第二章 ~『冒険者組合の忠告』~
それからも魔物狩りを続け、終わった頃には日が沈んでいた。また門限ギリギリになってしまったと後悔しながら、門番に挨拶をしてから冒険者組合へと向かう。
閉店ギリギリの遅い時刻に訪れたためか、客の数は少ない。昨日と同じように受付嬢に話しかけると、営業スマイルが返ってくる。
「いらっしゃい、今日も来てくれたのね」
「魔物を討伐してきましたから」
「それは成果を見るのが楽しみね」
アリアは収納袋から討伐した魔物たちの魔石を取り出す。ゴブリン、コボルト、ハーピー、オーク、サラマンダーと多種多様な魔石がカウンターの上に並べられた。
(シルフ様の生成元にした魔物の討伐報酬はどうしましょうか……)
シルフの魔石は黒と緑が融合したかのような独特の色をしており、この世のどんな魔石とも合致しない。
事情を説明すれば報酬を得られるかもしれないが、アリアの回復魔術が魔物の融合までできることを公開しなければならない。
知られて困るものでもないが、面倒な事に繋がらないように、魔術の情報はできるだけ秘匿したい。シルフの生成元になった魔物の討伐報酬は、機密保持料として諦めることにした。
(それでも魔石の数は前回より多いですし、報酬には期待できそうですね)
受付嬢は魔石をルーペで一つ一つチェックしていく。冷静な顔で確認作業を進める彼女は、サラマンダーの魔石を資料と照合して、顔色を変えた。
「あなた、ランクDの魔物を倒したの?」
「苦戦しましたが、何とか……」
「へぇ~、本当に優秀なのね。サラマンダーを倒せる冒険者は帝都にも数えるほどしかいないのよ」
第七皇子の家臣たちがオーク討伐を自慢げに語っていた時点で予想していたことではあったが、専門家である冒険者組合のお墨付きを得られたことで、予想は確信に変わる。
(たいていの相手なら負けることはないと知れたのは朗報ですね。もっとも強者の中には冒険者組合から討伐報酬を受け取っていない人もいるでしょうから、油断はできませんが……)
例えば第一王子はポイントのランキングに掲載されていないが、伝え聞く話から推測するにアリアより実力は上だ。思い上がってはいけないと、自分の心を諫めた。
「サラマンダーを倒しましたし、ポイントも大きく増えたのですか?」
「昨日のポイントと合算すると、3000ポイントね。おめでとう、ランキング五位よ」
壁に貼られたランキング表が更新される。彼女より上位は四名。この調子で一位まで駆け上がりたいと願う。
「次にお金だけど、魔石は買い取りでいいの?」
「サラマンダーの魔石だけは残してください。他は買い取りで」
「分かったわ。なら討伐報酬と合わせて、金貨四百枚ね」
サラマンダーの討伐報酬が高額だったのだろう。前回の四倍の金貨が支払われる。前回の報酬と合わせると金貨五百枚となり、当分、暮らすのには困らなくなった。
「お金持ちになったことだし、買い物の予定はあるの?」
「いえ、私はあまり物欲がなくて……」
「ならお洒落な服や装飾品はどう? きっと今以上に可愛くなるわよ」
「お洒落にもあんまり興味がないんですよ」
これはアリアが異性に好かれたいと考えていないことが大きな要因だった。それよりはむしろ美味しいものを食べたい欲の方が強かった。花より団子を求める性分なのである。
「あ、お洒落といえば思い出しました。落とし物を預かって欲しいのです」
アリアは収納袋から金のネックレスを取り出す。ハーピーから回収したもので、先端には青の魔石が埋め込まれていた。
「ハーピーを倒した時に回収したものです。探している人がいないか、冒険者組合で調べて欲しいのです」
「それは構わないけど、魔物から回収したのなら、アイテムの所有権はあなたにあるのよ。本当にいいの?」
「貴重な品でしょうし、私にも人の心はありますから」
罪悪感を覚えてまで欲しいとは思わない。もし本来の所有者がいるなら返してあげたかった。
「いい人なのね。だからこそ私も贔屓したくなるわ……とっておきの情報よ。第七皇子の家臣たちがあなたを探していたわ」
蚊の鳴くような小さな声で忠告してくれる。アリアも合わせるように声を静める。
「なぜ私を?」
「昨日の時点で、ランキングで九位に入ったでしょ。だから、あなたに家臣に迎えたいらしいの。そうすれば、労せずに所属の皇子の功績にできるでしょ」
「そういうことですか……」
アリアは最終的にシンへの恩返しを兼ねて、ポイントを捧げるつもりでいた。そのため敵対している第七皇子に仕えるつもりは、これっぽっちもなかった。
「忠告ありがとうございます」
「注意して帰ってね」
「はい、また来ます」
冒険者組合での用事を終えたアリアは、周囲を警戒しながら、店の外に出る。そのまま人の多い目抜き通りを進み、人混みに紛れていく。
(尾行の気配は感じませんが、用心は大切ですからね)
人の流れを縫うように進んでから路地裏へと隠れる。尾行を撒くような逃げ方をしたため、後を付けられてはいないと思う。だが念には念を入れることにする。
(この機会に、シルフ様を強化しておきましょう)
サラマンダーの魔石を売らずに残しておいたのには理由がある。収納袋からシルフの魔石とサラマンダーの魔石を取り出し、手の平に並べる。
(シルフ様は攻撃能力が低いのが課題でしたからね)
その弱点を補うためのサラマンダーの魔石だ。炎の魔術のみを抽出し、シルフの魔石と融合させる。
すると赤と緑と黒が交じり合った魔石へと変化した。すぐさま、アリアはシルフを召喚するが、外見上の変化はない。だが主人であるアリアは、シルフが炎の魔術の習得に成功したと感じとることができていた。
『この力があれば、もっとマスターの役に立てます』
「ふふ、頼もしいですね。では早速ですが、空から怪しい人がいないか探ってもらえませんか?」
『任されました』
シルフの手の平サイズなら、地上からでは小鳥にしか見えない。魔物の出現にパニックになることもないので、周囲の索敵には適任だ。
(それに炎の魔術を使えるなら、並大抵の相手に負けることもありませんからね)
サラマンダーの炎魔術を習得したのだ。仮に索敵中に第七皇子の家臣に襲われても、逃げ切れるだけの力はあるはずだ。
『マスター、こちらに人はいません。安全な道です』
シルフが上空から先導してくれる。これ以上面倒に巻き込まれるのは御免だと、一早く屋敷に帰るために、アリアは駆け足になるのだった。
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