幕間 ~『駅弁と殺意★ハインリヒ公爵視点』~


~『ハインリヒ公爵視点』~


 ハインリヒ公爵は、第二皇子のアレックスからの質問にどう答えるべきかと頭を悩ませていた。


(真実を語るべきか、それとも嘘を吐くべきか……)


 真実を語った場合、それが不興に繋がるかもしれない。最悪の場合、護衛兵の脅威に晒されるかもしれない。


 嘘を吐く場合、アレックスが真実を知らないことが前提だ。ハインリヒ公爵の名前を知っていた以上、アリアを追放した理由を把握した上で鎌をかけている可能性もある。


(悩んでも答えは出ないか……)


 ハインリヒ公爵は真実を語るしかないと覚悟を決める。


「私がアリアを追放したのは真実の愛に目覚めたからです」

「つまり別に好きな人ができたと?」

「はい。しかしアリアは私を愛し続けていた。その彼女が王宮に残り続けては苦しめてしまう。だからこそ追放という手段を選択したのです」


 同じ職場で元恋人が働いているのは心苦しいものだ。ハインリヒ公爵なりの優しさだったと説明すると、アレックスは含みを持たせた笑みを浮かべる。


「君の主張は理解できたよ。こちらの調査とも矛盾はないようだね」


 やはり試していたのだと知り、心臓が早鐘を打つ。嘘を吐かなかった自分を褒めてやりたくなった。


 緊張で手の平が汗でびっしょりと濡れる。車内は静まり返るが、その静寂を打ち消すように列車が汽笛を鳴らして発車した。


「楽しい国だったが、これで見納めか」


 アレックスは窓の外を眺めながら、感慨にふけていた。その想いがどのようなものなのか、ハインリヒ公爵からは読み取れない。


「よし、大切なのは過去よりも未来だ。いつものを用意してくれるかな」


 踏ん切りがついたのか、アレックスは部下に命令を下す。するとクロスの敷かれたテーブルが運ばれ、そこに多種多様な弁当が並べられた。


「話をするなら、食事を取りながらにしよう。ここの駅弁は絶品なんだ」

「駅弁ですか……皇子がそのような庶民の食べ物を……」

「庶民も皇族もないさ。美味しいものは美味しい。それにここの駅弁は僕らの商店が販売している商品でもある。是非、君の感想も効かせて欲しい」


 アレックスに勧められて箸を手に取る。どれを選ぶか悩むが、最終的には自分から最も遠い壺型の弁当を選択する。


 蓋を開くと、タコや野菜が盛り付けられている。具材の下には炊き込みご飯が詰められていた。


(この料理は食べて問題ないのか?)


 頭に過ったのは毒の可能性だ。命の恩人を追放した悪党に報復を考えてもおかしくはない。


「食べないのかい?」

「い、いえ……」


 だが手を付けなければ、護衛兵に殺されるかもしれない。


(ええい、ままよ)


 ハインリヒ公爵は覚悟を決めて、タコと炊き込みご飯を箸で掴んで口の中に放り込む。


(こ、これは……美味い!)


 プリプリとしたタコの食感と、醤油の染みた炊き込みご飯が上手く調和している。毒の痺れもなく、気づくと完食していた。


「とても美味でした」

「僕の商店でも売れ筋だからね。当然さ」


 ハインリヒ公爵の反応に満足したのか、アレックスは微笑を浮かべる。王国の貴族にも受け入れられる味だと、確証を得たからだろう。


「さて、僕がアリア様に命を救われた話についてに移ろうか……実はね、僕は裏切りによって一度殺されているんだ」

「そこをアリアが蘇生したのですか?」

「ご明察。世界でも死者の蘇生ができるのは彼女だけだからね。意識はぼんやりとしていたけど、今でも、美しい顔を思い出せるよ」


 この情報はハインリヒ公爵にとって朗報だった。やはり彼女は皇国にいると確証を持てたからだ。


「僕はアリア様にお礼を伝えたくて、王宮に赴いたんだけどね。残念ながら会えなかった。彼女はまだ皇国にいて、弟の屋敷にいたんだ」


 王国民が長期滞在するケースは珍しいため、彼はアリアが皇国に短期の旅行で訪れていたと誤解してしまったのだ。行き違いを解消するため、彼は皇国へ帰還しようとしているのだと続ける。


「弟、つまりアリアは第八皇子の世話になっているのですか?」


 ハインリヒ公爵はアリアが皇子を弟子にしていたことを知っていたため、彼女が身を寄せるなら彼だろうと予想した。しかしアレックスは首を横に振る。


「部下の報告によると、冒険者組合から第七皇子のバージルの屋敷へと向かったそうだ……ふふ、居場所さえ分かれば、こちらのもの。礼を伝えてから、僕の妻となって欲しいと請うつもりだ」

「はぁ⁉」

「それほど驚くことかな?」

「い、いえ、アリアに恋愛感情を持っているとは思わなかったもので……」

「あれほどの美人だ。それに命を救われた恩もある。僕が妻にしたいと願うのも当然だと思うが?」

「で、ですが……」

「どちらにしろ、君に否定する権利はないよ。なにせアリア様とは婚約破棄をしたのだろう。なら今の彼女はフリーだ。僕にだって言い寄る権利はある」

「うぐっ……」


 アレックスの正論に、ハインリヒ公爵は黙り込みながらも思考を回転させる。何とか自分が寄りを戻そうとしているかを知られずに、彼の邪魔ができないかを思案し、一つの答えを出す。


「屋敷を訪問したら、さっそくアリアに言い寄るつもりですか?」

「その予定だね」

「忠告ですが、それは止めたほうが良い。アリアは奥手な性格ですし、ロマンチストでもあります。偶然の出会いや、自然な恋愛を望みますから」

「焦りすぎると遠回りになるということか……有意義な情報だね。助かるよ」

「いえいえ、一等車両に乗せて頂いた恩返しですよ」


 ハインリヒ公爵は内心で嘲笑しながらも愛想笑いを崩さない。アレックスがゆっくりとアプローチしている内に、彼はアリアとの寄りを戻す算段だった。


(正直、こいつは容姿が整っているし、財力や権力も申し分ない。ライバルになると厄介だからな。自然な出会いを追い求め続けてもらうとしよう)


 醜悪な思惑に染まった彼の内心を知ってか知らずか、アレックスは柔和な笑みを崩さない。その青い瞳はすべてを見透かすように、透き通っていたのだった。

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