幕間 ~『駅と一等車両★ハインリヒ公爵視点』~

~『ハインリヒ公爵視点』~


 アリアがシンの代わりに皆を率いて戦うと決意する一方で、ハインリヒ公爵は皇国行きの海上列車に乗るため駅にいた。


 駅には和装の人たちで溢れている。王国への旅行から祖国へ帰るためだろう。その光景が気に入らないのか、ハインリヒ公爵は不機嫌そうに額に皺を寄せる。


(皇国の猿どもが……生意気に王国へ旅行とは腹立たしい……)


 ハインリヒ公爵は差別意識の強い人物であり、王国貴族以外は獣同然だと認識していた。もちろん必要なら人格者の仮面を被る知恵はある。だが相手の立場が下であれば、ぞんざいに扱うことに抵抗はなかった。


「おい、その貴様!」

「私でしょうか?」

「なぜ私が二等車両なのだ!」


 ハインリヒ公爵は紺の制服に身を包んだ駅員を怒鳴りつける。駅員は彼の格好から王国貴族だと悟ったのか、困り顔で頭を下げる。


「申し訳ございませんが、一等車両は貸し切りなのです」

「私は公爵だぞ!」

「貸し切られているのは第二皇子様ですので」

「うぐっ……」


 公爵と皇子。しかも相手は下位の皇子ではなく、序列第二位の皇子だ。公爵よりも権威は上であり、無理を通して一等車両に乗車することは難しい。


(だが二等車両には平民が乗り合わせる。長時間、同じ空気を吸うことに耐えられそうにない……)


 ハインリヒ公爵は自分が選ばれた人間だと自負している。だからこそ、平民と対等の扱いに耐え難い屈辱を覚えるのだった。


「揉め事かい?」

「これは第二皇子様!」


 第二皇子と呼ばれた青年は、金の髪と青の瞳に加え、整った顔立ちに品性が滲んでいた。服装こそ皇国民と同じ和装だが、顔の特徴は王国民のもの。駅員の敬うような態度から、尊敬されていることが察せられた。


「こちらの公爵様が一等車両に乗せて欲しいと」

「構わないよ。ご一緒しようじゃないか」

「よろしいのですか⁉」

「ははは、僕はそれほど狭量な人物に見えるかな?」

「い、いえ、そのようなことは……」


 第二皇子が納得しているならと、ハインリヒ公爵の同乗が許される。彼は幸運に感謝し、伴って一等車両に乗り込む。


 余裕ある空間に、赤と白で彩られた座席が並んでいる。先客として武装している皇国の兵士が乗り合わせているが、彼らはすべて第二皇子の護衛だろう。


「皇子、そちらの方は?」


 護衛兵の一人が訊ねると、第二皇子は困ったように「あ~」と声をあげる。


「そういえば互いの自己紹介がまだだったね。僕はアレックス。皇国の第二皇子で、母は君と同じ王国の出自だ」

「私はハインリヒ。公爵です」

「聞いたことがある名前だ。有名な人なんだね」

「ふふ、私の勇名がまさか皇国にまで轟いているとは思いませんでした」


 皇国を見下してはいるが、皇子に名前を知られていて悪い気はしない。ふふんと、鼻息を荒くしていると、思い出したようにアレックスは手をポンと叩く。


「そうだ、アリア様の元婚約者だ」

「アリアをご存知なのですか⁉」

「知っているとも。なにせ僕は彼女に命を救われたからね」

「そ、その話、詳しくお聞きしても」


 ハインリヒ公爵が食いついたのは、皇国でアリアを見つける手掛かりになるかもしれないと思ったからだ。


「その話をするなら長くなる。まずは座ろうか」


 ハインリヒ公爵は促されるままに座席に腰掛ける。さすがに一等車両だけあり、腰が沈むように柔らかい。


「では本題に入ろうか。僕がアリア様に救われた経緯だよね?」

「はい、できればアリアがどこにいるかもご存知であればお聞きしたい」

「隠す理由もないから教えるよ。ただし条件がある」

「条件?」

「君がアリア様を王宮から追放した理由を説明して貰おうか」


 アレックスは柔和な笑みを崩さないまま、彼を見据える。その優しげな笑みが、ハインリヒ公爵に恐怖を覚えさせるのだった。

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