想定していなかったのか、彼は驚きで目を見開いた。


「いいのか?」

「あなたは呪いの魔術を手加減してくれました。あれがなければ負けていたのは私たちです。だから魔道具、『千里眼の魔鏡』はあなたにこそ相応しい」


 争いさえなければバージルも悪い人ではないのだ。シンと兄弟で仲良くして欲しいとの想いを込めた贈り物を、彼は重々しく受け取る。


「ありがとう。この恩は必ず返す。君にも、そしてシンにもね」

「ふふ、期待していますね♪」


 兄弟の絆が結ばれ、理想的な結末で決着を迎えた。崩れ落ちるハインリヒ公爵を横目に、アリアは王宮を追放されて良かったと改めて実感するのだった。


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