第三章 ~『振舞う鮎料理』~


 冒険者組合で魔物討伐の報酬を受け取ったアリアは屋敷への帰路につく。機嫌良く鼻歌を奏でているのは、水魔術の使い道に胸が躍っているからだ。


(水と炎、この二つが使えれば、お湯が生み出せますからね~)


 魔物狩りをしている時の昼食は、おにぎりなどの弁当を持っていくか、獲物を焼いて食べるかのどちらかだ。


 しかし水魔術があることで、お湯を使って茹でたり、蒸したりが可能になる。料理のレパートリー増加こそ、彼女の機嫌の良さの源でもあった。


「ただいま帰りました」


 屋敷に帰ると、玄関で声をかける。しかし反応はない。


(皆さん、魔物狩りから帰られていないのでしょうか)


 疑問を感じながらも台所へ向かうと、シンが調理場に立っていた。


「師匠、おかえり」

「ただいまです。シン様は料理中ですか?」

「家臣の皆と持ち回りで料理を担当していてね。今日は私が料理当番なんだ」

「料理人の方は屋敷にいないのですか?」

「意外かもしれないけど、皆で作る方が美味しいからね。敢えて、雇ってないんだ」

「なら私も料理を担当しますよ」

「師匠は客人だ。手間をかけさせるわけにはいかないさ」

「それなら遠慮しないでください。料理は私の趣味でもありますから」


 アリアは収納袋から捕まえた鮎を取り出していく。積まれていく大量の魚に、シンは驚きを隠せていなかった。


「たくさんあるね」

「シン様たちに食べて頂くために頑張りましたから」

「これならきっと皆も喜ぶはずだ」


 鮎をどこで捕まえたかとは聞かずに、シンは黙々と鱗を取るなどの下処理を進めていく。アリアも隣に立ちながら、彼と一緒に包丁を振るった。


「師匠と一緒に料理をしていると昔を思い出すね」

「魚料理も二人でよく作りましたからね」

「師匠の作ったあら汁は今でも思い出せるよ。あれは絶品だった」


 過去を懐かしむようにシンは目を細める。アリアもまた輝かしい思い出が脳裏に浮かんできた。


(あの頃は背も私より低かったですからね)


 大人になったシンは見上げるほどに背が高くなっている。好青年に成長した弟子が嬉しくて、意図せず口元に笑みが浮かんでしまう。


「師匠、塩焼き以外に刺身も作ってみたんだけど、味見をお願いしてもいいかな」

「へぇ~、鮎の刺身ですかぁ」


 鮎は塩焼きが一般的だが、脂肪を蓄積するため、刺身にしても美味しい。透き通るような刺身が皿に並べられていた。


「では一口だけ頂きますね」


 アリアは箸を手にしようとするが、それを遮るように、シンが手持ちの箸で刺身を掴む。


「師匠、あ~んして」

「そ、それは、なんだか恥ずかしいですね」

「昔はよくやったじゃないか」

「それはシン様が子供だったからです」


 アリアは目を逸らすが、シンは箸を引っ込めようとしない。彼は強情なところがあるため、このまま待っても手を引っ込めることはないだろう。


 アリアは大人しく箸の先の刺身を口に入れた。


 その瞬間、舌の上に爽やかな鮎の脂の旨味が広がる。鮎は香魚と異名を持つほど、香りのよい魚だ。鼻腔を抜ける鮎の香りが食欲をさらに掻き立てた。


「美味しいです、シン様!」

「師匠のお眼鏡に適ったようで嬉しいよ」


 それから二人は料理を続ける。一通りの調理が終わったところで、玄関の扉が開いた音が鳴る。


「どうやら皆が帰ってきたようだね」

「どこかへ出かけていたのですか?」

「カイトの発案でね。皆で修行に出かけていたんだ」

「なるほど。だからシン様だけが屋敷に残っていたのですね」


 シンの実力は改めて修行する必要がないほどに群を抜いている。


 これからの第七皇子との闘いを勝ち抜くためには、家臣たちもレベルアップが求められる。だからこそカイトたちは修行に励んだのだ。


「ふふ、では皆様を出迎えましょうか」


 シンと共に鮎の乗った大皿を食堂へ運ぶ。食事を楽しみにしていたのか、机の上に並ぶ鮎料理に歓喜の声をあげた。


「シン皇子、この料理をいただいてもよろしいのですか?」

「もちろんだ。私を気にせず、食べてくれ」


 家臣たちは修行で空腹だったのか、がっつくように鮎を頬張る。食堂が食欲という名の熱狂に包まれるが、カイトだけはいつもの無表情で黙々と食事を楽しんでいた。


「カイト様の舌には合いませんでしたか?」

「アリアさん……いえ、シン皇子の料理は今日も最高ですよ」

「ふふ、実はその塩焼きは私が作ったんですよ」

「そうでしたか。さすがはアリアさんです。料理もお得意とは……」

「頑張りましたからね」


 アリアの頑張るという言葉に、カイトは反応を示す。思い悩むように、鮎をジッと見つめていた。


「悩み事があるなら聞きますよ」

「たいした悩みではありませんよ。ただの焦燥ですから」

「焦燥?」

「我らはシン皇子に頼りきっています。ランクEの魔物でさえも、皆で力を合わせてやっと倒せるような状況ですから……だからもっと努力して、少しでもシン皇子の力になりたい。ですが成果が出なくて……」


 努力は継続して初めて成果に繋がる。その事実をカイトも理解していたが、焦りを消すことができずにいたのだ。


「カイト様なら絶対に強くなれますよ。ほら、外を見てください」


 窓の外はもう真っ暗になっていた。こんな時間まで修行をしている彼が報われないはずがない。


「きっと努力は実を結びます。だから、今はたくさん食べて強くなりましょう」

「アリアさんには敵いませんね」


 カイトの口元に笑みが浮かぶ。食事を楽しむ彼の表情は、曇りのない晴れやかなものへと変わっていたのだった。

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