第13話 仕掛けられた罠
ポート・コルの祭りの日がやって来た。
日が完全に沈んだ今、北側の港街には至る所に灯籠が置かれ、通りはいつも以上に人で溢れている。
「すごく賑やかな祭りだな」
「海神様に航海の安全を祈願するお祭りらしいですわ」
隣のレミーがピッタリと寄り添いながら言う。
それだけ人が密集している状態だった。
このような海神様に捧げる祭りはどこの島でも行われている。海神信仰はアサイラム王国民にとっては当たり前の文化だ。だけど、アリアから聞かされた救世主サメズ・シャクリトとその配下の鮫人族の話は聞いたことがなかったし、この祭りに参加している者たちもその存在を知らないだろう。
ダゴン深海教団によってサメズ・シャクリトたちの存在は無かったことにされた。
それ程の影響力を教団は持っているってわけだ。
「なぁレミー、フィン! あたしアレやって来るわ!」
ルルカが示す先には一隻の船が停泊しており、そこに男たちが集まっていた。船の側面には【樽投げチャレンジ】と書かれた幕が張られている。
見ていると、一人の男がマストの側にたち、雄叫びを上げながら持っている樽を投げ上げた。樽は帆桁より下の位置で落下していった。周囲からは失望の声が漏れる。どうやら、樽が帆桁を飛び越えれば成功ということらしい。
帆桁は結構な高さだし、樽には中身も詰まっている様子。なかなか無茶苦茶なチャレンジだ。
大の男でも失敗するそのチャレンジに、ルルカは飛び込みで参加しにいった。
「まぁ、ルルのことは放っておいて私たちはそのポール君たちと合流しましょう」
「あぁ、そうだな」
祭りの前日にポールたちと合流してもいいかレミーに尋ねていた。すると彼女は快く了承してくれた。
「そういう優しいところも魅力的ですよ、フィン様」
レミーはこちらが恥ずかしくなるようなことを平然と言ってのける。
さすがガンネローズの女だ。
「うおりゃああああああああああッ!!」
ルルカの雄叫びが響き渡り、彼女の投げ上げた樽が大分余裕をもって帆桁を超えていく。
すると、船から男たちの大歓声が上がった。
ホント、さすがガンネローズの女たちだ……
◆
ポールたちとは最南地区に向かう途中にある砂浜で待ち合わせをしていた。
レミーと共にそこを目指すが、人の流れに逆らうことになるので苦戦してしまう。
「フィン様、このままでは私達もはぐれてしまいそうですわ。なので……手を繋ぎましょう」
レミーがモジモジしながら手を差し出してくる。
「お、おう」
彼女の手を握る。
あぁ、ほっそりしているものの柔らかい。
お互いに握り合いながら俺たちは砂浜に向かった。
「まだ来ていないみたいだな」
砂浜に到着したが、まだポールたちの姿が見当たらない。
この砂浜にもいくつかの灯籠が置かれており、座ってゆっくりしている者たちもいる。
「向こうから誰か走ってきますわ」
レミーが砂浜の先にある岩礁地帯を示す。
確かに誰かが走ってきている。
目を凝らして見ると、それはポールだった。
「ポール!」
慌てて駆け出すと、後からレミーも付いてくる。
「あっ、フィンさん!」
「お前、一人で来たのか!? 大人の人や他の子たちは?」
「フィンさん、海から魔物が襲ってきてて街が大変なんだ!」
「何だって!?」
ポールは青ざめた顔を震えさせながら俺たちを見上げる。
「お願い助けてフィンさん! シーラやロイが危ないんだッ!」
そういってポールは俺の腕を引っ張る。
「ちょっと待ちなさい」
レミーがポールを引き留める。彼や俺とは対照的に彼女はどこまでも平静を保っている。
「そっちの港にも憲兵はいるでしょ?」
「ぼ、僕らのところに今は憲兵はいないんだ! こっちの祭りの警備に当たるからって!」
ポールは俺らを見比べながら訴える。一刻も早く助けて欲しいのだろう。
「なら、こっちの街にいる憲兵に報せましょう。フィン様、これはクエスト屋の依頼ではないのです。報奨も得られないのに得体の知れない魔物討伐を行うのはオススメしません」
確かにレミーの言う通りだ。
冒険者としては無駄なリスクを負うべきではないだろう。
しかしーー
「お願いフィンさん! 憲兵なんて呼びに行く余裕なんてないよ!」
この少年が必死に懇願しているのに無視することなどできない。
「レミー、俺は行くよ!」
「まぁ、そう言うと思ってましたわ」
レミーは諦めたように首を振る。
「せめてルルには報せます」
彼女は小型の蛇を召喚した。それは街の方に向かって行く。
「行きましょう!」
ポールが来た道を俺たちは走った。
◆
賑やかで明るかった北側とは違って、最南地区は暗闇と静寂に包まれていた。
俺とレミーはいつでも召喚できるように魔力を練り上げた状態で街に踏み入った。
「……静かすぎますね」
レミーが周りに目を配りながら言う。
確かに彼女の言う通り、魔物が襲撃した痕跡が見受けられない。
「ポール?」
ガタガタと震えている少年を見る。
「……ごめん、フィンさんッ!!」
突然、周りの建物に青白い炎がいくつも灯りだす。
そしていつの間にか青いローブを纏った集団が俺たちを取り囲んでいた。
【イア! イア! クトゥルフ フタグン! イア! イア! クトゥルフ フタグン! 】
ローブの集団は理解不能な音の羅列を繰り返し続ける。
「ポール、良く役目を果たしてくれましたね」
集団の中から長身の男が前に出てきた。【インスマウスの光】団体のマーシュという男だ。今もあの穏やかな表情を浮かべている。
彼の両脇にはシーラとロイが震えながら立っている。
2人ともこの異常な状況に怯えきっていた。
レミーがため息を吐く。
「やはり罠だったわけですわね」
俺はポールを見た。
彼も俺を見上げる。
「ふ、フィンさんを連れて来ないと、2人を酷い目に遭わせるって……僕……ごめん!」
ポールはポロポロと涙を流している。
こいつらに脅されていたわけだ。
「あなた方がダゴン深海教団ですわね?」
レミーの問い掛けにマーシュが頷く。
「いかにも。我々が偉大なるダゴンの信奉者でございます。あぁ、2人とも召喚術はお控えください。子どもたちに危害が及びますので」
マーシュは変わらず穏やかな表情を崩さない。異常だ。
「お前がポールにこんなことをさせたのか!?」
俺が問い詰めるとマーシュは首を振って否定する。
「いいえ、私ではありません」
マーシュは背後の建物を見やる。
そこから黒衣を纏った男が姿を現した。意外にもそれは俺が知る人物であった。
【イア! イア! クトゥルフ フタグン! イア! イア! クトゥルフ フタグン! 】
信奉者たちの忌々しい呪文を流し聞きながら、俺はその男を凝視した。
「あんた……ウィル!!」
「久しぶりだな、フィン・アルバトロス」
そこにいたのは、アフリバーク=ボルテア号のA級航海士ウィルだった。
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