第四章 ~『ケーキと食堂』~
ケーキを購入したアリアたちが屋敷に戻ると、シンが出迎えてくれる。彼の顔色は一週間前と比べると回復していた。
「おかえり、師匠、カイト」
「シン様はもう起き上がっても問題ないのですか?」
「呪いに身体が慣れてきたからね。この調子なら月末には魔物討伐に参加できるかも」
月末だともう遅いかもしれないけどと、シンは自嘲混じりの笑みを零す。呪いで倒れてしまったことに、彼なりに責任を感じているのだ。
少しでも罪悪感を減らしてあげるために、アリアは吉報を届けてあげることにする。
「シン様、実はカイト様と協力してランクCの魔物を倒したんです」
「さすがだね、二人とも」
「これでシン様の勝利はほぼ確実です。だから安心して、屋敷で身体を休めていてください」
「ふふ、私は頼りになる仲間がいて幸せだな」
憑き物が取れたようにシンは微笑む。
(これは計画を早めた甲斐がありましたね)
もし計画通り、最終日にランクCの魔物に挑戦していたら、きっと彼は無理をしてでも討伐に参加していただろう。
彼の安らかな時間を得られただけでも、自分の選択は間違っていなかったと自信を持てた。
「そうだ、カイト様のお気に入りの洋菓子店でケーキを買ってきたんです。よければ家臣の皆さんとも一緒に食べませんか?」
「家臣たちは甘党が多くてね。きっと喜ぶよ」
食堂に移動し、アリアは収納袋に仕舞っていたケーキをテーブルの上に並べていく。色鮮やかなケーキが並び、集まってきた家臣たちも嬉しそうに声をあげる。
「では頂きましょうか」
席に着くと、各々が欲しいケーキを切り分けていく。さすが一番人気だけあり、気づくと、チョコレートケーキはなくなっていた。
「やっぱりチョコレートケーキは人気がありますね」
「もし良ければ私の分を師匠に譲ろうか?」
「このケーキはシン様へのお見舞い品でもありますから。私は別のケーキを頂きます」
アリアは余っていたショートケーキを皿に取り分ける。上に乗った苺とクリームを一緒に口の中に放り込む。酸味と甘味が上手く調和しており、舌が幸せで満ちていく。
「皇国のケーキも絶品ですね♪」
「皇国人は王国の文化を取り入れることに熱心だからね。菓子作りの修行のために、わざわざ王国に移住する人がいるくらいだ」
「良い時代になりましたね」
昔、皇国は外国と関係を持つことを絶っていた。だが開国されてからは風向きが大きく変化した。少しでも多くの知見を吸収するため、外国との積極的な交友が推奨されるようになったのだ。
(おかげで私もシン様たちと会えましたし、時代に恵まれましたね♪)
皇国の先祖たちに感謝しながら、ケーキを食べ進める。気づかないうちに完食していたほど満足できる味だった。
「美味なケーキでしたね。苺も私の人生で二番目に美味しかったです」
「もしかして一番は、魔力の最大値が増える苺のことかな?」
「シン様も食べたことがあるのですか⁉」
「よく兄から試食係にさせられていたからね。品種改良の当初はお世辞にも美味しいとは言えない味だったよ。でもおかげで魔力が増加したからね。今では感謝しているよ」
味は悪くとも、第二皇子が魔苺を与えてれくれたからこそ、彼は魔術師として成長できたのだ。兄弟の仲の良さを垣間見た気がして、何だか微笑ましくなる。
「シン様は他のご兄弟とも仲が良いのですか?」
「昔はね。でも今はライバルでもあるから、険悪な関係の兄もいる……師匠にも確か妹がいるんだよね」
「酷い妹ですけどね」
公爵を寝取り、王宮から追放するような妹だ。仲が良いとは言えないが、特に恨んでいるわけでもない。
(私がハインリヒ様を愛していたのなら話は違ったのでしょうが、略奪されても何も感じませんでしたからね。未練もありませんし、王国で末永く幸せに暮らしてくれれば私は満足です)
長時間労働からも解放され、シンたちと仲良く暮らせているのも、ある意味では妹のフローラのおかげだ。もちろん彼女は悪意を持ってアリアを追放したのだが、そのことを恨むつもりもなかった。
「師匠の妹は公爵と結ばれたんだよね。公爵はどんな人物だったの?」
「子供を大人にしたような人でしたね……」
「それは付き合うのに苦労しそうだ」
思い返せば、ハインリヒ公爵には迷惑をかけられっぱなしだった。距離を置けている今となっては笑い話にできるが、当時は彼の我儘に頭を痛めたものだ。
「あれ? この音はなんでしょうか?」
「シン皇子、どうやら来客のようです」
「そのようだね」
玄関扉を開ける音を耳にし、カイトとシンは神妙な面持ちになる。来客の予定はない。突然の来訪者に悪い予感を覚えたからだろう。
シンたちは立ち上がり、玄関へと向かう。まだ体調が万全とはいえない彼を放っておくのは危ないと、アリアも背中を追いかけていく。
玄関には見知った顔がいた。
「バージル様、それと……ハインリヒ様!」
アリアを王宮から追放したハインリヒ公爵が邪悪な笑みを浮かべている。トラブルの発生を予感し、彼女はゴクリと息を飲むのだった。
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