第三章 ~『シンの体調不良』~


 バージルと別れて、シンたちの住む屋敷へと戻る。シンの屋敷も十分に広いが、バージルの屋敷と比較すると狭いと感じてしまう。まるで二人のパワーバランスを実感しているようだった。


(でも私がいればシン様は勝てます)


 二人三脚でランクDの魔物を狩り続ければ、バージルを超えることもできるはずだ。


「ただいま帰りましたー」


 屋敷の扉を開いて、玄関で声をかけるが反応はない。またカイトが部下たちを連れて修行に出かけたのだろう。


(でもシン様はいるはずですよね)


 昨日と同様、料理をしているのではと台所に顔を出すが、彼の姿はない。居間や食堂でも見つけられなかった。


(シン様も外出中なのでしょうか……)


 そう結論付けようとした時、すすり泣く声が聞こえてくる。声の出所を探ると、そこは医務室だった。


 扉を開けると、布団でシンが眠っていた。取り囲む家臣たちが、嗚咽を漏らしたり、肩を揺らしたりしている。カイトもまた神妙な顔付きで、シンに寄り添っていた。


「シン様はどうかされたのですか?」

「アリアさん……実はシン皇子の体調が……」


 カイトが事情を説明してくれる。


 魔物討伐から屋敷に帰ってきたシンは、いつものように料理をしていた。すると急に倒れ、呼吸が荒くなったのだという。発熱もあり、平常な状態とはいえず、皆で看病に勤しんでいるのだという。


「そうだ、アリアさんの回復魔術なら!」


 皆から期待混じりの視線が向けられる。ここで活躍しなくては聖女の名が廃ってしまう。


 アリアはシンの傍にちょこんと座ると、彼の額に手を乗せる。火傷しそうな体温が手の平に広がった。


「任せてください。私が必ず治してみせますから」


 アリアは回復魔術を発動させ、魔力を癒しの輝きへと変換する。光に包まれたシンの顔色は次第に良くなっていく。その様子に家臣たちもほっと胸を撫でおろした。


「これで治療は完了です。今は疲れて眠っていますが、すぐに目を覚ますはずです」

「さすがはアリアさんだ。本当にあなたが屋敷にいてくれて助かりました」


 シンに対する人望がそのままアリアへの感謝へと変わる。彼女にとってもシンは大切な人だ。今日、この場にいられた幸運を感謝する。


(でもどうして体調が悪化したのでしょうか)


 シンだけを狙い撃ちしたかのような症状に、アリアは一抹の不安を覚える。何かを忘れているような焦燥を覚えた時、答えが明らかになった。


「アリアさん、シン皇子の顔色が!」

「また悪くなっていますね……でも、どうして……」


 回復魔術で症状を完治させたはずだ。つまり現状の体調不良は治った直後に引き起こされたものである。その謎の正体にアリアは心当たりがあった。


「バージル様の魔術によるものですね……彼の能力は対象を思い浮かべて念じれば、状態異常にできるというもの。シン様はその呪いが原因で体調が悪化しているんです」

「第七皇子がそんな真似を……その呪いはアリアさんの回復魔術でも解除できないんですか?」

「いえ、一度は完治したんです。しかし治ったことをバージル様が検知できるのでしょう。治っても改めて呪いをかけることで無力化できない呪いを実現しているんです」


 魔術は魔力消費量を増やすことで、基本となる効果に追加機能を設定することができる。


 バージルは自分の魔術の特性を理解し、検知の仕組みを導入したのだ。魔術師として、高位の力を持つ相手だと改めて実感させられる。


「第七皇子を倒しに行こうぜ!」

「そうだ、シン皇子の仇を打つんだ!」

「報復しないと気が治まらないぜ!」


 殺気立つ家臣たちは立ち上がるが、カイトだけは座り続けている。歯を食いしばっていることから、湧き上がる怒りに耐えているのだと伝わってくる。


 カイトは家臣たちに視線を配ると、唇を震わせながらゆっくりと口を開く。


「駄目だ……第七皇子への報復は許されない」

「カイトさんは悔しくないんですか⁉」

「悔しいに決まっているだろ! だが相手は皇子だ。報復なんてしたら、シン皇子の立場が悪くなる。意趣返しするなら正々堂々とやるしかないんだ!」


 正々堂々とは言うまでもなく、魔物討伐のポイント競争に勝利することを意味していた。


 だがカイトの言葉を受けても、家臣たちは意気消沈したままだ。その理由には簡単に察しがついた。


(シン様がいないとランクDの魔物を狩れませんからね)


 ランクごとに手に入るポイントは大きく変動する。シンを失っては事実上の敗北だと、家臣たちは半ば諦めていたのだ。


 しかしカイトだけは心が折れていなかった。立ち上がり、家臣たちを見据える。


「シン皇子に頼り切って、情けないと思わないのか⁉」

「ですが、カイトさん。現実に――」

「努力すればいい。少なくとも私は勝負の前に諦めるような真似はしたくない」

「カイトさん……」


 彼の鼓舞が効いたのか、家臣たちは申し訳なさそうに俯く。彼らも諦めたくはないのだ。だがランクDの魔物の強さを知っているからこそ、理性が諦観を生んでしまっていた。


「カイト……」

「シン皇子!」


 目を覚ましたのか、シンは起き上がろうとする。顔色の悪さから、まだ体調は悪化したままのはずだ。仲間たちのために無理して身体を動かそうとする彼を、カイトが諫める。


「まだ寝ていてください」

「だが私がいないと……」

「心配しなくても、我々が何とかします。だから……」


 それが強がりであることは誰の目からも一目瞭然だ。このままではシンは自分の身体に鞭を打ってでも働こうとするだろう。


 大切な弟子にそんな無茶はさせられない。アリアは覚悟を決める。


「ランクDの魔物なら倒せますよ」

「アリアさん……シン皇子に無茶をさせるわけには……」

「いえ、シン様には休んでもらいます。ランクDの魔物を討伐するのは私です」

「そんなことできるはずが……」

「いえ、できます。ランキング三位、アリアンの正体は――私ですから」


 アリアは弟子の窮地を救うため、秘密を暴露する。その瞳に迷いはなかった。

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