第三章 ~『アリアと共に』~


 アリアンの正体は自分だと名乗り出たことで、医務室は静まり返る。彼女の言葉をありまま受け止めた者は驚愕し、信じられない者は疑念で口を閉ざしたからだ。


「あの、アリアさん、その説は否定されたではないですか」


 静寂を壊すように、カイトは恐る恐るアリアの告白を否定する。


「アリアさんは回復魔術の使い手です。魔術は一人一種のみが原則です。魔物を使役する能力を使えるはずがありません」

「詳細は省きますが、実はあれも回復魔術の応用なのです」

「応用ですか……」

「百聞は一見に如かずと言いますし、実際にお見せしますね」


 アリアは収納袋からシルフの魔石を取り出す。ギンではサイズの問題で、医務室が圧迫されてしまうためが故のチョイスだ。


 魔石に魔力を込めて、癒しの力で復活させる。つぶらな瞳に、蝶のような虹色の羽、可愛らしい少女の顔をした魔物が召喚される。


「まさか……本当に……」


 驚きでゴクリと息を飲むカイト。その後、すぐに彼の頬が赤く染まる。その反応の意味をアリアも察する。


(カイト様の初恋の相手はアリアンだと話していましたからね……でも正体が私だと知ったのですから。きっと恋も冷めるでしょうね)


 窮地を救われたことに対する憧れから生まれた恋だ。正体を知らなかったからこそ脳内で美化されていた部分も大きいだろう。等身大のアリアを知っている彼ならきっと新しい恋を探すはずだ。


「カイト様、話を戻しましょうか」

「そ、そうですね」


 シンを失い、状況は窮地に追い込まれている。色恋沙汰より解決すべきは現実だと、カイトも改めて認識し、冷静さを取り戻す。


「私ならシン様と同じランクDの魔物を狩ることができます。これでもまだ勝算はありませんか?」

「勝つ可能性はゼロではなくなったと思います。ですが……」

「まだ低いと?」

「はい。第七皇子にはこれまでの積み重ねがあります。そのポイントの累計は我らより遥かに多い。簡単に追いつくことはできません」


 特にアリアは競争に途中参加している。同一条件で戦えば、どうしても先行しているバージルが有利になることは避けられない。


「なら選択肢は一つしかありませんね」

「まさか……」

「そのまさかです。ランクCの魔物を倒しましょう」


 家臣たちがざわめき始める。その反応は、ランクCの魔物が如何に強敵かを証明しているかのようだった。


「アリアさん、あなた正気ですか?」

「無理だと思いますか?」

「倒せるはずがない! ランクCの魔物はランクDと比較にならない力を持つ。それこそシン皇子でも倒せるかどうか……」

「それはつまり、力が拮抗しているバージル様でも倒せないということではありませんか?」

「それはそうですが……」


 つまりランクCの魔物さえ倒せれば、バージル超えが現実味を帯びてくる。時間のハンデを覆せるほど、上位ランクの魔物を討伐した功績は高く評価されるからだ。


「あ、でも、アリアさんなら楽に倒せるのか……なにせランクBのシルバータイガーを使役していましたからね」

「その件ですが、ギン様は全力で戦うことはできませんよ……生前のランクBの実力を発揮するには私の魔力が足りませんから」

「私を救ってくれた時の、あの力でも全力ではないのですね……」

「はい。さらに肉体強度だけでなく、いまのギン様は魔術を使うこともできません。私のためにハンデを背負って戦ってくれているんです」


 本来のギンの力を引き出しさえできれば、ランクCの魔物でさえ瞬殺できる。全盛期の力を引き出せてあげられない無力感に、アリアは奥歯をギュッと噛み締めた。


「だから少しでも勝算を高めるために、私は魔物狩りを続けます。カイト様たちには、その間、ランクCの魔物を探して欲しいのです」


 どれだけ実力を高めても、お目当てのランクCがどこにいるか分からなければ意味がない。人数が多い彼らには、人海戦術で目標を探してもらうことにする。


「我らの役割は承知しました。それで、アリアさんは、いつランクCの魔物を討伐するのですか?」

「鍛える期間は長ければ長いほど良いですから。できれば期限の最終日が望ましいですね」

「なら今月末が決行日になりますね」


 丁度、いまから二週間後が期限だ。猶予は少ないが、泣き言を口にしてはいられない。


「皆さん、まだチャンスはあります。だからどうか、私を信じて付いてきてください!」


 アリアが頭を下げると、家臣たちは逆境を覆す気力を湧き上がらせるために、一斉に雄叫びを上げた。誰一人として諦めていない。アリアと共に勝利できると、全員が信じていた。


(ふふ、シン様は本当に良い仲間を持ちましたね)


 アリアはシンの頭を優しく撫でる。あとは自分に任せて欲しいとの想いが伝わったのか、シンの口元には笑みが浮かぶのだった。

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