第14話 ノーフェイス

「なんでアンタがここに……」


 そんな疑問を口にしかけたところで俺は理解した。


 そうか、ボルテア号が復讐の女神のダンジョンに入り込んでしまったのは事故なんかじゃなかったんだ。


「あんた、故意に船をトラップ・ダンジョンに入れさせたんだな?」


 思えば、ウィルは初めて会ったばかりの俺が孤児院育ちであることを知っていた。

 最初から俺がターゲットで、生贄に選ばれるよう誘導していたに違いない。


「あぁ、そうさ。その通りだ。まったく、君があのまま復讐の女神に囚われていれば、今ごろ僕は別の島でバカンスしていたんだがな」


 まるで俺が全面的に悪いかのような言い方だ。ふざけている。


「それとそっちの女。君、ガンネローズだな? 君らがきっちりと仕事をこなしていればこんな事にはなってなかったんだぞ」


 ウィルは怒りの視線をレミーに向ける。


「あぁ、あなたが海賊どもに紹介状を渡していたのですね。けれど、そちらの都合なんて知りませんわ」


 しかし、彼女はまるで意に介していない。


「それよりもフィン様に何度もちょっかいをかけていることは見逃せませんわね」


「はん! 雌豚が!」

「おいッ!!」


 身構える俺をレミーが抑えてくれる。ウィルの罵倒など気にしていないようだ。


 そうだ。今はコイツらに捕まっているシーラとロイのことをどうにかしないと。


「まぁしかし、僕が直接動くと、こうも容易く遂げられるわけだ。ガキを使えば、お人好しのフィン・アルバトロスを誘い込めるとわかっていた。君には感謝しているよ、ポール」


 ウィルの黒衣の下がモゾモゾと蠢き出す。

 するとそれを見たポールはより一層震え上がった。


「ポール……」

「ぼ、僕見せられたんだ。アイツが他の孤児院の子たちを……ううっ!」


 ポールはその時のことを思い出したらしい、その場で嘔吐してしまった。


 あの野郎、子供に対しても容赦がないのか。


 レミーが俺の背中に手を当ててくる。


「フィン様……」


 チラッと横目で見ると、彼女は口を動かすことなく俺に聞こえる程度の声を発している。


「私の《特性召喚》メドゥーサの眼を使えばヤツらを行動不能にできます。しかし、どれだけ威力を抑えてもあの子たちにも影響を与えてしまいます」


 初めてレミーと会った時に使われた魔眼。あの時はサメの瞬膜で眼を保護していたおかげで影響はあまりなかったが、直接見ていたらまともに動けなかっただろう。それぐらい強力なのだから、子供たちが見てしまったらタダじゃ済まない。


「なんとか引き離せれば良いのですが……」 


 レミーの言う通りだ。今の状況じゃどうやったってロイとシーラを巻き込んでしまう。


 何か方法はないかと辺りに目を走らせていると、ウィルたちの頭上にある建物の屋根に赤い影がみえた。


 あれはーー?


 次の瞬間、辺り一面が眩い光に包まれる。それはまるで太陽光線のようであり、夜からいきなり日中に変わったかのように錯覚してしまう。


 俺たちが驚いたのはもちろんだが、それ以上に教団信者たちの反応はもっと凄まじいモノだった。光に怯え、悶え苦しんでいる。


「なんだ!? 何が起きている!?」


 ウィルが喚き立てる中、ロイとシーラを押さえていた信者たちが崩れ落ち、赤髪の女の子が2人を助け出す。


「アリア!!」

「誰ですの!?」


 やはり屋根の上にいたのはアリアだったのだ。てことは、この光も彼女の仕業だろう。

 アリアは俺たちに視線を向けるとにっこりと微笑んだ。彼女の下半身は人間のモノに変化している。


 アリアたちの背後にウィルの姿が見えた。怒りに顔を歪ませている。

 彼が大きく両手を振るうと、その両袖から大きな赤い触手が飛び出してきた。


「伏せろっ!」


 そう叫ぶとアリアたちはその場にしゃがみ込む。その頭上スレスレをウィルの触手が空を切る。


 《簡易召喚》ファイア・シャークアロー!!


 触手に攻撃を加え、牽制する。


「レミー!」

「はい! こちらは見ないでくださいね!」


 目をレミーから逸らすと、背筋にゾクリとするモノを感じる。彼女のメデューサの眼が発動したのだろう。


「なぁっ!?」


 ウィルの驚愕の声。見れば、彼は不自然な格好で硬直している。レミーの魔眼が効いたのだ。


「眼の負担を考慮して威力は抑えてあります。長くは封じられません。さっさと逃げましょう!」


 彼女の言う通りだ。

 後は背後の信者どもを蹴散らして子供たちと共に逃げる。


 と、その時、アリアが放った光が収まっていく。


「ソイツらを捕まえろ!!」


 ウィルの怒声とともに彼の側にいた信者たちがどんどん俺たちに詰め寄ってくる。


「魔眼が効いてない!?」


 驚きの声を上げるレミー。

 アリアと子供たちが側に駆け寄ってくる。


「ソイツらに魔眼は通じないよ。だって眼が無いんだもん」

「どういうことだ!?」


 アリアの言葉の意味を測りかねていると、マーシュがその穏やかな表情を崩すこと無く詰め寄ってくる。


「フィン、ソイツの顔面を思い切り攻撃して! そうすればコイツらの正体がわかるから!」


 アリアの指示に俺は素直に従うことにした。躊躇っている場合ではない。コイツらは異常だ。


 《簡易召喚》シャークフィスト!!


 小型のサメでマーシュの顔を殴りつけた。すると、ベリっと剥がれ落ちるような感覚がしたかと思えば、マーシュの顔の皮膚が剥がれ落ちてしまった。


「なっーー!?」


 驚いたのは、その皮膚の下にある顔だ。いや、顔が無いのだ。眼や鼻があるべき場所には青白いツルツルとした皮膚があるだけ、そして口だけは付いているのだが、それは大きく歪な形をしている。


 なんともグロテスクな顔がない化け物。


「こいつらは"ノーフェイス"。ターコーの邪悪な意思によって創り出された肉人形。元は人間だったけど、顔とともに魂を奪われているの」


 顔を失ったマーシュは、気にする様子もなく、その歪な口であの呪言を唱え続けていた。


【イア! イア! クトゥルフ フタグン! イア! イア! クトゥルフ フタグン!】


 他のノーフェイスたちも俺たちに向かって詰め寄ってくる。


「ノーフェイスは太陽の光が苦手なの。低級ノーフェイスなら光を浴びただけで身動きを封じることができるんだよ」


 アリアが化け物のことを説明してくれる。


 なるほど、ポールをこの街に送り届けた日、窓から感じた視線はこのノーフェイスたちだったんだ。いや、視線というのは間違いか。彼らには眼がないんだから。でも、あの嫌な感じは彼らによるモノだ。あの時はまだ夕陽とはいえ、太陽が出ていた。だから彼らは俺に襲いかかることができなかった。

 もしかしたら、マーシュはより上等なノーフェイスなのかもしれない。だから、多少太陽の光を浴びても大丈夫だったのかも。


 もしもあの時、マーシュの夕食の招待に応じていたらどうなっていたことか……


「さっきの光は太陽のモノなのか?」

「そう、あたしの魔法で集めた太陽の光の泡。だけどさっきので使い切っちゃった!」


 てことは、まずはこのノーフェイスどもを倒して突破するしかないか。


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