第二章 ~『カイトのピンチ』~


 空へ昇っていく煙を目印に、発火元へと辿り着く。茂みの先にある岩場で、予想していた通り、サラマンダーが火を吐いていた。その炎が向かう先は、木盾と刀で武装した男たちである。


(あれは屋敷にいた人たちでは……)


 サラマンダーと戦っていたのは、アリアと同じ屋敷で暮らす、シンの家臣たちだった。


 シン本人の姿はなく、率いているのはカイトだ。鷹のような鋭い目付きで、サラマンダーを見据えており、無愛想な顔が強敵との闘いでいつも以上に険しいものになっていた。


(カイト様にサラマンダーが倒せるのでしょうか?)


 彼はシンの副官を務められるほどに人間としての能力は高い。機転も効くし、頭も回る。その証拠に家臣たちが持つ木製の盾は、水で濡らされ、炎で焼かれないように工夫されていた。


 だが魔術師としての実力はランクDの魔物を楽に倒せるほどに秀でてはいない。彼が苦戦していることは額に浮かんだ汗からも読み取ることができた。


(助けるべきでしょうか……)


 秘密作戦の件もあるし、姿を現せば余計なことをするなと怒られてしまうかもしれない。


(それに、勝てる可能性もゼロではないですからね)


 カイトの作戦はこうだろう。囮役が水で濡らした盾で炎に耐え、受けきれなくなったら別の盾持ちの人物とスイッチする。


 こうやってサラマンダーの魔力が尽きるのを耐久するつもりなのだ。


(上手くいけば倒せるでしょうね。でも……)


 サラマンダーは知恵がある。炎を放つ間隔を変えることで、盾持ちの交代を邪魔し始めたのだ。


(私からならノーリスクで倒せるのに歯痒いですね)


 アリアはサラマンダーの後方に位置しており、存在に気づかれてもいない。ギンが奇襲をかければ、一撃で倒せるだろう。


 正体が露呈するリスクを取るか、それとも静観するか。悩んでいると、とうとうカイトたちの陣形が崩れる。


「私がしんがりを務める!」


 カイトが刀を構え、部下に逃げるように命じる。作戦は失敗に終わったのだ。


 サラマンダーは、一対一で彼が敵う相手ではない。だが命を賭ける覚悟を決めたのか、一歩も退く素振りをみせなかった。


(あれだけの覚悟を示されては仕方ありませんね)


「ギン様、あなたの出番です」


 ギンにサラマンダーを攻撃するように命じると、心の準備ができていたのか、すぐさま茂みから駆けだした。


 警戒の外からの奇襲に抵抗できないまま、サラマンダーは爪に刺されて命を落とす。命の結晶である魔石へと変化し、それをギンは口でくわえ込んだ。


「カイト様、シルバータイガーです!」


 家臣の一人が恐怖混じりの声をあげる。ランクBの魔物の出現に腰が引けている。


「分かっている。だが問題ない」

「カイト様、正気ですか⁉」

「よく見ろ。茂みの向こうからシルバータイガーに魔力の供給線が伸びている」

「あ……」


 自然発生した魔物なら起こりえない現象だ。その裏に人がいると気づいたのだ。


「その茂みの向こうにいる人は、魔物を操る魔術を使えるのでしょう。誰かは知りませんが助かりました」

「…………」


 アリアは無言を貫く。どう反応すべきか答えが定まらなかったからだ。


「よければ直接、お礼を伝えさせていただきたい。もし顔を見せることが難しいなら恩人の名前だけでも教えて欲しい」


(名前だけですか……)


 顔を見られれば言い逃れはできない。だが声なら裏声で話せば正体を隠し通せるかもしれない。


「わ、私はアリアンです」

「女性の方でしたか……」


 声を変えているおかげか、それとも距離が離れていることが作用したのか、正体に気づかれた様子はない。


「急ぎの用があるので、これで失礼しますね」


 長居すれば正体を知られるリスクは上がる。アリアはギンを戻して、この場から立ち去った。


 彼女の去った茂みをカイトはジッと見送る。その表情はいつもの不愛想なものではなく、憧れのヒーローを見送るような、キラキラとした憧れが浮かんでいたのだった。

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