第12話 ジェイコブ・ステイザム
「おいフィン、あんまり勝手に動き回るなって言ったよな?」
「すまん、ホント」
北地区に戻ってきた俺は、待ち構えていたガンネローズ姉妹にお叱りを受けた。
「心配しましたのよ、フィン様。それとお顔が優れませんが、体調が悪いのですか?」
レミーが気遣うように問いかけてくる。
そりゃ、顔色も悪いよな。この北地区に戻ってくるまでずっとあの嫌な視線たちがついて来ているような感覚に囚われていたのだから。
「いや、大丈夫だ。それより俺もさ、偶然再会した知り合いから情報を得ることができたんだよ」
協力してもらっている二人にはダゴン深海教団のことを共有しておかないと。
一応、アリアのことは伏せておくつもりでいた……のだが……
「……女ですか?」
背筋がヒヤッとする程冷たい声でレミーが問いかけてくる。
勘が鋭すぎる。
「いや、そうなんだけどさ。別にやましい関係じゃないよ。彼女は人魚だし」
「……ホントに?」
「はいはい、それは良いからどんな情報を得られたんだ? ちなみにあたしらは空振りだったんだけどさ」
珍しくルルカが俺を庇ってくれる。いや、ただ単にどんな情報なのか早く知りたいだけだろうけど。
俺らは笑うイルカ亭という酒場で夕食を取ることにした。テーブル席に着き、二人に向き直る。
「それで、その人魚によるとーー」
俺はダゴン深海教団のことを話した。
彼らが邪神ダゴンの復活を目論んでおり、その計画にサメズ・シャクリトの力を引き継いだ俺が邪魔であることを説明した。
「その人魚の話って信用できんの? 詳しすぎないか?」
ルルカが訝しげに尋ねてくる。
まぁ、客観的に見たら怪しいに決まっている。
「彼女のお陰で助かったようなもんだからな。俺は信用するよ」
これだけは断固として言えることだ。
「ふーん、あんたがそう言うのなら、信用しようじゃない」
ルルカは納得してくれたようだが、レミーは別の所で納得いっていない。
「ねぇ、フィン様、ホントにその人魚とは何もなかったんですよね?」
「あ、あぁ」
キスしたとは言わない方がいいだろう。
ややこしいことになりそうだから。
不意に店の入り口の方が騒々しくなる。
席を立ち上がり、見に行っている者たちによってちょっとした騒ぎになる。
「どうしたんですか?」
近くの野次馬に尋ねると、彼は興奮した様子で捲し立てた。
「ジェイコブ・ステイザムがこの店に来るんだよ!」
「ステイザムが!」
男の興奮が俺にも伝染した。いや、するなという方が無茶な話だ。
子供の頃からの憧れの人物。そして最強の海洋冒険者。
「どうしてここに?」
「なんだ、おめー知らねぇのか? ステイザムは元々この街で、凄腕の運び屋として名を馳せてたんだぜ。そのあとに不死身の傭兵軍団にスカウトされて、そして海洋冒険者に転身したってわけだ」
その野次馬によると、この笑うイルカ亭は運び屋時代の彼の行きつけの店だったらしい。
「へぇ、ステイザムがね。良かったじゃんフィン」
「そうですわ、フィン様。今のあなたを見たら、きっと彼も驚くのではありません?」
そうガンネローズ姉妹は言ってくれるが、さすがにステイザムも俺のことなんて忘れているだろう。と、言いつつ、少し期待してしまう。
「来たぜ! ステイザムだ!」
その声を合図に、野次馬たちが一斉に左右に分かれる。
その中央を、剃り上げられた頭に長身の引き締まった身体つきの男が悠然と歩いてくる。
ジェイコブ・ステイザムだ。
みんなが見守る中、彼はカウンター席に座り込んだ。
「よぉ、マスター。また老け込んだな」
年配のマスターはしかめ面をしながらグラスを置き、棚に置いてあったボトルの中身を注ぐ。
誰もが偉大なる冒険者に話しかけることも、近づくこともできなかった。彼の背中から発せられる強者のオーラに尻込みしているようだ。ただし、例外が2名。
「おい、フィン、せっかくだし話しかけろよ」
「約束を果たしに来たと宣言してやりましょう!」
ガンネローズ姉妹は今にもステイザムの所に突撃しようとする。俺はそんな2人を無言で引き留めた。
まったく、この姉妹は怖いもの知らずにも程がある。
ふと背後でまた軽い騒ぎが起こった。
「どけ! 邪魔だ!」
人混みを押しのけて現れたのは、金髪の青年だった。その眼は金色の輝きを放っている。S級ドラゴン・サモナーだ。彼の背後には鞄を提げた執事らしき男が従っている。
あ、てかコイツ見たことあると思ったら、召喚の儀で俺の1つ前だったヤツだ。
「ありゃ、貴族の坊っちゃんじゃねぇか」
ステイザムのことを教えてくれた野次馬がそう呟く。
貴族でありS級のサモナーとか、どんだけ恵まれた野郎なんだ。
青年は自信たっぷりにステイザムの近くに歩み寄った。
「やぁ、ステイザム。会えて光栄だよ。単刀直入に言わせてもらうが、僕と組まないか? 金ならいくらでも出す」
執事の男がカウンターに鞄を載せる。その中にはぎっしりと詰め込まれたお金が入っていた。
「……」
しかし、ステイザムは見向きもしない。
「これで足りないというのなら、もっと持ってこさせるが?」
青年は苛ついた様子でそう提案するが、ステイザムは酒を飲むだけだった。
「おい、この貴族である僕が! S級ドラゴン・サモナーであるこの僕が話しかけているんだぞ! わざわざこんな汚い肥溜めまで来てーー」
「……5秒やる。その間に失せろ」
酒を飲む手を止めたステイザムは静かにそう言った。
「は? おい何を言っているんだ!?」
「4!」
怒りを顕にする青年には反応せずカウントダウンを発する。
「おい! ふざけるなよ! ここで二度と酒が飲めないようにしてやるーー」
「3!」
ステイザムは振り向き様、青年の顔面を拳で殴り飛ばした。青年は酒場の入り口までふっ飛ばされ、見えなくなった。執事は慌てて鞄を担いで出て行った。
「悪いな。騒がしくしちまった」
ステイザムは見るからに大量の金をカウンターに置く。
「ここにいる全員に酒を頼む。邪魔したな」
彼はそう言って席を立った。
すると、酒場の誰かが声を上げた。
「ステイザム!! ステイザム!!」
それは客たちに次々に伝播していき、1つの合唱となる。
「ステイザム!! ステイザム!! ステイザム!!」
俺も釣られて声を上げる。ただ、ガンネローズ姉妹だけは興味なさそうに席に座ったままだ。
「ステイザム!! ステイザム!! ステイザム!! ステイザム!!」
ステイザムが俺の真横を通りかかる。その時、彼と目が合った。
「騒がしくして悪かったな」
ポンと俺の肩を叩き、彼は店から出て行った。
その後姿を眺めながら呆然としてしまう。
俺のこと、覚えているのか?
「ステイザム!! ステイザム!! ステイザム!! ステイザム!! ステイザム!!」
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